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24 堀田家次席家老・梶川出羽守秀明の馬産愛

7月24日


 我が家から供出する50は、侍大将も小物もすべて騎馬武者とする。家中にそう宣言した次席の家老、梶川出羽守秀明(かじかわでわのかみひであき)である。


「父上は最近、ずっとご機嫌でござるな」

「やりたいことを陰日向なくやって、それで褒美が出る。機嫌が悪くなりようがない」


 夜が明けぬうちに馬に乗り、惣領息子の吉十郎秀朋(きちじゅうろうひでとも)に語る声まで上機嫌なのは自分でも分かる。何しろ表高は百石の領地の裏高は五百石を超し、そこまで上げてきたものほとんどを馬に結び付けていた。自分たちで大々的に馬をつくり、育て、慣らし、使うことはもちろん、売ることまで考えてきたのだ。

 そこは、わしの趣味である。同時に、わしに結び付く者の仕事である。

 わしの領地である半田村では二束三文の耕作不適の土地に水路を引き込み、雑草・雑穀・豆の類を自生するように仕向けた。柵をめぐらせ、放牧地に仕立て、入会地のような不明瞭な土地は廃止した。百姓が農耕馬を放牧させたければ、その土地で預かってやっている。今や村の農耕馬は我が家で生まれた子ばかりだ。何の不都合もない。

 厩だけでなく放牧地も牡牝でわけ、自然のまぐわいを行えないようにした。

 体格の良さと気性の大人しさを基準に繁殖に供する馬を選ぶ。そして、牝馬の体調の良いところを見計らって種をつけさせるようにした。おかげで今は体高五尺の馬が多く産することになった。

 そして、できるだけ多くの配下のものを、馬の飼育、馴致、乗馬に従事させた。

 騎乗は武士の嗜みとして奨励されている。小隊での戦い方にも流派があるほど確立もされている。だが、現実問題としては、馬を大量に保持し続けるだけの財力を持つ武家は限られる。馬1頭いればかなりの秣を与えねばならない。その辺で草を食わせておくだけでは足りない。面倒を見る人手もいる。馬は清潔好きで、体毛を梳かしてやり、砂浴びをさせることが大切だ。

 戦場で騎馬を大量に用いることの厳しさはそこにある。馬の面倒を見なければならんからだ。結局、軍役負担も騎馬を分散させ、大将や侍大将は乗馬しても、足軽は徒立ちが大半となるのが普通だ。だが、当家では一兵卒まで乗馬させる。

 米作は庄屋の指揮で小作に任せ、馬の肥育にも役立つ作物も奨励し、できる限り当家で買い上げた。余った馬は、適正な価格となるように売却し、それで家の財政を支えることもした。

 当家は200人の男女を養っており、そのうち50人はただちに騎馬武者として戦場働きができるし、残りの150人の足軽や奉公人も馬の飼育・馴致を1人で行え、乗馬に不安はない。わしの奥も、側も、娘たちも、女中もだ。戦場で与力につく小領の侍たちも、ここで馬に接する仕事を手伝い、騎乗と馬産の両方を学ぶ。

 この土地に関わる者すべてが馬の飼育・販売を生業としているのだ。

 わしは堀部家中随一の勇将と言われるが、そこまで騎馬の育成に打ち込んだからこそである。

 当家のやり方を学んだ庄屋は牛で同じことを始め、ずっと小規模ながら成功している。さらに牛をいろいろに使えないか画策しているが……さすがに試しだと言って、肉を料理したものを食わされた時には閉口したが……だが、そういういろんな試みが出てこその殖産興業なのだろう。

 ともあれ、純粋に騎馬のみの隊を編成してよく、そればかりか奨励金が出るのだから、時代が当家の経営の追い風になっている。


 暗いうちに放牧地に馬を追い、戦向けに馴致と教練を行う若い牡馬、侍や奉公人どもの指揮を吉十郎に任せる。わしは42、吉十郎は24。馬上で育てたと言って過言ではない息子に、全幅の信頼を置いている。

 わしは牝馬を囲っている場へ向かった。


「どうだ。牝馬の様子は?」


 起伏の多い土地で鍛えるように動かしている牡馬たちに比べ、牝馬たちは平坦な土地でゆったり過ごさせている。春先から初夏にかけては仔を孕んでいるし、今季節もかなりの割り合いで仔馬を養っているからだ。


「大丈夫、皆、落ち着いています」


 村に居着いた仙術師で、人以外の獣専門の医師を自称するようになった立川甚五郎たちかわじんごろうが、自分の乗馬をわしの馬に寄せてくる。

 体格が劣り、将来、種馬にもなれそうにない牡馬を去勢するというやり方を、甚五郎はここに持ち込んだ。今、甚五郎が乗る馬は、小ぶりな牡馬だが、ここで牝馬を追いかけ回したりしないのは去勢したからだ。この男は仙術を使い、馬の睾丸を痛みもなく壊死させて、何日か後には取り外してしまうが如き技を駆使する。去勢された牡馬は牝馬に対する興味を失い、気性も大人しくなる。乗用馬や農耕馬、神事馬としては、その方がありがたいようで、よく売れる。


「知っておるか、九州では馬肉を食らうことがあるそうじゃな」

「ああ、誰かに聞かされたことがあります。精がつくということらしいですな」

「庄屋が牛でできないかと、この前、試食会をやったぞ」

「いかがでした?」

「独特の臭みが厳しいな。魚と違って天日干しも難しいらしく、焼くのがいいらしいが……慣れないと今ひとつだな。あと、固い」

「一つ二つ工夫が必要かもしれませんね。例えば、塩や醤油や味噌、酢、みりんなんかに漬けて味付けするとか。香味の強い野菜と一緒に漬け込むとか」

「なるほど。庄屋に教えてやってくれ」

「承りました。……さすがに、ここでは九州の真似事はしませんか」

「いや。まだまだ数を増やしたいからな。もっと増やして人手が足りなければ、売り方の一つとして考えても良いが」

「純粋に騎馬隊を組みたい他家に売る分で、今はいっぱいいっぱいですかね」

「牝馬を買うかなあ。増やし過ぎないように気をつけねばならんのだが……」

「あと、安直に馬だけ揃えればいいと思ってるお侍にいろいろ教えないとですね」

「ああ。秣、手入れ……奉公人に任せっぱなしで、面倒見が必要なことをわかってない若輩が多そうだからな」

「ご当家では、お侍も奉公人も一人で一頭の面倒を見れるし、秣の心配をしないで済む場を整えておられますけどね」

「御館様と勘解由殿には、馬隊の編成希望者はこの村の周りに領地を替えろと入れ知恵しておいた」

「それは、妙案ですね。それで全員を与力にしてしまえば、一大騎馬隊のできあがりだ」

「ああ、堀部騎馬軍団として、軍記に名前を刻んでやるぞ」

「傑作ですね」

「よし……では、出仕してくる」


 未明に朝飯を食らい、寅の刻の前後を馬とともに過ごしてから、伴を2人連れて3里を半刻、城へと速足で進む。家老としての執務は、もはや付け足しのようなものだ。

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