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21 田上郡郡奉行・山科左京太夫暁家の戸惑い

7月21日


 一体、これは何事だ?

 今、津山家で郡奉行を拝命している私、山科左京太夫暁家(やましなさきょうだゆうあきいえ)は、夥しい遺体で埋め尽くされた久保多村の辻で、吐き気をこらえていた。


 大雨風の翌日、15日の城下の朝市に野菜などの収穫物を売りに来た村民はいた。しかし、次の16日から久保多村からの人の流れは、ぱったりと止まったという。

 16日は、まだ大雨風の後始末などで大変なのだろうと誰もが思った。17日になるとさすがに訝しむ者も多くなり、18日の夕刻には野盗の集団に襲われたのではないかと、担当の配下に届け出る者もいた。

 だが、19日に備後殿の初七日法要もあり、家中もばたばたしているとの認識で、届け出は放置された。あとで受け取った者を罵倒することになったが……。

 その19日は多くの者が法要にでかけ、夜半まで出兵に向けて気勢を上げる宴会になってしまった。そして、20日に出仕すると、朝市関係からの届け出が山をなしていた。

 本当に野盗ならば、少人数で出かけて行くのは自殺行為だ。私の直属と久保多村の担当者の配下を駆り集めつつ、数人の物見を出した。19日の法要の日を潰したのが痛かった。備後殿が三途の川の畔から叱責の怒声を上げていると思った。「死んだ者の儀式を先にしてどうする、馬鹿者!」と。せめて18日に私に伝わっていれば……と思わないではない。

 物見の帰還を待っていると、どこからかこの件が耳に入ったのか、御館様と柴田殿に呼び出された。


「氷室郡への遠征のために、兵糧蔵を南部の三村……城から1里の久保多、2里の多田野、3里の森脇……に置くようにするつもりであった」


……などと明かされ、急ぎ状況把握に務めるようにとの話に加えて、兵糧蔵の話を延々となさる。柴田殿が話を切ってくれたが、この時点で夕刻だ。急げと言うのなら、呼び出すなと怒鳴りたかった。

 詰所に戻れば、物見が戻っていたのだが、そやつは尋常ではない蒼白な顔で、震え声で報告した。感情も、声も抑制できないようだった。


「村内は動くものは、鳥獣の類のみ。大まかに見ても村民は全滅しております。その死に方も尋常ではなく、体を引きちぎられた死体が多数。刃物ではなく、手足や首をもがれているのです。野盗ではなく、人外の物の仕業と思わざるを得ません。これから動くのは得策ではなく、夜明けまで待つべきと思います」

「ほかの二人はどうした」

「光景と腐臭に障りが出て、昏倒してしまいました。現場から遠い庄屋宅に寝かせて参りましたが心配です」

「お主らとて、戦場は知っておるだろうし、それを思えば……」

「あれは戦場を超えております」


 衆人環視の場所で報告させねばよかったと後悔した。詰め所の前庭に集まっていた手の者の顔も蒼白になっていたのがわかった。どいつも勇猛な坂東武者だ。しかし、人外の仕業などと言われて、夜間の進軍などしたいものか。

 すぐに出発しても、半刻後に村に到着するころには真っ暗のはずだ。物の怪などおらずとも、獣の類とて油断ならない。

 だから、ご家老の許可を得て夕餉と朝餉は城で取らせ、腰兵糧を1日分持たせることにした。

 出発までは詰所と広間で仮眠を取らせ、夜明けに村につくように進発を命じた。

 物見で戻って来た男は、朝一番での御館様への報告を頼んだ。


 早稲の刈り取り時期は、まだまだ暑気が厳しく蝉もやかましい。村の南の大辻は、その暑気のせいでもうもうたる屍臭に覆われていた。

 蚊柱ならぬ蝿柱がいくつもできている。死体の穴という穴から蛆が湧いており、その光景だけでも倒れる者がでた。男どもの死体の損壊はひどく、物見の申した通り、手足が千切れ、首がもげ……という具合だ。刀や薙刀で切ったのではない。比喩ではなく、断面の不規則さ、骨の折れた場所のささくれ具合から、外からの力で骨や関節がへし折られ、肉や皮膚が裂けていることがわかる。死体の場所の出血痕の広さからすると、生きたまま千切られたり、もがれたりしたのだ。

 女たちは着物の裾を広げられ、下半身が剥き出しで、野盗に強姦されたのかと思うのだが、骨と皮ばかりである。いくらなんでもおかしい。腐敗と乾燥のせいかと思ったのだが、赤子や幼児まで、すべからくそんな具合だと、何かの作為によって干からびてしまったと考えた方が良さそうだ。


「一旦、北の庄屋邸まで下がれ」

「はっ!」


 我々が引きにかかると、狼、狸、狐、鼬、犬、猫、烏どもが、めいめい死体によってくる。臓物を引き出し食らう様は、まさに餓鬼道地獄を思わせる。


「松明を用意しろ」

「まだ明るくなったばかりではありませんか」

「死体を荼毘に附す」

「焼いてしまうんですか?」

「こんな腐臭を漂わせているよりましだし、虫や獣どもが寄って来るのを防げる。何人か組になって、布団や衣を各家から引っ張りだせ。それをかけて着火しろ」

「はは」

「あと、焼いた死体の数を各組で覚えておけ、何人死んだのか集計する」

「かしこまりました」


 配下が仕事にかかる間、庄屋の邸内で気を失っていた2人の物見を見つけ、無事を喜んだ。

 

「正体を失うとは情けない限りで」

「無理もない」

「水を飲めたので、一心地付きました」

「何人かは、同じ有様だ。代わって面倒を診てやってくれ」

「承知いたしました」


 私を含めて100人ほどの隊で村に着いたが、若く戦場経験のない者を中心に10人ほど動けなくなっていたし、動けるが嘔吐している奴らはもっといた。腰兵糧はつけさせたが、食えるやつはおらんだろう。

 人の体が焼けるときの嫌な臭いが立ち込め始めるが、鼻と口を塞ぐように手ぬぐいを巻けば、まだ我慢できた。


「何軒か家の中を見てみましたが、荒らされている家もあります」

「そうか」

「そういえば、庄屋の家も箪笥や長持ちが開けっ放しの部屋がありましたな」

「こんなところで、荒らしに入った野盗がおったのかな」

「いくつかの家では、布団が敷かれていて、引きずられた痕がありました。寝た切りの年寄りなんかを辻まで引っ張って行ったのでしょうか」

「うむ……念のためだ、屋内に死体がないか確認しておけ」


 村の南北には番所があり、その周辺は広場のように辻が広がっている。その南番所を3方から囲むように死体がある。それは上がり始めた煙の位置から確認できた。例外なく家の中から引きずり出して、凄惨に殺すというのも人間離れしている。

 私の従者に絵図面の写しをわたし、捜査する連中に回すように命じた。

 私は別の図面を改めて確認する。久保多村の位置は、田上城から氷室城までの主街道より半里足らずだが、東にずれている。それだけに、より南の村々と城下を行き来する者が気づかなかった。また、朝市で話を聞いても、野盗どもが居座っていたらと考えれば、脇に逸れて見に行くわけもない。

 実際に訪ねて見れば、本当に戦場を超える殺戮だった。人外の……それこそ物の怪の仕業としか考えられない。ここに居続けるのは危険だ。日のあるうちに村から離れて、城下に戻る必要がある。物の怪に対しては、坊主か神主にも相談したい。稲の刈り取りも何とかすべきだ。それらのことを庄屋宅で簡潔に文に書いて、気分を悪くしたが歩ける者に持たせ、先に城へ戻す。

 ざっと100戸の村で、最新の台帳では492人の住人がいた。

 すべての死体に火を点け、死体の数の集計をしたら491人だった。この内、屋内で死んでいたのは番所の中に転がっていた4人の男たちだけだった。

 台帳に間違いがあったのか、逃げおおせたのか、物の怪や鳥獣に遺体をどこかに引きずって行かれたか……。

 ともあれ、最後の死体が焼けたのを確認し、我々は一旦、城へと引き上げていった。


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