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20 氷室郡町奉行配下・川村源五郎為義の不正

7月20日


 俺は川村源五郎為義かわむらげんごろうためよし。堀部家配下で城下町の治安の維持する町奉行配下の一人である。簡単な話、町のなかのいざこざを収めることがお役目だ。

 暴力沙汰になっていれば、自分の組下の連中を率いて留めに行くし、法度や慣習・慣例による揉め事なら、争っている事柄のさまざまな証拠を集め、最後は正副いずれかの御奉行様に理非の裁定をつけてもらう。


「ただの我慢勝負で、神も仏もないってくらい凄惨な不具者を生む火起請や湯起請は、我が郡内では一切禁止。少しも面白くないからな」


 御館様がこのお触れを出して以来、町奉行配下は忙しくなるばかり。おかげで退屈しなくていい。戦では20石取りの俺は兵を10人出すことになっているが、普段から人手は必要だ。事件や訴訟ごとを解決するよう動いていれば、給金も報奨金も出る。領地の田畑は庄屋に託して小作を入れ、配下は町なかでの仕事に専念させている。配下には副業も認めていて、大概は店持ちで、女房が切り盛りしている。

 兵種統一の法度では槍を選び、すでに馬や弓は売っ払った。槍と甲冑があれば十分。戦場で手柄を立てるのは難しくても、別に町奉行配下と副業でやっていけるのだ。今は町なかの事件の詮議で大忙しだ。


「大津屋の騒動の発端が、あの女郎宿になってる長屋なんですよ。あそこに医者が一人いるんですが、おふくって女郎の情夫いろで、仙術使いらしい。そいつが大津屋の女将と女中を誑かしたんで」


 その長屋を裏道の角から盗み見しながら、手下の片岡吉之助かたおかきちのすけの話を聞いたが、一つ合点がいかない。


「大津屋を殺す理由がないだろう?」

「大津屋が金を出すのを突っぱねたから逆上したとかね。脅していたのは、大津屋の息子が出してきた文のほか、報告したとおりで間違いないです」

「ふむ……まあ、いざとなったら、番屋に引っ張って絞り上げればいいか」


 とは言いえ、実際には違う考えもある。魚心あれば水心。羽振りの良い小悪党とは、いろいろと良い関係を作っておきたいところで、特に建吉は長屋で女郎を何人も暮らさせている。それだけ町の裏面の事情にも通じているはずで、町奉行としては利用したい。そこんとこの値踏みもしたいので、やはり一度、乗り込んでおくべきだろう。

 吉之助も連れて長屋へと接近し、いきなりぱたーんという音がするくらい、強く入り口の障子戸を開ける。

 若い優男だ。薬を煎じていたところで、その手が停まる。

 下っ端な普段着の侍が2人、傍若無人に、にやにや微笑みながら、土間に入り込んでくる様子が理解できないという表情だ。


「邪魔するぜ。建吉だな?」


 遠慮なく畳のほうに歩み寄り、建吉の方へ右半身を向ける半身の態勢で畳の縁際に腰掛ける。吉之助は後ろ手に障子を閉め、そこにつっ立っている。


「な、何ですか?」

「怖がらなくていい。これでも町奉行の配下だ」

「お城のお侍さんが、こんなところに何ですか?」

「大津屋のことで聞きてえことがある」

「あーあー、材木問屋の?」

「とぼけなくていいぜ。大津屋の跡取りから『恐れながら』って届け出があってな。わかるだろ?」

「へ? 何のことですか?」

「おいおい、まだとぼけるか? こないだの嵐の翌日に土座衛門姿で見つかって葬儀があったばかりじゃないか。『与左衛門が土座衛門になっちまった』って笑うには微妙な駄洒落まで囁かれてやがる」

「ちょっと待ってくださいな。それと私に何のつながりが?」

「跡取りが証拠として出して来た手紙だと、女将がすごい淫乱女で、その証拠を握ってる。ついては一分銀を20枚よこせって話だそうだな」

「だから……」

「待てよ、俺の話はまだ終わってない……ところが、大津屋は金を出すことを頑として拒んだ。女将は酷く折檻され、女将に付いていた女中も逃げ出した。そんなことが町中に知れ渡っちまえば、金を脅し取るもへったくれもねえ。大津屋を逆恨みしたおめえは、嵐の日に大津屋を外におびき出して、水路にドボン……そういうこったよな?」

「いやいやいや……何でそうなるんですか。だいたい、俺みたいな細腕で……」

「やかましい……ふんっ!」


 俺は小太刀の柄に手をかけ、片足を畳に上げ、素早く抜刀すると、奴の喉元へめがけて突き出す。無論、寸止めするつもりだったが……一寸どころか、三寸くらい手前で小太刀は、にっちもさっちも行かなくなった。


「なあ、俺たちが入るなり、この見えない仙術の壁を作ってやがっただろう? すげえ力だ。これ、使い方によっちゃ、人を突き飛ばすのにも使えるだろう?」

「勘弁してくださいよ。俺の仙術は人の命を乱暴に取るのに向いてないんですよ。大津屋さんのあの肥えた体を動かすのは無理です」

「くくくく……とぼけてたくせに、大津屋の体形はしっかり覚えているじゃねえか」


 力が緩んだのでゆっくり小太刀を引いて鞘に納めて腰掛けなおす。拷問にかけるまでもなく、話が通じるやつだと思った。


「嵐の日は、この長屋の内を行ったり来たりですよ。あんな日は女たちは客を取れないから、可愛がってやらないといけないんですよ。五人だから一日仕事で、最後は隣のおふくの床で寝くたばりました」

「情を通じた女なら、嘘の証言をして、お前を庇うかもしれねえな。番屋にしょっ引いてもいいんだぞ」

「女たちに聴いてくださいよ、本当に」

「脅したということに関しちゃ、残念ながら事実が並びすぎてる。文もある。文をお前自身が持ってきたって証言もある。女将がお前にされたことを大津屋に話して、激しく殴る蹴るしてるのを何人も見てる。女中が逃げたのもその煽りで、女郎屋に売っぱらわれた挙げ句に折檻されそうだからだって番頭が言ってる」

「あー、参ったなあ」

「この件だけでも郡外へ追放か、牢につながれるか……」

「旦那……金子で片をつけてくださいませんか?」

「いいぜ……」


 そう答えた瞬間、奴と目が合う。不意に意識がぼんやりして、光景が暗転した……と思った瞬間


「川村殿、目を覚まされよ」


 がしゃんと何かがひっくり返る音がし、私の頬を誰かが何度か張る。光景が元に戻り、何が起ころうとしたのか、はっきり理解した。


「あー、くそ……術にやられるところだった。お前が気づくのが数瞬遅れていたら危なかった。礼を言うぞ」


 建吉は睡眠の術をかけ、私を操るなり、記憶を消そうとするなりしようとしたのだろう。吉之助が勘付き、建吉を慌てて殴り飛ばし、私の目を覚まさせたのだ。


「こいつぁ、ちょっと許せねえな。奉行に訴えをあげるだけじゃあ、勘弁ならん。この場で、徹底的に性根を叩き直してやるか」


 吉之助はその言葉を聞くと、ひっくり返って気を失っている建吉に手ぬぐいで目隠しし、捕縛用の縄で手を縛りあげ、手笏で水をぶっかけて目をさせた。


「ぼろを出しちまったな、おい。ちょっとかわいがってやるから、覚悟しな」


 建吉の身体を起こし、壁にもたれかからせて正座させると、吉之助が腹に当身を何発も入れる。建吉は吐きそうな声をあげて、身体を前に倒そうとするが、俺が肩や頭を抑えてそうはさせない……あとは嬲るように痛ぶり続ける。

 建吉が自分から脅迫の罪状を完全に認め、何でも協力するからと申し出るのに、小半刻とかからなかった。

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