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18 堀部家一門衆・堀部大膳太夫吉久の心配

7月18日


 家内は兵制の改めでざわついている。

 私は兵部大輔の弟である大善太夫吉久たいぜんたゆうよしひさ。一門なのだから、決まったことは積極的に推すべきなのだろうが、迷いがある。主席家老の勘解由も感じていたようだが、敢えて自分にやりやすい兵種統一を行うと、大っぴらに明らかにして、兄を応援する構えを取った。

 だが、私はまだ迷っている。

 我が家中は、石高制で領地の大きさを規定しているが、実のところ、完全に石高と領地持ちの収入は一致しない。今の当家の石高は年貢の基準だが、兵の動員……すなわち、軍役の基準にもなっている。石高に応じて兵を何人、馬何頭、弓を何張り出すのかに重きを置かれているのだ。

 例えば、家老のように100石取りは、四公六民なので40石を民から取り立てて、それを自分たちで使えばよい。そして、大抵の場合、米以外の作物も含め200石に相当する収量はあるのが現実なのだ。民は表向きの米60石と表向きにならない作物を市場で売っていい。城も備蓄が少なければ、さらに代金を払って購入することだってある。

 そして、一朝事あらば、100石取りなら、兵50、うち馬・弓を各10の兵を連れて参戦するのが、武士の役割だ。堀部の場合、20石取りが最小の領地持ちになり、兵10、馬・弓各2を出すことになっていたのが今までである。

 要するに、石高は2つある。米だけの収量であり、奉公で出す兵の量である表高。実際に領地で挙がる米とそれ以外の作物の収穫量である裏高。

 だが、馬のような家畜を抱えると、人間の口が一つ増えたどころではない。馬も牛も、まぐさをよく食らう。その確保はかなり大変で金もかかる。面倒をみる人手もかかる。これが過剰な騎馬の確保のために不味いことにならないだろうかと、自分は心配している。というのは、騎馬のみの編成に変えたいという家臣どもが圧倒的に多いのだ。


「兄上、やっぱり面白いだけでは、不味いのではないか?」


 まつりごとの案件を報告・連絡・相談に来る家老・奉行・下僚どもの合間をぬって、兄上が執務している書院に入る。


「ん? 例の和泉からの提案の兵制の件か?」

「ああ、そうだ」

「聞くぞ。うちはお前と源之進しか一門がおらんからな。歯に衣着せぬ意見を聞かせてくれるとありがたいぞ」

「うむ。まず第1に、報奨金が多すぎないかということ。第2に、馬匹が集め切れなかったり、飼育しきれずに、中途半端に金を使って破産する馬鹿が出ないかということ。この2点だな」

「うん、それは考えた。そこは誘導すればいい。和泉は勘解由を上手く使ったぞ」

「ああ、そういえば、馬50ではなく、弓50にするらしいな。手柄を諦めたという話も出てるが」

「あれでちゃんと考えようという奴が出てるらしい。馬の世話は大変だから、面倒がなくなってせいせいしたとまで言っている」

「そこまで言ってるのか」

「ああ、全体に心配しなくて大丈夫だ。長くなるが、話をするぞ……和泉の兵制を採用した場合に500動員するとして、本陣周辺はわしの旗本100に、勘解由の弓50、和泉の馬30。これに与力を加えて200ばかりになる。2人はわしを本陣で補佐するから、ちょうどいい。旗本の100を全部馬にするのは難しいが、槍50と馬50に再編するように伝えてある。もちろん、馬50はそっくり馬廻り衆に任じて伝奏番も兼ねる」

「俺と源之進はどうする? 2人きりの一門だが……」

「お前らは、左右の陣のどちらかの中核を担ってもらう。騎馬で突撃なんて格好良い役回りは、梶川に任せてよいじゃろ。地道に守りを固める方を担って欲しいもんだがな」


 梶川というのは次席家老で、半田村の領主。豪傑だが、馬産家として名が通っている。


「それ自体は構わんよ。今までだって、そうだったしな」

「だったら、弓か槍に統一しろ。隊伍を動かしやすくなるぞ」

「うむ……馬だ、徒立ちだ、弓だと一つの隊にごちゃまぜだと、指図しにくいというのは、感じていた」

「そう。弓なら弓で、率いる兵全部を敵と距離を取るように動かせばいい。槍なら槍で隊伍を崩さず、長槍で相手を突き崩すことだけに専念すればいい。どっちつかずなところに、中途半端な数の騎馬がいたりするから面倒になる。弓で統一したとして与力で槍が付いても、弓兵の前衛に使えばよい。堀部家全体でみたって、所帯は小さい。一門や家老が出す五十だって、槍、馬、弓が入りまじっていない方がいい」

「だが、馬一色に乗り換えたいという奴が多いだろうよ。ついえが、えらくかかるが大丈夫か。食わせなきゃならんのだし」


 兵10を出す下僚の侍どもは、20石取りだ。実際、米だけでなく雑穀や野菜まで入れれば40石くらいは領地で収穫できるだろう。だが、最低限でも兵に10石、馬に20石分の金を費やすから、おっつかっつだ。銀子を支給しても焼け石に水だろう。


「一門や家老、奉行が、槍か弓にする。そうすると、馬を小身の者に安く払い下げることができるよな」

「いや、ちょっと待て。それは安直じゃないか?」

「だが、勘解由はそうする方向で動き出したぞ。今、郊外の村の鍛冶屋と提携して、武具用の鉄を大量生産すると動いておるんじゃが、奴の家来が代わりに馬売りになっとる。12、3頭ほど抱えていたのを半分は売るそうだ。自分の馬以外は領地の農耕に必要な馬しか残さんようだ」

「なるほど」

「あと転地もする。馬を選ぶやつらの領地は、まぐさの茂りやすい土地に替える。半田村の周りに固めて、梶川の与力にしてしまう」

「ふむ」

「一門や家老、奉行の土地をほいほい替えるわけにはいかんが、それ以下の狭い土地なら、そこは胸先三寸で何とかなる。勘解由につられるように、梶川は馬50騎にすると宣言した。半田村なら問題ない。ちょっとした騎馬軍団ができる」


 そういう風に考えて行くと、ある程度、陣ぶれが読めてくる。これまで、上杉に従軍する場合の500は、次の通りになる。

 本陣は、兄上の馬50・槍50、主席家老の勘解由の弓50、軍奉行の和泉守の馬30に与力をつけて馬50。

 一翼は、次席家老で家中一番の勇将である梶川出羽守かじかわでわのかみの馬50。これは打撃兵団にして、一門で従弟の源之進の弓50で支援する。

 もう一翼は私の50。梶川と私の間の本陣前を、奉行2人ないし3人と与力をつけて、槍100、弓50。

 これで五百。

 中身はもっと弾力的に組むこともできるだろう。兄には兄の考え方もあるだろうし。


「この土地に敵の軍勢を単独で迎え撃つなら、旗本も一門も家臣もあげて……だいたい2000だな」


 兄上も頭の中で算盤を弾いている。多分、こんな感じだろう。

 旗本は総勢で500いる。城の留守に残さなければ、馬100、弓100、槍300。

 一門は私と源之進で、弓が50ずつ、合計100。

 家老は四席まであるから、兵数は200。

 奉行は、戦奉行、町奉行、郡奉行、作事奉行、寺社奉行が正副あわせて10人いて、兵数は計300。

 政の執行では下っ端の下僚は、10人の頭目である組頭として参陣し、家老や奉行の与力に配置される……兵数は計1000。

 ここまでで合計2000人だ。

 旗本は金銭による扶持で雇っている。領地持ちの余裕のある家はさらに多くの兵を雇って出してくる場合もある。城中の金銀に余裕があれば、触れを出して、百姓や町衆から徴用する手もある。もう500くらいは上乗せできる。

 籠城時には、町人・百姓も無理無理に入城させれば、5000にはなるだろうが、それはあくまでも籠城すると決めた場合だ。

 野戦を挑むなら2500が最大だ。


「津山が総力で来るなら5000人か」

「倍だぞ。まともに野戦を挑む兵力差ではないな」

「だが、籠城にすると城の周辺の田畑が荒れるんだよなあ」

「騎兵と徒立ちを、はっきり統兵で分けるのなら、城の遠くで、ばらばらに進軍してくる敵を撃つということができるのかもしれないな」


 敵の動き出しに合わせて、いろいろと策を練れるかもしれない。たとえば、梶川に命令を出すだけで、勇猛な騎馬軍団が徒立ちよりも素早く移動できる。与力を合わせて騎馬100を超す。その進撃や突撃は勇壮極まりない。これは総大将をやったら面白い。兄上の存念がやっとわかった。

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