15 久保多村の地下・殺生石の破片と玉藻前の憑依・復活【ダウングレード】
R18はおかつの視点から描いていましたが、玉藻前の視点から描き直しています。
7月15日
暗い……わたしたちは暗黒の存在だから、別に光がないのはどうでもいい。
しかし、この暗黒の中に留め置かれるようになって、幾年……幾百年が経っただろう。
未来を見通すと、わたしたちは暗澹とする。
この戦乱の流れから泰平の世が訪れる。どうやら、わたしたちのような物の怪の存在感はどんどん軽くなる。人の灯す火が強くなり、夜が一段と明るくされ、闇夜の存在は肩身が狭くなる。
神や仏は穏やかに人々を見守れる。もちろん、人間の愚かさがなくなるわけではない。だが、わたしたちの存在は、結界に押しつぶされ、土中に塗り固められてしまう。永遠の牢獄だ。
わたしたちを砕いた玄翁和尚は、わたしたちの破片は「高田に散った」と言ったそうだ。
これは二つの意味がある。「田上」にかけてあり、さらには「窪田」の逆だ。昔のこの村は久保多ではなく「窪田」と呼ばれていた。どうしてこんな回りくどい言い方をしているのかと言えば、わたしたちを蘇らせようという馬鹿者の目をくらます一方で、この村の子々孫々に結界の清めをやらせるための伝承を残すためだった。だが、玄翁はその形をきちんと整える前に死んだ。
殺生石の祟りはそれぞれの土地で、坊主や神主が封印した。
特にこの村の大石を使った結界は強かった。でも、伝承がきちんと残らなかったせいで祀りがおざなりになった。だんだんと力が弱まっている。同時に、わたしたちの力も弱っている。
この地方が戦乱に塗れるここからの数十年が、わたしたちが復活する最後の機会だ。
そして、そのための駒が、ついにすぐ近くに来た。
強力な呪いの器を持つ娘が、力を求めている。どす黒い復讐心。都合の良いことに、その娘は忘我状態にあった。
男たちに犯され、悲嘆にくれ、仕返しをする力を欲しがっていた。
[一足先に、結界を抜けなよ……助ける]
(いいのかい?)
[もちろん……わたしの方が弱ってる。力は有益に使おう。後で助けてくれればいい]
(わかった……少し時間はかかるかもしれないよ。わたしをここから出したら、あなたの力はわずかしか残らない。それを助けるには、わたし自身を強くし、うんと強い憑代も連れてくこなきゃならない)
[あなたが復活すれば、それができるようになる。復活しなければ、わたしも助かる目はない]
(わかった。わたしはあの娘に呼びかける。娘の心が答えたら、後を押してね)
[うん。それで、あなたは結界を抜け出せる。声をかけなよ……]
わたしは娘に意識を集中させる。すごい力だ……すごい力がわたしを引きつける。
「こいつ……こいつら……みんな殺してやりたい、殺してやる」
その言葉が繰り返される。わたしがその娘の呪力の道筋を開いてやると、その娘の呪いの器がどんどん広がり、力も強くなる。覚醒だ。あとは、わたしがきっかけを与える。この娘が恐れずに応えれば、すごいことが起こるはず……。
(殺したいか? 力が欲しいか?)
わたしの声に驚き、忘我状態のまま、娘の心が虚になる。
(元には戻れなくなるが、力をやろうか?)
わたしは呼びかけ続けた。女は男に犯されていて、すぐに自暴自棄の「殺してやる」の気持ちを取り戻す。
「いいよ。わたしに力をおくれ」
その刹那だ。わたしは地中から強烈に引っ張られた。そして、殺生石のもう一つの片割れが、自分の呪いの力を空にして、わたしを外へと押しやる。強い壁のような抵抗……だが、それを破り、振り切り、空中に浮かぶと、わたしはわたしを呼んだ娘の中に飛び込んだ
「何? 獣? え? 物じゃない? 心だけの存在?……物の怪の類?」
(そうだよ。物の怪だよ。お前らの言う物の怪。百姓の娘?……はっ……今のわたしの力じゃ、遠くにいる貴人に憑依は無理だしね。こういうやつでしょうがないか。でも、器量はいい。頭もいいね。わたしにふさわしい呪の器もある。気に入ったよ。わたしは玉藻前。よろしくね)
わたしは呪いで娘の身体の力を強くしてやる。全身に力がみなぎる。どこもかしこもだ。男は悲惨の一言。
何しろとても大事な部分が、娘の下の口に食いつぶされたのだから。
「ひ…ひぎゃぁ……ぐあぁぁぁぁぁ」
娘の上にのしかかっていた男の身体が、弾かれるようにのけぞって、背後に倒れ、血を噴き出す股間を押さえ、のた打ち回っている。
(おかつっていうのかい、名前は。さあ、おかつ。お前を辱めた男どもに存分に意趣返しをしなよ。腕に力をこめたら、そんな縄、簡単に引き千切れる)
おかつの体は、とんでもない剛力になっている。腕に力をこめて左右に広げようとすると、荒縄がぶちぶち音を立てて千切れた。
(人間を殺すなら、その体の力だけで何とかなるよ。たとえば、頭や手足を引き千切ることができる)
「ふーん……そんなに、わたし剛力になったのかい」
おかつがのた打ち回ってる男の傍に寄って尻を蹴飛ばす。
「ギャッ」
ぼきっという音とと一緒に男が叫び、動けなくなった。腰の骨が砕けた。激痛で声も出ず、口から涎を垂らし、ただ苦痛に襲われ、悶絶している。
すごい恐怖……美味しい……わたしの呪いの器が広がる。
おかつは左手で男の右肩近くの二の腕を押さえ、右手で肘よりちょっと上の所を捕まえる。捕まえたところを右手で押し倒すようにしてやると、それぞれの抑えた場所の間でメリメリと音がして、二の腕が折れ曲がる。そして、ぼきんという音がし、皮膚と肉が裂けて血が噴き出す。二の腕の骨は完全にへし折れ、そこを捻じって肉も皮膚も千切ってしまう。
男の声はしなかった。もはや瀕死で、意識を失っていた。口の端に泡を吹いていた。
「こりゃいいね。侍にも勝てそう」
いきなりこれだけ強くなったのだ。人間なら、そんな風に大言壮語したくなるのもわかる。いろいろ教えてやらないといけない。
(あー、まだ本調子じゃないからね。刀槍や弓矢の扱いの上手なやつ、あと坊主や神主、呪いを使うやつには、術を使いな。たとえば……)
「面白い……玉藻さん……て呼ぶわね。ふーん……なるほどなるほど、そんな風にするのね」
わたしはある呪いの使い方を心の中で描いてやる。おかつはその通りに、男の体に向けて手を構え、そこに念を集める。すると、つられるように空気が集まり、礫のようになる。それが男の身体へ弾け飛び、ぶつかった。背骨に当たり、折れる。さらに、火をつけたり、その火に水をぶつけて消してみたり……そんな術をいくつか試すと、男は死んだ。
(わたしが力を取り戻せば、もっとすごいことができる。あんたが人を怖がらせ、死なせてくれればね)
「そう……それじゃあ、わたしを犯した連中を血祭りにあげちゃおうか」
おかつはぼろぼろの肌着、土まみれの着物を羽織り、紐代わりには使えた帯を腰に巻いて着物の前を留めた。だらしなく、まるで夜鷹みたいな格好。顔や髪が返り血で血まみれだし……。このきれいな瓜実顔で、鋭い目つき……しかも血まみれなら、どんな物の怪より怖さが引き立つ。
おかつは勢いよく番所の入り口の障子戸を開ける。
そこには3人の男どもが近づいてきていた。野良仕事の途中に様子を見に来たのだろう。おかつの憎悪の念が一気に跳ね上がる。
「あっ、何だ、てめえ逃げる気か? 弥平は何やってやがる」
「ふふふふ……入りなよ、どうなったか、見るがいい」
おかつは答えて、番所の奥へ引き換えす……男たちは弥平とかいう男が居眠りでもしているのかと思い込んで、番屋のなかへと入ってくるが、たちまち動きが固まる。無残にも腕を引きちぎられて、血まみれになった男の死体が転がっているのだから。
「ひっ……や、弥平?……ぐぁ」
「な……」
「うぁ……」
おかつは武芸者並みの素早い動で3人の男たちに手刀、張り手、拳での突きを叩き込む。男たちは受けることもできず、崩れ落ちる。もちろん、意識を失わせないように加減はした。
番所の戸を再度閉じる。
「こいつら、大津屋やあの医者と同じ」
おかつの憎悪は壮絶で、3人を弥平より酷い殺し方で壊していった。順々に足を折って逃げられなくする。腕を折り、千切り、壮絶な痛みを与える。最後に首をへし折り、あの世に送る。ぎゃあぎゃあとやかましい悲鳴は、わたしにとってはご馳走だ。
番所の戸を再び開けると、連中が派手に悲鳴をあげたおかげで集落の全員が雁首を並べていた。何人かは、農具を武器のように振りあげ、また何人かは竹槍や脇差を構えていた。
(女どもは勘弁しておいて。後で、わたしが生気を吸い取るから)
わたしは9本の尾を誰の目にも見えるようにする。
「九尾の狐?」
村人の間から声があがる。どうやら知っている奴がいるらしい。
わたしは雄でもあり、雌でもある。その九本の尻尾は形を変え、女陰から生気を吸い上げる。
「いいわ。力加減を覚える稽古ね。女と童女は動けなくするくらいにしておく。男と童は皆殺しね」
(それでお願い)
おかつは怯むことなく村人の中へと踊りこんだ。楽しそうな笑顔に笑い声……形は人なのに、わたしの同類のできあがりだ。
[できるだけ早く迎えに来てよね]
(わかったわ)
土の下の同類に、わたしは楽しそうに返事をした。