12 氷室郡大沢村小鍛冶・六助の期待
7月12日
庄屋の久兵衛が、わしの鍛冶場に連れて来たのは3人連れ。品の良さそうな総髪髷で作務衣姿の男、佐藤様。利発そうで美しい町娘風の佐藤様の奥方、おせんさん。癖が強そうな痩せぎすの若い男、隆之介である。
「鍛冶に関しては組める鍛冶屋がいないか、探していたんだ。町中だと細工師か、それに毛が生えた程度の小鍛冶しかなくて、鋳物ができるというところもない」
「先生、これなら、ここを雛形にもっと大きな大鍛冶ができるかもしれませんね」
佐藤様はすごくにこやかで、隆之介という若い男も、見た目よりは砕けた奴のようだ。
「今、鋳物用のたたらは、足踏み式の大掛かりなものにしています。本当ならもっと大きく、何台も連ねて置きたいんですがね」
「もっと大きな板の中央を蝶番にして、板の両端に人が交互に乗るやつにしたいんだね」
「へえ。そうすれば、もっと大きな炉で、多くの鉄を作ることができます」
「うん、ちょっとたたらを外してみてもらえるかな?」
「へい」
おせんさんがしゃがんで、たたらの取り外しをじっと見ている。
「六助さん、気にしないでくれ。おせんは、こういうからくりの組み立てや分解を見てるだけで、そのやり方をすべて覚えてしまえるんだ。たたらを元に戻す必要があったら、おせんに任せてくれ。その必要は、多分、ないと思うがね」
「へえ。外れました」
たたらを外すと、木管が炉に三本突き刺さっている。その木管を通じて炉に空気が送り込まれる。
「穴の大きさ、一寸ぴったりです」
おせんさんが測りもせずに告げる。それも、おせんさんの特技なのだろう。
「はい、それじゃあ、これですかね」
隆之介が銭よりは大き目の円盤を3つ、持ってきた箱から取り出す。それが穴にピッタリと収まる。覗き込むとそこには、何やら怪しげな像が彫られ、周囲は中抜きを施してある。
「ちょっと待ってな……うん……よし、通ってる」
「へい? 何が?」
「手をかざしてみな」
「へ?……あっ、これは……」
手のひらを管の端に近づけると、手の皮が引っ張られるような感触がある。
「風が通ってる?」
「そうだ。砂鉄を炉に入れてくれ」
「はい」
わしは驚きながらも小さな鎌が作れそうなくらいの土塊を藁に包んで入れて、その下の木炭の火を起こす。炉の中は、刀を作れるくらいの長方形の窪みになっている。
先生が何かを念ずると、パチパチと炉のなかで土塊が爆ぜる音がする。送り込まれる風が強くなったせいだろう。藁が燃え、土塊が灼熱し、鉄以外の物は、ある物は焦げて吹き飛び、ある物は熔けて蒸発する。そこで赤熱した鉄だけが残る。
「風を止めてくだせえ」
「大丈夫だ、自分で円盤のことを思って、そう念じてみろ」
「へえ? へえ」
(あー、ちょっと風を緩く、今の半分くらいに)
(承知)
「ヘ? だだだ誰で?」
「気にするな」
「へえ」
気になる。だが、取りあえずは、本当に鉄になってるのかを確認したい。
釜戸風のに作ってある出入口にやっとこを挿し、炉内で赤熱した塊を掴んで引っ張り出す。そして、鉄床の上に……
キンキンキン……
玄能で叩いて伸ばし、時折、向きを変えて叩き……。赤熱が止まるまで板の形を整えてに、再度、炉のなかへ戻す。
「何度も熱して叩く内に、どんどん鉄の純度が高まるんです」
「なるほど」
「風を強くするには……?」
「さっきと同じで念ずればいい」
「へえ」
(それじゃあ、鉄が赤熱するまで、風を強く。赤熱したら、止めてくれて結構)
(承知)
先生方がニヤニヤしているところを見ると、上手くいっているのだろう。陰陽師と言ってたが、ならば、声の正体は式神か?
今度は鉄板を鉄床の上で2つ折りにして、元の板の大きさになるまで叩き、今度は冷水にさす。
そして、熱して、折って、叩いて、伸ばして、冷やして……鍛え上げる工程を幾度か繰り返して、鎌の刃の形を作り上げる。
「見事な物だな」
「いえいえ。あの……頭のなかで返事をして来たのは?」
「お察しの通り、式神だ」
「もっとおっかねえもんだと思ってました」
(取って食いやしねえよ)
「どうも、初めてなんでね」
「すっ飛んで逃げないだけ、度胸が座ってるな、六助は」
「へえ。えー、今やったのが、鉧押し(けらおし)ってやつです。もっぱら刃物を作る工程で、後はこれの刃になる部分を研いで完成です。熱して叩くうちに、どんどん鉄の純度があがり、鍛えられて鋼になります」
「手間がかかる」
「へい。小鍛冶で小さなもの作る分にはいいんですかね。本当は銑押し(ずくおし)ってやり方が一度に多くの鉄が作れていいんです。でも、大規模にやらないと割に合わなくて。最初の土から鉄を取り出す工程を、もっと大きな炉でやるんです。それで銑鉄を作り、大鍛冶場でさらに熔かして純度を上げ、錬鉄にして型に流し込む。それが冷えればいい。いろんな物が割と簡単にできます」
「たたらが問題だそうだね」
「へえ。でかいたたらを動かすには、人手が必要です。いい質の砂鉄が手に入れば、ちっとはましですが」
(要は、俺がたたらの代わりになれってことだな)
「できますか?」
(できるよ。今やってる通りだ)
「ありがてえこって。たたらをいじらずに、考えればいいというのが、すごく楽で、仕事のはかが行きました」
(俺も人の役に立てれば嬉しい。この仕事場の守り神でやっていくのも悪くない)
佐藤様が驚いた顔をしているが、わしが式神と対話していることが思わぬことのようだ。
「今はその小さな炉で、全部やってたんだな?」
「へえ、でも、できる量が小さいんで。鉧押しは太刀まで。鋳物も鍋釜を作るのが関の山です」
「大きなたたら炉と大鍛冶場を仕立てないとだな。まずは金集めか」
「父に出させますか? 商売が上手くってるんだし、ちょっと無理させたってへっちゃらですよ」
おせんさんが強気な顔で発言する。佐藤様はそれを制する様子で……
「お金の出し手は、庄屋の久兵衛さん、義父上、私自身……あと、お城にも掛け合ってみるかな。面白そうなお殿様だって聞いてるし。出し手は多い方がいい」
佐藤様はそんな予想外のことを申された。何にせよ、資金は請け負ってもらえたので、早速、明日にでも、大型のたたら炉と大鍛冶炉の図面をひいて、久兵衛に相談してみよう。