127 酉三つ(午後六時)議論 四方村陣屋・おせん
堀部の殿様と私たち術師と各隊の大将を集めての夕食の場は今一つ盛り上がっていない。
津山家の処遇の案を話し合うのが長引き、あちこちに話題が迷走した。そこに酒が入り、膳が並んだ今は、殿様が神剣の主になったことが話題になっている。
「甲野殿……やはり神職の鍛練をしないと不味いようだな?」
「私はそうは意識しませんでしたが……剣に出会った時にはすでに神職だったせいでしょうけど」
「現状では戦場で身を守る以外に使えない。それなら、あまり意味はない」
「しかし、剣の心得のある人なら、あれほどまでになるとは思いませんでした。まさに目にも留まらぬという速さで振るえるものとは……」
「だか、戦場では、あの次の瞬間に邪なことを考えねばならんこともあるのでな。頭痛で倒れたり、動けなくなったりするのは、あまりに不味い」
甲野さんは、狐たちに右手を切り飛ばされ、脚にも深手を負った。うちの先生と立川さんの術で、傷はふさがっているが、右手をつなぐことはできなかった。かなり出血もあったから辛そうだ。
勝利の宴のはずが、どうして酒と膳の付いただけの軍議になっているのか……。でも、あの狐たちがいる以上、わたしと神剣を巻き込んだ戦がいつでも起こる恐れがある。戦はいやでも、これからの話はいろいろ聞いておきたい。
「神剣については、今は余が使い手と認識されてしまったようだから、使い続けるしかないが、甲野殿にしばらくそばにいてもらい、使い方の伝授を願う」
「はっ。その件はわかり申した。すみません。今夜は……やはり身体が辛いので、もう休ませてもらいます」
「うむ、すまん。今日は狐どもと渡り合ってくれて本当に助かった」
完全に傷が癒えた訳ではない。足を引きずりながら甲野さんは広間を出て行った。甲野さんの話では、手首を切断されたことで、神剣からの持ち主認定が取り消されたそうだ。持ち主に対する思い入れなんかなく、あっさり使い手を変えるのは、さすがに「物」ということなのだろうか……。
「建吉のことといい、狐の変化といい、いろいろ不規則なことが多すぎた。勝ちは勝ちだか、取り敢えず、生き長らえて良かったとういうのが正直なところだな」
【非情に徹して、敵味方なく一気に吹き飛ばした方が良かったかな】
「……そう、朱雀さんが言ってますが。もちろん、術者のわたしがお味方を巻き添えにするのは不味いと躊躇ったせいですが……」
少し混ぜっ返してやろうと発言してやった。私もお酒を飲んだせいか、朱雀に対しても、皆に対しても気を使わなかった。口調が厳しくなったかもしれない。
「おせん殿にも救われておる。難しい戦いだったかもしれないが、ようしてくれたぞ」
「わたし自身はか弱い女ですから、あの子たちと正面切って戦うのは、もう願い下げです」
「見張るのはどうかな?」
「何ですって?」
「たとえば、大沢村に住んでもらう。佐藤殿も一緒にな……」
「あの子たちを領内に住まわせて、悪事を働かいないようにして、それで戦に利用するんですか?」
神剣を手にして呪われろって思ってしまった。なるほど、これが偉い侍というものなんだろう。戦という普通の人にとっては悪事としか思えないことが、政と並んでこの人の生業であり、政も戦に寄せて考える。時代が確実に「戦国」に向かっているせいなのかな。
「それ自体は悪くないと思うけど……」
殿様に逆らうことを気にしたのか、すぐ右隣にいた先生がそんなことを言い出す。思わす横目で睨んでしまった。先生がそう言うのなら、妻であり、弟子でもあるのだから、従うべきなのかもしれないけど……。狐たちが何かやらかそうとするなら、わたしが抑え込まないといけなくなる。
「いや、おせんだけでなくてね。今日、狐に付いて遅れてきた2人にも来てもらえばいいんじゃないか?」
「それに、身体も狐になった方……おかつだったかは、政や戦をやりたそうじゃった」
「鉄と呪いと妖の村……」
「それで、大沢村の住人が逃げ出さなければよいがのう」
家臣の人たちも茶々を入れだす。今のは、騎馬を率いた梶川様というご家老だ。今日の功二等って軍議で言われていた。
「自分の領地に振られなければ、一向に構いませんけどね」
これは安田・旗本の正面攻撃を受け止めて功三等の大崎さん。
「戦奉行としては、呪いや妖を使った戦を組立ててみたいものです」
最後に美味しいとこを持って行きやがってと悪態混じりに羨ましがられている、功一等の佐々木さん。何だかんだで敵の御館の首を取ったことが大きいみたい。
「家中としては、おせん殿の思惑はどうあれ、狐たちを迎え入れたいところで固まっておるじゃろ。多分、管領も公方も、今回のことでいろいろ難癖をつけてくるだろうから、強大な戦力は欲しい」
最前線で上手く進退して功四等の山中さんが、家中の意志を確認するような言葉を議論の場に投げ込む。だんだんと、わたしに話を断りにくくするよう連携しているみたいだ。
「わたしが今回、戦に参加したのは、九尾の狐を押さえ込めるのは、わたしが呼び出せる朱雀しかないって先生に……夫に懇願されたからです。二度と戦に駆り出さないって確約をいただけなければ、何も致しません」
そんな風に突き放したら、げらげら笑い出す人がいた。旗本の渡辺織部とかいう人。
「拙者のほかに、そこまで御館様に言える人がいるとは思いませなんだ。しかも、女子じゃ。いっそ、家老か、奉行に取り立ててはいかがですか?」
「それは難しいな。ならば、佐藤殿を士分に取り立てて、おせん殿も余の側にいてもらうか?」
「それは私がお断り致します。密偵のつなぎなどもやらせては頂いておりましたが、あくまでも、陰陽師であり、医師でありたいものですから」
「うーん、夫婦で揃ってそれでは、意志は硬そうじゃな」
殿様はそう言ってグイッと盃をあおる。
「難しい話は、今日はここまでにしておくか。津山家は残すが、田上城は当方で接収して城代を置く。吉景以外の壊滅した一門の領地は没収する。家老や奉行どもの配置は、これから考えよう。狐に関しては、氷室郡内に招くが、領内でどうするかの話し合いは、明日の和議交渉も踏まえて決めよう」
「はっ!」
「くだらん話はもうやめじゃ。誰か謡わんか? 舞わんか? せっかく勝ったのだ。景気よう飲もう」
「ははっ! それでは、それがしが一つ舞いましょう……」
こういう宴会……嫌いだけど、さっきよりは全然居心地がいい。内藤さんというご家老の舞は、地元の田楽で謡も陽気だ。気持ちが解き放たれて、ちょっとほっとする。