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126 酉一つ(午後5時)儲けもの 森脇村・一服一銭の小六

「酒が欲しいが、荷駄隊が回ってくるまで時もかかる」

「水以外のものが飲みたくなるし、白湯ではやはり寂しいし」

「柴田様なら兵糧に抜かりはないが、まだ待たねばならんじゃろ」


 そんな具合で一服一銭の繁盛は続いた。

 よくわからんが、戦は終わった。兵たちが村へと引き上げてきた。

 負けたのか、勝ったのか、わからないままに、わしらが茶屋を出していた寺にも兵たちがやってきたのだ。

 かなりの兵が討たれたと思っても、まだ1500人は残っているのだとか。

 もう夜になるし、森脇村の旅籠と寺社に宿を求めたわけだ。

 どこかに兵糧は積んであり、それらは戦に勝ったら、氷室郡内に運び込むことになっていたらしい。だが、氷室郡内に兵たちは入らず、今日は森脇村に泊まるという。

 今、俺たちのいる寺には、100人ほどの兵が来ていた。戦の間は寺の外で商っていたが、今は寺の境内の一角で武者を相手に茶を振る舞っていた。


「上手い具合に茶屋を出してくれていてありがたかったぞ」

「いえいえ、商売っけを出しすぎて、城下まで帰るには怖い時刻ですからねえ。ここに泊めてもらえるならありがたいことですし、商売になるならなおさらで」


 兵たちは、交代で篝火を用意したり、煮炊きをするための簡易のかまどを作ったり、本堂内での寝床の用意をしたりしていて、休憩しに俺たちのところへ茶を飲みに来た。きちんと銭も払ってくれる。

 その間、女房が住職に掛け合って、俺たちも本堂に泊まっていいという許しを得ていた。兵に混じってだか。

 正直なところ、助かる。田上城下に戻る前に、真っ暗になるのはわかっている。とてもじゃないが、物騒すぎる。だが、旅籠に泊まったのでは、せっかくの今日の儲けが吹っ飛んでしまう。それならば、残った茶を兵たちに振る舞って、一緒に寝泊まりしたほうがいい。女房は村に食い物の買い出しに行った。だから、今は、一人で侍たちに茶を点てている。


「結局、今日の戦は、どういうことになったので?」


 戦の様子を一望できるというのは、なかなかないことで面白かったのだが、それが何を意味していたのかは、うかがい知ることができない。そこで、根っこから掘り起こすつもりで、茶を飲むお侍たちに聞いてみた。


「負けじゃ。負けにしては、追い討ちもかからんがな。用心は欠かさんが、多分、このまま休めそうだと、うちの殿は申しておった」

「そ、そういうものなんですか」

「ああ、何しろ、御館様が討たれた」

「へ? お殿様が?」

「そうだ」

「くやしいもんだぞ。わしらは安田の家中だが……御館様はわしらを救うために果敢に前に出てきて、討たれてしまった」

「左様ですか。どうなります? 俺ら町人もひどい目にあわされますか?」

「多分、何もない。この村で戦うことはない。城に戻って籠城もしない。敵の領内に激しく攻め入らないうちに、御館様が死んで、戦自体が沙汰止みになるからな。向こうの領民に被害が出ていたり、こちらの領内に攻め込まれて、領民も徴用していたら、民にもえらい災難になっていたと思うが……」

「そうですか。何もなさそうなら良かったですよ」

「多分、田上城と田上郡全体が、堀部の下につくという格好になるだろうが、どういう形になるかは津山家の生き残りの心掛け一つだ」


 そこまで聞いて一安心。すると、兵糧を取りに行っていた荷駄隊が戻ってきた。


「殿、いかがでしたか、軍議は?」


 ここの兵たちが「殿」と呼ぶのだから、あれが間違いなく、安田淡路守か。6尺(約180cm)には足りないだろうが、今いる侍たちの中では図抜けて背が高い。がっしりしたという印象ではないが、精悍という言葉がぴったり来る。


「主家を変えることになるぞ」


 兵たちがざわつく。


「少なくとも、建前としては戦は終わっとる。そこは安心せい」

「はあ。それならそれでいいんですが……」

「酒も一樽、運んできた。馬鹿呑みはするなよ。敵が攻めてこないとも限らんからな」

「えー、あちらが主家になるんでしょう? だったら、安心して酔っぱらっていいじゃないですか?」

「馬鹿もん。主が亡くなったのだぞ。しめやかに、控えめにせんか」


 淡路守様のいう通りなのだろう。仮にもこの土地を治めてきたお人が亡くなったのだから、決して浮かれていいものではないのだろう。まして録を食んでいた侍たちは……。


「結局、この戦で、津山家の名籍を継げるのは吉景様だけになった。一昨日と今日の戦いの結果がそれだ。大負けだな」

「安田家はどうなるので?」

「大兵を失った無能者だからな。きっと改易だろう」

「ご冗談を」

「主家は替わっても、殿が牢人になるなんてあり得ません」

「そうかそうか。では、改易を命じられたら、領地に戻って自立することにしよう」

「どこまでもお供いたしますぞ」

「そんなことより、腹が減ったぞ。飯の支度を急いでくれ」

「ははっ」


 何があっても、人は食わねば生きられぬ。敗北、そして大勢の死を以てしても、それは変わらない。

 そんな風に思いに耽っていると、若い……甲冑がボロボロの兵が、茶を所望してきた。


「もう少しで茶が品切れになるところでした」

「そうか。最後についてるな」

「今日は大変でございましたか」

「ああ……そうそう。遠くから見ていたのなら教えてくれ。昼前に、わしらが着いたときに、すぐに戦にならずに、ずっと待ってたのを、おかしく思わなかったか?」


 茶碗を差し出すと、その兵は微笑を浮かべながら訪ねてきた。


「はあ……確かにそうですね。すぐに戦を仕掛けたら、勝てたろうにって思いました。ただ、客の誰かが言ってましたが、戦を始める時刻を決めてたんじゃないかって……」

「やっぱり、そう見えるよな。ちぇ。もっと強硬に物申せば良かった。そうすりゃ、こんなぼろぼろにならずにすんだんだ」


 微笑は苦笑になり、さらに心底悔しそうな表情になったその若い侍……励ますように声をかけてみる。


「偉くならないといけませんね」

「まったくだ。次の戦では出世を考えるようにしておくさ」

「ああ……そうしろ」

「殿……」

「わしにも茶をくれ……」

「薄くてもよいですか。茶葉がほとんど切れまして……」

「構わんよ」


 隣に淡路守様が来ていた。言葉も交わせるとは……いや、これは驚いた。


「仁左衛門が一隊を率いる大将だったら、わしも真剣に取り合ったかも知れないぞ。むしろ、お主の言葉で、御館様の命に従わねばならんと、内心で自分に言い聞かせていたのだ」

「ちぇ……そうだったんですかい」

「次の戦の前に、お前には偉くなってもらうぞ。500も討たれた。上に立つ大人の連中も大分討たれた。新しい兵を雇い入れ、鍛えなければならんが、お前にも上に立つ苦労を背負ってもらうぞ。否応無しだ」

「ちぇ……ただの槍馬鹿で終わりたかったんですかね」

「お前が先鋒、次三郎に中軍を担わせる。兵の数が回復したら、三分の一はお前が指揮するんだ」

「できますかね」

「できるように考えるのが、わしの仕事さ。ふむ……このくらいの薄茶も美味いな」

「ありがとうございます。茶葉があれば、もう少し濃い茶をお出しできたんですが」

「よいよい……本当に飲みやすくて良かったぞ」

「普段は諏訪神社の境内で露店を出してますんで、機会があったらお立ち寄りくだせえ」

「ああ……」


 淡路守さまは、若い侍とさらに難しい話を目の前で交わしていた。これはちょっとない感動ものだ。誰にでも自慢できる儲けものだぞ……


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