122 申三つ(午後4時)終戦 堀部本陣・佐々木和泉守憲秋(地図)
兵が呪い師たちの戦いに巻き込まれぬようにと、御館様は自身の守りを呪い師たちにすっかり預けてしまわれた。
そして、馬廻衆100騎を梶川様に預けてしまったので、私とその配下の20騎が伝令役が本陣の後方に残された。
遠回りに炎と氷雪の応酬をはじめとする狐女たちと戦いを見ているしかないのだから、まったく心の臓に悪い。しかも、今日は御館様の側にいないので戦奉行らしい献策もできなかった。
高台での戦いは沙汰止みになり、街道上の戦いは、北は押され気味だが、南は津山の旗本が壊滅しつつあって、恐らく我が方の勝ちで決まりだろう。
と思ったのだが……
「背後から敵襲!」
「騎馬20騎、槍兵の後列に突入!」
「迎え討て……」
後備えの槍兵から怒号が上がる。今さら何だと思ったが、包囲から逃れた敵の旗本が自暴自棄になって突っ込んできたのだろう。だが、予想外のことがあった。
「津山の御館だぞ!」
「旗印を見ろ! 敵の親玉だ!」
「逃がすな!」
「西に逃げたぞ!」
どうやら耳を疑う事態が起こっているらしい。
槍兵の槍襖に突き当たる前に横に逃げたのか?
弓兵は高台の方に行っているから、こっちに引き返させるのには時間がかかる。御館様の周囲に達したら、ちょっと対処のしようがない。
もはや伝令云々もないだろう。とすれば……。
「全員、西へ迎え……抜かるなよ! 敵の馬廻だ、手強いぞ!」
「おう!」
一昨日の戦いでは、御館様は守ったものの10名の騎馬武者を失い、あまりいいところはなかった。
だが、最後の最後で敵の御館を討ち取れるのなら……。
「行くぞ! 突っ込め!」
「うおらーー!!」
「堀部家戦奉行、佐々木和泉守、見参!」
馬蹄と喚声に気づき、敵も隊列を直角に曲げ、我が方と正面から激突した。
双方とも縦4人、横は5人という並びで、まったく同じ。
しかし、こちらは一直線に進んでいた分、勢いに勝った。
たちまち、前方の兵同士が衝突するが、当方の先頭は敵の列の間に入り、敵の3人目あたりに槍を突き込んでいた。敵の1人目、2人目は、自分たちの槍を透かされ、目線を奪われ……そこを我が方の2人目、3人目の槍に襲われる形になった。
「ぐぁ……」
「どりゃ!」
「うぉら!」
敵の列の3人目までは、過半が討たれ、残りは、当方の複数の騎馬武者に挟まれたり囲まれたりで、不利な態勢を強いられている。
私と敵の親方は、双方ともに、真ん中の4人目にいた。
敵の御館は、直前の兵に助け舟を出し、配下の武者を2人倒してしまった。
「津山兵部殿とお見受けする。戦奉行、佐々木和泉! お相手願おう!」
言うが早いか、私は敵の御館の前に馬を進めて、槍を突き込んだ。
最初の一撃は、向こうの槍に払われた。
そこから、私は連続して胸を目がけて槍を突く。
ガツ、ガツ、ガツ、ガツ……
兵部殿は、槍を両手に持ち、柄を使って私の槍先を弾く。
「うおぉぉ……」
「御館様を救えーー」
これは、今我々の戦っている兵たちの声ではない。遠くで起こった声だ。どうやら、こちらの後備えの兵の騒ぐ声が届いたのか、高台の方での再戦の合図になってしまったようだ。
これは不味い。だが、我々が兵部殿を討ち、首か、囚われの姿を晒してしまえば、すべてが終わる。
顔、脚、腹、喉と連続して突きに行く。だが、上手く槍の柄を合わされ、かわされる。
「ふははは……硬いぞ、力んでおるな」
動きを見切られている? それほどの武の達人とは聞こえてこない人物だが……ああ……目が既に死んだ者の目だな。死地に入って、死に場所を求めている。だから、むしろ雑念がなく、物事がよく見えているのだ。
「手を出すな!」
遅かった。私の右横から私を助けようと、配下の者が槍を突き出す。
だが、突きが遅い。槍先が合わされ、突きを逸らされ、態勢を崩して立て直そうとする。そいつの喉に兵部殿の槍が素早く伸びる。
「がっ!」
あえなく仰け反って、馬の後方にその男は転げ落ちてしまう。
だが、おかげでこちらの勝機が生まれた。
私は一切の予備動作なく、ただ自然に槍の先を兵部殿の左肩に伸ばしていた。
兵部殿は守りのために槍を引くが、間に合わない。
「ぐあ……」
落馬しなかったのは、見事なものだ。しかし、深く槍先が刺さった。ちょうど肩関節の鎖帷子しか守っていないところ。槍先が骨に達した感触がある。
「御命、頂戴」
私はそのまま槍をグイッと押し、瞬時に力強く引き寄せる。
「無念!」
兵部殿が叫ぶ。私の槍に押されてのけぞりかかったところを、深々と刺さった槍を一気に引き抜かれる動きに、体が引っ張られ、前方に転がり落ちるように落馬する。
ごしゃ……
頭から地面に落ちる……叩きつけられ、ごきっと骨がひしゃげるような音。
頭蓋が割れたろう。首の骨ももつまい……。
「津山兵部太輔殿、うちとったりぃーーー!」
私は絶叫を挙げながら、馬を降りて槍を投げ捨てる。
地面に投げ出され大の字になた兵部殿の身体。そこに近寄る私の周囲を配下の者が固める。
津山の騎馬武者の残りの者は、御館の死に殉ずるつもりで、余の配下に攻めかかる……が、私の配下の残余は15騎ほど、敵の残りは5騎ほどだ……多勢に無勢であえなく全滅した。
わたしは太刀を抜き放ち、兵部殿の首を切り落とす。
嫌な儀式だが、こうしないと、本陣での戦いが収まらないかもしれない。懐のさらしを引っ張り出すと、首から頭に巻いて結び、余ったところを改めて拾った自分の槍に結んでぶら下げる。そうして、私は再度騎乗し、槍先とぶら下げた首を前に晒して、本陣の方へと進んで行った。