120 申二つ(午後3時半)悪足掻き 津山本隊・津山兵部大輔義正
「ちっ、なかなか崩れん」
「街道を確実に塞いでます。乱戦で騎馬の力が散っている」
「敵の間に上手く食い込んだが……」
淡路守と百まで打ち減らされた隊を救うと北へ下げ、東の敵は弓兵200と盾を持った槍兵200で防ぎ、残りの騎馬200と槍兵500を南の大崎隊にぶつけた。
だが、淡路の強撃を受け止めたこの隊の実力はなかなかのものだった。
騎馬は後に残し、先に槍兵と弓兵で穴を開けるべきだったか……などと思いながら、善後策を考えていると、後方が騒がしい。
ドロドロドロドロ
馬蹄の音が背後で 響く。振り返れば東の敵に対処していた弓兵と槍兵が、振り向きざまに騎馬兵に蹴散らされている。
「後列の槍兵! 真後ろを向いて、構え!」
そう命じたそばから、こちらの弓兵や盾持ちの兵たちの悲鳴が続き、こちらの兵の動揺を誘う。
「騎馬兵は前方の敵を崩すことに専念だ! 後備えの槍兵は、北に向かって前進!」
くそ。詰んだな。救った淡路と同じ罠に掛かった。
しかも、西から現れた騎馬と東に引いた騎兵が、今の戦いで合流したか。
飛騨守が台地の敵の本陣を突かずに、柵際からの東側の守りを勝手に引き受けてくれたのは助かったが、ちょっと足りなかった。
いや、足りない兵力で二度も我が方の背後を突く状況を作った奴が偉いということなのだろう。策で負けた。
「これは、ちと厳しいですな」
淡路を救うところから奮闘続きの岡田が、歯に衣着せずに喋りかけてくる。討たれた我が方の騎馬兵の馬を捕まえたのか、ずっと徒で戦っていたのに、今は乗馬していた。
「普通の武士のように、ここで腹を切るというのも芸がないな」
「どうされますか? 御館様が何をするにしても、お付き合いいたしますぞ」
「敵の騎馬の西翼が、我が方の右手に出てきます」
そこから逃げ出すことを考えたのに、間に合わないか。
今、後方に差し向けた槍兵は、そう長くもたないだろう。無駄死にさせないためには……
「前から逃げよう。付いてこい。大崎の隊を崩すぞ」
「はっ!」
「どりゃ!」
馬腹を蹴り、勢いをつけて馬を走らせ、すぐ前の街道上で我が方の騎馬兵と敵の槍兵が渡り合っているところに馬を寄せる。
「うりゃ!」
「せりゃ!」
我が方の騎馬に数人の槍兵がまとわりついていたのを、わしと岡田が立て続けに突き殺す。
「お主も続け! 他の兵を救いながら前に出る!」
「はっ!」
「御館様じゃ!」
「御前だぞ、無様な真似を見せるな!」
「一気に崩せ!」
流石に旗本だ。わしが乱軍に分けいる姿を見せることで息を吹き返した。
わしと岡田と救った兵の3人ですぐ前の兵を救い、今度は4人で左右の兵たちを救う。たちどころに、岡田を先頭に、わしを10人の騎馬が取り巻く態勢になった。
「よし、突っ込め! 前に出ろ! 押し出せ!」
その10人でさらに前の乱軍に突っ込む。
「そいつらを停めろ!」
「津山の御館がいるぞ!」
「屠って手柄にしろ!」
敵が気づくが、我ら10人の勢いはそうは殺せない。左右の兵に群がる兵を突き殺し、また数人が、わしの周囲に加わる。
わしらに兵が群がってくる。だが、これは、乱軍のなかの兵への圧力が弱まるということだ。
わしらは脚を止めるが、向かってくる敵兵には機先を制して駆け寄り、突き殺すのを繰り返す。
「津山兵部大輔ここにあり! ここに集まってこい! 突き抜けるぞ!」
こんな人殺し商売の棟梁がいやでいやでたまらなかったが、どうやら、人殺しという仕事自体は肌に合っているようだ。
「全体、左にずれて行け! 騎馬の前進を止めろ!」
「抜けたぞ! 追いすがれ!」
前後の敵将らしい声……だが、これは我らがわずかに勝った。
「抜けたぞ! 続け!」
先頭の岡田が敵の槍兵の最後の列を抜け、それに続いた兵たちとともに、左右の槍兵を突き殺す。広がった穴から、余の馬が抜ける。
「右だ続け! 西の敵を倒しながら、西へ進め!」
200騎いた騎馬のうち、いったいどれだけが生きておるか?
槍兵たちはどれだけが続いて来れるのか?
すべてを救うことはできんだろう。
だが、ここで諦めたら、兵たちが無駄死にするだけだ。
敵の本陣裏に出て、本陣を突くしかない。
「来い! 一気に進むぞ!」
西側に来ていた敵の騎馬の虚を突いて、先頭に一撃食らわし、ひるんだ隙に一気に西に振り切る。
付いて来ているのは騎馬が20ばかりか。
敵の本陣へ突入したら、それで終いというところだ。
このしょうもない戦を始めた責は、自分の死で贖うしかあるまい。
どうせ死ぬのなら、派手に散るのが良いだろう。