119 申二つ(午後3時半)金槌 堀部本陣高台裏・梶川出羽守秀明(地図)
何故かはわからんが、何かが破裂するような音がしたかと思うと、本陣の高台は静まってしまった。
しかし、高台の横手にある中山道上では、激闘が続いている。
南に陣を敷く、我が方の大崎隊の槍兵に、津山の旗本の騎馬兵と槍兵が突っ込み混線模様だ。
敵旗本の槍兵と弓兵、そして安田隊の残軍が、東から突っ込もうとしている一門衆の弩・弓・槍の混成隊と、倅が率いる梶川騎馬隊主力と渡り合っている。
その北側では、敵の旗本の背後を突こうとした、中山、鈴木、内藤の諸隊が、敵の本多隊に防ぎ止められている。
わしの率いる与力どもの二百騎は、左翼で敵の柴田隊と牽制合戦を繰り広げていたが、不意に御館様からの伝令で、高台の裏手に移動。今の主戦場の状況がわかった。
敵の柴田隊は、わしらを追うか、東に援軍に行くか、しばし迷ったのちに、東に行くことを選んだのだろう。我が隊を追尾してこなかった。そして、その選択は間違いになったはずだ。
「梶川様。我ら馬廻衆、梶川様の指揮下に入れとの御館様の仰せです」
高台の裏手で、一昨日は馬廻の副将だった内山が、今日は主将となって100騎を率いて合流してきた。
「ありがたい。これはこの合戦の旨いところを総取りにできるな」
練度が今一つの200騎に、この援軍は心強い。
「内山、お主は左で2列縦隊を組め。わしは、右で4列縦隊を組む。それで、敵の旗本の弓兵の横隊に突っ込んで揉み潰す。それで倅の率いる本隊と合流するぞ」
「承知!」
指示を出すと、流石に旗本の訓練は行き届いており、すぐに陣列は整った。
わしの配下の方がまだまだ不慣れだ。隊列を組むのに少し遅れた。
「よし! 戦を決するぞ! わしに続け!」
「おう!」
わしはゆっくり馬の脚を進ませる。
わしに合わせて、全体が動き出すと、槍を掴んでいる右手を突き上げ、兵たちの目印とし、一気に馬の歩様を駆け足に速める。
ドロドロドロドロ
馬の足音が地響きとなる。敵を狼狽えさせるために、わしは大音声で唱える。
「梶川出羽守、推参! くたばれ! 津山の野盗ども!」
「うらー!」
「うおおおおー!」
「突き崩せー!」
馬蹄の音に振り向いた敵の旗本の弓兵たちが振り向いたところに、我らが兵の怒声があがり、やつらは算を乱した。
隊列を組み直す間も、矢をつがえる間もないままに、動揺する。
「待て、ふみとどま……ぎゃあ!」
「う、うああー!」
「うお、くそ、わぁ!」
「もらったあ!」
「くたばれ!」
「押せー! 一気に崩せー!」
算を乱した弓兵は、まったく敵にならない。馬の蹄に蹴り殺され、馬上から繰り出される槍に突き殺され、わしらは、そのまま、槍兵の隊列に突進した。
弓兵たちの惨状に気づき、東に向いていた槍兵が振り向き、槍を繰り出そうとするが、呼吸があっていない。槍襖というには揃わぬ槍先を、馬上からの槍が弾き、馬が突っ込み、蹴散らす。
そして、東に面していた兵たちは、後ろに気を取られ、倅の率いる騎馬兵に打ち倒されていく。
前後から打たれれば、いかに敵が旗本の精兵でも相手にならん。
わしは敵の隊列を突き抜ける。左右で率いてきた兵たちが、敵の槍兵を平らげていく。
「父上ー!」
「秀朋か! どうだ、そちらの兵は?」
「はっ! まだ160ほどは戦えるはずです! 士気も旺盛にござる!」
「よし! 勝鬨を上げるぞ! 残る敵を平らげろ!」
「はっ!」
「えいえい!」
「おう!」
「えいえい!」
「おう!」
「えいえい!」
「おう!」
弓兵と槍兵……津山の旗本の3割ほどは打ち倒しただろうか。
わしは内山の姿を見つけ、秀朋とともに駆け寄る。
「内山! 秀朋! 大崎と対している敵の旗本の背後を討つぞ! 内山の隊はわしの右に! 秀朋はわしの左に付け! 急げ!」
「はっ!」
「御意!」
2人が自隊の隊列を整えにかかる。わしは、自分の率いてきた与力どもに、大声で指示を与える。
「者共~! わしに続け! 南の敵を討つぞ! この戦い、わしらのものじゃー!」
わしが先頭を切って南に向かうと、不慣れな兵たちも迷いなく後についてくる。
「いくぞー!」
「うおらー!」
「おー!」
敵の安田隊の残党は、わしらに側面を突かれぬよう、南を向きながら退いた。それを一門の隊が追尾して北に向って隊列を組んでしまう。
こうなったら、残敵を気にしてはおれん。
わしの直卒する兵たちは、隊列は乱れた状態だが、士気は高く勇猛に進み出す。そして、左右は内山と秀朋が率いる精兵たちが、少し遅れて進み出す。
大崎の兵はしっかりと持ちこたえている。
わしらの動きに気づいていても、大崎の兵とやりあっている騎馬兵たちも、矢を防ぐ兵たちも引き抜けない。
結局、わしらを食い止めようとする槍兵は、その場で振り向けた200足らずだ。
「敵の御館の旗印まで一直線じゃ!」
「おお!」
槍兵は槍を突き出し、防戦に必死だが、いかんせん薄い。十分な数の槍が揃わないと、騎馬の迫力と速度に負けて、兵の列に騎馬が割り込んでいまう。長い三間槍は懐に飛び込まれてしまうと取り回しが効かず、騎馬武者が馬上から突き入れる槍の速さに対抗できない。
さらに、内山の騎馬兵の一部が側面に回って切り崩す。この時点で、敵の旗本は、完全に周囲を取り囲まれた。蟻の這い出る隙間もない。
わし自身も、敵の槍兵たちの間に分け入り、左右の兵を打倒し、兵の列の穴を広げていく。
津山の御館の首は、わしがもらった……わしはそう確信して、群がってくる津山の旗本どもを突き殺していった。