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117 承前 申一つ(午後3時)激突 堀部本陣・立川甚五郎

「ぐぁ……ああああああ……」


 狐たちが矢を避けて少し後に下がると、突如として、年上の方……おかつが仰け反り、この世のものとは思えない苦悶の声を挙げ始める。

 霊気が風を起こし、おかつの方に風が吹き寄せる。

 そして、いきなり破裂するような音


ずどん!……


その音とともに、冷たい突風と砂塵が襲う。


「げほげほ……」

「ごほっ……ちくしょう、ひでえ」


 砂塵に巻かれ、あちこちから咳とうめき声があがる。けっこうな音だった。あの傍にいたら、耳がやられたどころでは済まなかっただろう。

 砂塵が収まり、視界が回復すると……そこには異形の者が立っていた。

 顔と胸や腹は、おかつという娘のそれだが、頭部に耳が立ちそれは狐を思わせた。胴衣の袖から覗く腕は、柔らかな茶褐色の毛が覆い、一段と逞しく……。脚も袴に覆われてはいるが、四足の動物を思わせる形となってるのが見て取れた。袴の尻の部分は破けたのか? やはり茶褐色の毛の尻尾が1、2、3……9本

 九尾の狐が半妖半人になった?


「うふふふ……見つけたぁ……憎たらしい男……」


 今度は中年の年増女らしい低めのいやらしい声……。

 我々呪い師たちは、ここで呆気に取られてはならなかった。だが、そこにいる敵味方のすべての将兵が呆然とし、我々も目を奪われていた。

 その半妖半人は目にも留まらぬ速さで、彼女の右手側……我々の左側にいた男の目の前に移動した。そして、左右それぞれの前腕、二の腕、腿、ふくらはぎに尻尾が細く縄のようになって巻き付き、さらに最後に残った一本が腹を締め上げて持ち上げる。


「わ……ぐあぁ……ぐほ……」

「け、建吉……」

「大丈夫か?」


 腹が締め上げられ、下から尻尾が食い込みながら持ち上げている……あれは相当に腹にきついはずだ。しかも、手足に巻き付いた尻尾が、四肢をピーンと広げて伸ばしている。


「待ってろ……今……」

「おっと……だーめ、姉さんの邪魔したら……」


 甲野さんが建吉を救おうと動こうとした瞬間、若い女の左手が伸び、手のひらから氷雪の礫が甲野さんの方へ飛ぶ。


「ならば……」

「そっちもだめ……」


 おせんさんが火の礫を撃とうとした機先を制して、今度は右手の剣がおせんさんに向けられ、そちらも氷雪の礫が発せられて、朱雀とおせんさんは守りに手一杯となる。


「ちょ……やばいぞ……」


 佐藤さんは殿様を守るための結界の維持に精一杯だし、残った隆之介と高吉と私には、この状況を打開するような攻撃的な呪いはない。徒手空拳で立ち向かえるわけがない。侍たちは我を忘れ突っ立っているだけだ。


「あ……あ……やめて……あぁ……」

「あははは……わたしも、やめてって言ったわよ、あの時………」


 建吉の手足からしている、みしみしという音は、骨と肉が引っ張られ、千切れようとしている音なのか……。


「頼む……ゆ……ゆる……ぎゃ……あっ……あっ……あっ……ぎゃーーっ」


 みしみしという音が、ぼきぼきとか、ぶちぶちという音に変わる。引き伸ばされた手足が、肘・膝の曲がる方向と逆の方に折れ曲がり、拗じられ、それらのいやな音とともに引きちぎられる……。


「や……ぎゃ……ぐ……あっ……だ……ぐ」


 千切れた前腕と膝より下の足が放り捨てられる。左手の方にいる堀部の兵の方へ……。千切れた手足が飛んできて、兵たちがざわめき、後ずさりする。津山の兵たちも、この事態に呆然として、仕掛けてくる様子はない。


「あんたが、今の私を生んだんだよ。後悔と痛みで泣きながら、ゆっくり死になさい」


 引きちぎられた四肢の傷に、自由になった尻尾があてがわれ、じゅうじゅうという音がしたのは、そこを焼き潰して、血を止めるためなのか……。肉の焼ける嫌な匂いが立ち込める。


「あー……あー……や……め……あー……あー」


 気絶できない建吉は、声ももう小さな呻きしかでない。


「ふふふん……」


 二本の尻尾が股と顔へと伸びる。股に伸びた尻尾は細くなると、建吉の着物の裾を広げ、ふんどしを切り払うと、一物を器用に絡めて、引っ張り出す。そして、もう一本の尻尾も細くなり、口に潜り込むと舌に螺旋状に絡みついて引っ張り出す。


「短い間だけど、嘘もつけない、女も泣かせることができない、真人間に戻してあげるわ」


 ぶちんという音がして、一物と舌が身体から引きちぎられる。

 建吉は声も出ない。

 身体がびくんびくんと海老や魚のように跳ねるのは、まだかろうじて生きている証拠だ……肉の焼ける匂いがするのは、一物と舌を引きちぎった傷も焼き潰して、失血を防ぐ気なのか。


「ほーら……ここまでにしておいてあげる……苦しみながら死になさいね」


 建吉の身体は、優しく地面に寝かされる。泣きながら、何もできない。失血で間違いなく死ぬだろうが、これ以上の流血はないので、じわじわ死んでいくしかない。


「みんな、苦しみながら殺してやるわ。特にお殿様、自分の領地の悪人もきちんと取り締まれないあなたから」


 殿様は一歩も動かない……このまま、狐は殿様を殺す気だ……だが、あれだけの惨殺をやらかした狐は、動きを停め、驚きの表情で固まったのだ。


「おかつ……」


 その固まった狐に、殿様の背後に控えていた年増の女が飛びついて抱きしめる。


「うそ……何で、おっかあが?」

「おかつ……だめだよ……人をあんな風に殺めては……」


 そう……佐藤さんの舅殿だ。大津屋の新店主におかつの奉公が決まった時の証文を出させ、家族が半田村に住むことを知り、母親がまだ健在なことを突き止めた。そうして、昨日のうちに母親を四方村の陣屋に送り届けきたのだ。


「人としての情に訴えれば、狐の憑依から逃れられるのでは……」


 淡い期待だった……。


「おっかあ……おっかさん……あぁ……わたし、おっかあを助けたくて、黙って奉公にあがったんだよ……おっかあ……」

「わかってる……わかってるから……」


 二人の女がぎゅうぎゅうに抱きしめ合う。

 おかつの残虐が停まって我に我に返った弓兵が、一斉に二人の人影に向かって、破魔の矢を降り注がせる。

 だが、矢はすべて、二人に届く寸前、空中でへし折れてしまった。


「間に合った……」


 どうやら、向こうにも呪い師の援軍が来てしまったようだ。若い男と尼僧が、甲野さんとおせんさんを牽制している若い女の側に寄り添っていた。 



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