10 堀部家戦奉行・佐々木和泉守憲秋の改革
7月9日
「御館様、今日は田上城で例の件が決まりますな」
「覚えておる。だが、そんな世間話をしに来たわけではあるまい」
御館様の執務所である本殿の書院の間は、人の出入りが多いだけに油断ができない。戦奉行である私と御館様の会話の中身など、側仕えの小姓や伝奏番から漏れないとも限らない。忠臣揃いでも、何かの拍子に口を滑らせることだってあり得る。最重要な話題は備忘のためであっても、ぼかしておくに限る。
「例の書き付けができましたゆえにお持ちしました」
これも戦支度にかかわるゆえに、言葉には出さない。その代わりに、「書き付け」を見せるのだ。中身は、我が家中の兵制の改革案だ。
戦に使う兵は、どこからともなく現れる訳ではない。御館様、御一門、家老衆、われわれ譜代・外様を問わない家臣たちと、土地を持つものが、それぞれの土地を経営する。土地持ちの家臣たちは、領有する土地の貫高や石高に合わせて、戦の兵を出す。出陣の命令に従い、兵・馬・弓を供出する。その数は御館様が必要とする兵数になるように調整され、統兵はその家臣の家の主が行う。
たとえば、堀部家は、関東管領に兵500、うち馬100、弓100の出陣を命令されることが多い。我が家中の法度では、御館様の旗本で兵100、うち馬30と弓30で、これが本陣を固める。御一門やご家老がこれに代わると、兵50、うち馬・弓各10を供出し、本陣の左右を固めるのが普通だ。譜代の臣のうち、私のような奉行なら兵30、うち馬・弓各5。外様が多い下僚の連中なら兵20または兵10で、それらのうち馬・弓各2となる。私は戦奉行で総大将となる御館様または御一門または家老とともに本陣にあり、我が配下は本陣の最前衛を構成する。普通の奉行や下僚ならば、御一門またはご家老の与力となり、彼らの采配の下で戦う。その仕組みを少々変えようと言うのだ。
「これに応ずるやつがいるのか?」
私が新しい軍法として起草したのは、純粋な騎馬隊、純粋な弓隊、純粋な槍隊を作る家臣への優遇策だ。
津山家と同じく、堀部家でも領地配分と軍役制度は、石高制を採用した。昨年のことだ。なぜならば、私が楽をできるから、それを強く御館様に進言したのだ。土地の価値を金額で示す貫高制だと、勘定方はやりやすい。全部、文と貫(1000文)で考えればよい。
だが、基本は米だ。米は四斗が一俵で、十斗が一石だから、五俵が二石……。普通に米屋で使う票と言う単位と、升・斗・石と収量の目安をつける単位が微妙に違う。これで米の値段は年々違う。だいたい一斗が100文。しかし、米の取れ高やその見込、さらに市中に出回っている米の量によって値段は変わってくる。
米は兵糧と飢饉の備えにもなる。金額だけを基に考えていると、どこかで政をしくじると思った。そしたら、隣の田上城の次席家老は石高ですべてを統一したというのだ。その噂を聞きつけ、戦奉行を任じられた際に、石高制への移行を進言したらあっさり容れられた。
そうしたら、御館様は「もっと楽に戦をできる仕組みを考えろ」だと。石高制については人真似をしたと種明かしをしたが、それなら「もっと楽にする方法を仕事として作るよう命じる」と言う。
ならば、と突拍子もない法度の案を作った。
「楽になる案として、お持ちしました。楽になるはずです。たとえば、佐々木家が騎馬ばかり30で本陣の前衛にいれば、陣の綻んだ場所に、普通の3倍の速度で駆けつけられます。本陣両翼の御一門の50がすべて弓兵なら、前軍を破った敵はたちまち矢襖にさらされます」
聞き耳など気にしていたら伝わらないと確信した私は、ちょっと熱を込めて語ってしまった。
「いくつか図に描いてあるな。例えばこれか。本陣は余とお主で130。源之進の弓50で左翼で粘らせ、右翼は町奉行と与力の槍100で敵を引きつける。そこを右の背後に控えた梶川と与力の騎馬100に、敵陣の側面を突かせる。そういう布陣だな」
「ご明察で。各家が馬弓槍どれに特化するかは、それぞれ書き付けで提出させます」
「それで馬と弓の売買を奨励するわけか。馬の育肥や弓を作る木工にも奨励金を出すと」
「はい。たとえば、馬なら村で馬産を大規模にやらせたいのです。上手く行きそうなのは半田村くらいでしょうが」
「2月に1度の閲兵というのは何だ?」
「寺社の縁日に合わせて、各家の兵備ができているか確認するのです。縁日の寺社から、大手門まで武者行列で練り歩かせます。ついでに縁日の呼び物になればいい」
「縁日にするなら、年に1日でもいいかもしれない。兵備がばれてしまわんようにな」
「むしろ、あるところまでは知られた方が、例の件の如きを抑えることになり申す」
私たちの武威を知れば、津山家の暴挙のようなことを抑えられる。相手に恐れを抱かせれば、攻めようとは思われない……それでも野心を持つ者を抑えきれるとは思えない。だから、日頃より兵を練らねばならんのだ。
「よしわかった。子細は戦奉行のそちに任す。縁日での行列は、回数を減らしてくれ。あとは、家老や一門とも協議し、わしから法度として提示するようにしよう。担当の家老も決めるから、上手く組んで進めてくれ」
「ははっ」
決意を固めるのは、この人は本当に早い。部下としてはやり甲斐がある。