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103 巳一つ(午前9時)展開4 森脇村南外れ・吉本仁左衛門

「殿、どう見ても、堀部の殿様の首を取る好機にしか思えんのですが、仕掛けたら駄目ですか?」


 郡境は緩やかな谷あいの低地にあり、森脇村の南の外れまで出ると、敵の布陣が一望できる。それはまた敵も我が方の布陣を一望できるというわけだ。実際の戦場で、手の内を開けっぴろげでやることは、なかなか珍しいが、今日日流行の将棋という遊びに似た感じだ。

 ただ、今日の戦は、駒を並べるところから、駆け引きになってしまいそうだ。そこは俺のような人間の性には合わない。


「堀部の当主は、なかなかの策士だからな。わしら単独で仕掛けて、何かあったら、戦そのものが台無しだ」

「仁左衛門は、そういうあたりを少し覚えれば、馬上の大将になれるのにのう」

「ああ、もったいない」

「俺の頭では、大将になれっこないなんて、昔からわかっているでしょうに」


 殿の返答に側に来ている侍大将や御曹司の冗談が飛んでくる。

 とはいえ、俺の足りない頭でも、堀部の今の布陣は薄すぎると思う。

 最初は騎馬がいるだけだったのが、向こうの御館自身の旗印とともに、徒の兵たちが現れて、今さっき布陣が終わったところだ。

 中山道のやや西側にある高台に、本陣が置かれたようだ。そこにはだいたい500に満たない兵がいる。街道は槍兵100、弓兵100で塞ぐようにしている。ついさっきは30の騎馬しかいなかったが、後続が来て展開したのだ。旗印からは、堀部の一門だ。それよりやや前進した位置に、柵の線があるのだが、街道上にはまだ杭が打たれていない。兵も民の往来を邪魔していない。余計な調べもせずに人を通している。

 これに対して、まだ我々は街道上を四列縦隊に進んできて、今は思い思いに休息を取っている。もう少し前進して、仕掛けることを前提にすべきではないのか?

 どの道、我が安田家の六百と、数は同等。第二陣の御一門の残党軍も、我が隊の後尾に追いついているし、さらに第三陣も迫ってきている。

 このまま、なし崩しに戦にしてしまえばよいのに……。

 それを口にすると、やれ猪武者だ何だと言われてしまうのは、今の通りだ。

 でも、自分には、一介の武辺でいられた方がよく、槍一筋だからこそ、殿のお側に置いてもらえる。戦場で戦うときの殿は、乗馬せず、三間槍で戦う。その脇を固めるのが、俺と俺が率いる組の合わせて十人だ。


「双方の御館同士の約定だ。わしもその場にいた。軽々に仕掛けるわけにはいかんのだ」


 武士が世の中の政を定めるようになって、いろいろと面倒くさい約束事を押し付けられるようになってきた。武士というのは強ければいいし、勝って諸々の物事を収めればよい……とういうものでもなくなってきている。

 しかし、それにしても、つまらない。

 柴田様の隊、そして、御館様の本陣も森脇村に達しており、はっきり言って、これで仕掛けていけないという理由がわからない。


「殿、勝つことのみが、武士の本懐ではなかったのか? と思うのですがね」


 そんな話をしている間に堀部の連中は街道にも杭をうち、ついに中山道を封鎖した。まだ通行はさせており、身体を横にすれば杭の間をすり抜けはできる。行商を通すために、侍が荷物を杭より高く持ち上げて運ぶのを手伝ってやっている様子もうかがえる。


「まあいい。それより、兵たちに、周りで手ごろな石礫を集めておけと伝達してくれ、次三郎」

「はっ」


 殿の命令を、御曹司の次三郎様が知らせに向かう。もちろん、石礫は敵陣に向けて投げつけるものだが、攻め手のときには各人が持ち運べるだけに個数が限られてしまうので、手を抜くやつも多い。俺は行軍の途上で十個ほども広い、腰に提げた袋に入れてある。どの道、投擲用の石礫は拾っておくようにお達しが出る。ならば、到着後に休める時間を少しでも確保したい……という風に俺は思う。

 ただまあ、そういう準備や休息とは別に、さっさと仕掛けるべきだと、俺の本能が訴えてくる。


「礫を集めている間にも、御館様が状況を見聞して、どうすべきかの断を下すだろう。それまではゆるりと休め」

「はあ……」


 俺のような男の猪突を戒めることで、全体の秩序を保つという効果を狙っているのだろうし、殿がそう言われる以上はそうするしかないのだが……憮然とした思いが消えることはなく、敵陣をただ睨みつけていた。


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