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101 卯三つ(午前6時)展開2 中山道・津山家第2陣・山田吉右衛門

「やってやるぞ」

「今度こそだ」


 一緒に死線をくぐった。

 今、中山道を意気軒昂に進む第2陣の大部分は、それだけでつながっているようなものだった。主力は我ら弾正家の60、前日までの因幡守様配下の300人、但馬守様配下の40で、要するに一門の残党である。これに郡奉行配下の50と、いくらかの小身の者50人を与力で加え、総勢500。ただ、騎馬と弓は、郡奉行配下とその与力にいる20ずつのみだ。


 この500、最初は意気軒昂とは程遠かったのである。


 敗残兵と大将を奪われた兵の寄せ集めだ。まったく意気が上がらなくて当然。

 特に、敗残兵たちは戦に敗れ、謀反しようとして城を一時占拠したものの、結局は不発。首謀者の外記殿と、それに乗った吉景様、そして2人が率いた兵の一切は、城に留め置かれ、御館様からの赦免の言質はあったものの、半ば罪人扱い。

 奉行が謹慎を言い渡され、その半罪人の大将に預けられた郡奉行配下の兵たちの沈滞ぶりも同様。そこに訳もわからずに放り込まれた与力の連中も戸惑うばかりだった。

 私は弾正家の家宰である以上、家督を継承したと認められた吉景様の副将の立場である。だから、他家の大将には何か手を打つように呼び掛けもしたが、士気の下降は止まらない様子だった。特に、因幡守様の配下は、割りと多くの兵が残ったにも関わらず、少しも戦える雰囲気ではなかった。


 だが、今は「大化け」というやつを見られるかもしれないと期待している。


 第1陣の安田家がときの声を上げ、町人までそれに乗って音声を上げた熱気は、なかなか覚めなかった。

 第2陣は城に留め置かれたがゆえに、その熱気が冷めないうちに、城下町の中に出て行軍を始めることができた。すると、町人たちが勝手に作った「エイ」「オウ」の閧の声に迎えられたのだ。

 陣の出立を報せる太鼓の音も気分を盛り上げた。

 謀反で一時盛り上がり、それも不発のまま、また意気消沈した敗残兵たちが、この熱気に当てられ、すぐに「オウ」の声を上げ始めた。

 先頭を行く吉景様は槍を天に突き上げ、「エイ」を連呼して、閧を作った。

 この隊は、全員が徒で進むと仰せになり、自分自身も馬に乗らず、配下の侍大将にも乗馬を禁じた。それがまた兵や町人たちの親近感も呼んだのだろう。

 そのせいか、町を出ても兵たちは、一体感と熱を持ったままだった。


「やられっぱなしでいられるか」

「そうだ」


 そんな熱のある声が上がり、そこに吉景様が油を注ぐ。


「お前ら、このまま罪人扱いでいいのか? 郡奉行配下も、奉行を罪人扱いした家老どもの目にものを見せたくないか?」

「そうだ」

「俺も謀反人の汚名を注ぐ! 力を貸してくれ! そして、家中に我らの強さを思い知らせよう! 堀部の連中にも恨みを倍にして返すぞ!」

「おうっ!」


 門を出てたったの半刻で、これである。第2陣の兵たちは今や口々に、自分達の名誉挽回のために戦うという声をあげている。

 城の門を出るまでの兵の足取りは、とぼとぼという情けないものだった。それが律動的になり、ざっざっと小気味良く揃った足音を立ている。


 士気と規律の回復と爆発。


 安田家の作った町人たちの熱気という、外からの力はあったとはいえ、並の武将にはこれはなかなかできない。小さな火種に、吉景様の行動や言葉という、たたらの風が吹きかけられ、一気に燃えあがったのだ。

 御父上は闘将の類いだが、難局にはもろかった。この手の士気の回復をさせられる行動や言葉に乏しかった。兵との距離感があったせいだ。


「殿、お見事です」


 私は思わず、吉景様にお声をかけていた。


「自分の悔しさと、兵たちの悔しさは一緒だと思った。だが、こうして思いを強くしていけば、俺たちだって勝てるぞ」


 最後の「倍返し」を訴えたときに、吉景様は頭上に槍を掲げた。少々芝居がかっているが、こういう盛り上げは、熱くなった兵には効いている。その槍を下ろしながら、吉景様はお答えになった。

 3人の侍大将が小走りに、吉景様……いや、殿に駆け寄ってくる。


「吉景様、ありがとうございます。因幡守様の配下は、全員が、あなたを殿と呼ばせてもらいますぞ」

「抜け駆けするな。それは但馬守様の配下も同様です。戦の後も我らを率いてくだされ」

「郡奉行配下も、この戦では力の限りお助けいたします。郡奉行様にも寛大なご処置を賜れるように、死兵となって戦います」


 何となくまとめられた隊のそれぞれの代将たちが、兵たち並みに熱を持って、殿に忠誠を誓いに来てくれたのだ。


「皆かたじけない。俺も死んだつもりで戦う。よろしく頼むぞ」


 殿は亡き御父上がこぼしていたように、同年代の御家老衆と正反対に頼りなく育ち、武勇も知略も今一つと思われている。将才に乏しいのは間違いがないのだろう。

 しかし、今や、殿はこの隊の兵たちの共感を得た。

 将たるの器が目覚めたのである。


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