可愛い子からのラブレター 3
私と笹川君が付き合っているという噂は一瞬で広まった。
笹川君とは同じクラスなので、私に逃げ場はない。
更に保田君も同じクラスの為、頻繁に亜矢ちゃんが私達のクラスへとやってくる様になり、どうやら私の逃げ場はミジンコ程も無くなったようだ。
保田君と笹川君が友達だという事もあり、自然と4人で過ごすことが増えた。
最悪な状況だ。
今日も4人でランチタイム。
亜矢ちゃんと保田君は、非常に仲良さげな雰囲気で、亜矢ちゃんお手製の弁当を2人で食べている。
笹川君がそれに反応したのか、私の耳元に近寄り囁いた。
「真紗、俺にも弁当作ってよ」
ひいっ。
耳元にかかる息を受け、思わず首を垂れる。
笹川君の事は、特に嫌いではないのだけれど、好きでもない男子に近づかれて喜ぶ女子はいない。
ぞわりとした感覚が耳に残る。
そして、弁当だと?
そんなものは作れません。お料理なんて、瑞希じゃあるまいし、普通の女子中学生には未修得のスキルなのでございます。
そもそも私、朝起きる時間ギリギリだから、弁当作る暇なんて何処にもありはしないのだけれど…。
「私、料理に自信がないから…もっと上手くなったらね」
「大丈夫だよ、お弁当なんて大事なのは愛情だよ、真紗ちゃん」
適当なことを言って誤魔化そうとしたのに、亜矢ちゃんが要らないアドバイスを差し込んできた。
愛情なんて料理スキル以上に無いわ。
可愛いお目目をパチリと開け、亜矢ちゃんは突然顔を輝かせた。
「そうだ!今度4人で一緒にデートしようよ、お弁当持って!」
なんですと?
「ダブルデート?いいね!」
「じゃあ、その時に弁当楽しみにしてるよ」
保田君と笹川君が盛り上がる。
「ちょっと待って、ダブルデート?」
デート。デート。デートってあれだよね、カップルがするやつっ!
混乱する私に、亜矢ちゃんが含むような笑いを見せた。
「あれ?真紗ちゃん、笹川君と2人きりの方が良かった―――?」
いやあああああ!
そうかデートか。
付き合うって事は、デートが漏れなくついてくる。そういえばそうだった。
2人きりなんて冗談じゃない。4人がいい、4人でお願いします…。
「ううん、ダブルデートって素敵だよね」
私の心の焦りを知らず、3人は盛り上がり、週末の予定はこうして埋まっていくのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
普段よりも一際大きな溜息をつき、自宅のドアノブに手を掛けた。
「溜息ついてどうしたの?」
瑞希の声を耳にし、何故だか急にホッとしてしまった。
普段は顔も見ずに適当な返事をする所なのに、思わず振り返り、情けない顔を見せつけてしまう。
「何その顔…涙目になってるけど…」
ただでさえ可愛くない顔が、余計に可愛くなくなっていた様で、瑞希が盛大に吹き出した。
なんて失礼なやつだ。
しかしダブルデートを控え、すっかり心が弱っていた私は、そんな姿の瑞希ですら縋りたくなってしまった。
溺れそうな私は藁ですら掴みたい気分だ。
『困ったことがあったら、いつでも言って』
あの時の言葉が響き渡る。
それはきっと、今。
「ねえ、後で部屋行っていい?」
「え?」
「てか、行くよ。窓開けといて」
「ん、でも…」
私から視線を逸らし、もごもごと口ごもりながら、瑞希が言いにくそうに先を続ける。
「ほら…真紗に彼氏が出来たから、もうおしまいなんだろ…」
うそつきめ。
困ったことがあれば頼れって言ったくせに。
「私、今すっごい困ってんの。部屋入っちゃうからね!」
戸惑う瑞希の腕を掴み、有無を言わさず、正面から瑞希の部屋へと私は侵入を図るのだった。
「それで、どうしたの?困ったことって。彼氏の事?」
「そう」
瑞希の部屋のベッドという名のソファーに腰掛け、私は何から話をするべきか考えた。スプリングが効いていて、座り心地が非常に良い。
「次の週末、亜矢ちゃん達と、ダブルデートする事になったんだ」
「良かったね、おめでとう」
瑞希が素っ気なく返事をする。
「全然おめでたくないよ!どうしよう……」
余りの反応の薄さに、思わず瑞希の肩を掴み、揺さぶってしまう。
「え、え、なんで?」
「笹川君と私、付き合ってる事になっちゃってるんだよ!?」
「ま、まあ、真紗が告白したからね、OK貰えて良かったね」
「良くないよ!どうしよう?デートだよ、変な雰囲気になったらどうしよう…」
「し、知らないよ…真紗が望んだ事だろ?」
激しく揺さぶり続けたせいか、瑞希の目が回っている。
少し冷静になり手を止めた。
「私……本当は………笹川君の事、好きで告白したんじゃ無いんだよ………」
「ええっ?」
私は、これまでの経緯をざっくりと説明した。
◇ ◆ ◇ ◇
「で、どうすれば四方八方丸く収めて上手く別れる事が出来ると思う?」
「うーん」
天井を見上げ、暫く何かを考えた後、瑞希は私の方を向いた。
「そこはもう、橋野さんにも笹川にも、本当の事を言って謝るしかないんじゃない?」
綺麗な顔で言われると説得力が増すようだ。真面目な瑞希の視線に思わずどきりとする。
「そう…だよね…」
気が重い。
嘘に嘘を重ねた自分が悪いのだと、分かってはいるのだけれど。
亜矢ちゃんに嫌われちゃうかな……。
目を伏せて沈んだ私をちらりと見、頬をポリポリ掻きながら瑞希が先を続けた。
「まあ、他に全く、案がない訳ではないけど…」
「えっ?」
私の目が輝く。
「なになになにっ?」
「ああでも、それはそれで、真紗も嫌かもしれないよ?」
余裕たっぷりの笑みを浮かべ、からかうように瑞希が私の顔を覗き込んだ。
「オレに振られた真紗が、オレを忘れる為に笹川に告白するけれど、やっぱり忘れられなくて別れを決意する、なんて筋書きはどう?」
「え―――――!」
よくもまあ、そんなこっ恥ずかしい提案がスラスラと口から出て来るものだ。
呆れるを通り越して感心する。
「やっぱり止めとく?」
「………」
瑞希の提案に怯んだものの、今朝のランチタイムで受けた鳥肌感を思い出し、首を振った。
あんな事を続けるのはもう御免だ。
学校でやれと言われたら全力で拒否だが、デートの場で、笹川君の前でだけなら後には残らなさそうだ。
心が傾きかけたものの、やっぱりこれは上手く行かない、と思い直す。私がやるときっと棒読み。そしてアタフタするだけで終わりそう…。
すぐ嘘ってバレちゃうよ!
「でも私、演技とか全然自信ないよ?台詞も用意してくれないと何も言えない…ああでも全部覚え切れる自信がない…」
私ってば本当に残念すぎる…。
「ん~」
くしゃりと前髪を掻き揚げ、瑞希がちらりと私を見た。
「じゃあ、オレも週末ついて行こうか?」
え?
来て貰えるなら是非来て欲しい。そして変な雰囲気になったら即、助けて欲しい!
なにやら瑞希が頼もしく見えてきた。
「オレがさ、よりを戻しに真紗の元にやってきた風を装って、話進めてあげようか?真紗は最後に一言、喋ってくれればそれでいいから」
一言だけなら頑張れそうな気がする。
瑞希はきっと演技も上手い。だって私と違ってなんだって上手だもん!
苦々しいものがまた込み上げてきたものの、なるべく気付かないフリをして、私は瑞希の提案に乗る事にした。
「お願いする、それでいこう!」
私は覚悟を決めることにした。
◇ ◇ ◆ ◇
ダブルデートの日がやってきた。
今日もあいにくの青天のようだ。
瑞希に伝授して貰った、簡単かつ見栄えのするお弁当をカバンに詰め、私は待ち合わせの場所へと向かう。
今日の服装も、グレーのパーカーとジーパン姿。
相変わらず、色気の欠片もないような格好だと苦笑する。
「おはよう!」
ワンピースにベージュのニットカーディガンを羽織り、編上げのブーツを履いている亜矢ちゃんは、やはり今日も可愛かった。
保田君がデレている。そりゃデレるでしょう、女の私が見ても眼福なんですもの。
「真紗ってスカート履かないの?」
そう言って、笹川君がさりげなく私の手を握ってきた。
爽やかな人だと思っていた筈なのに、笹川君に近づかれると何故だか違和感が酷い。むず痒い気持ちをなんとか抑え、張り付けた笑顔で返事をする。
「ジーパンの方が動きやすいかなって思って。ああいうの、私には似合わなさそうだし――」
「そうかな。似合うと思うけど」
友達の彼女の方が数段可愛いこの事実が嫌になったのだろうか?
告白されたから付き合ってみたものの、やっぱりイマイチだ、なんてきっと思っているんだろうなあ。
ちらりとそんな事を思い、笹川君に少し申し訳なく思うのだった。




