可愛い子からのラブレター 1
前後編で纏め切れなかった…。
4+オマケまで続きます。
私、堀浦真紗。中学2年生。
暑さもすっかり収まり、うっすら肌寒い風が吹くようになってきた10月のある日のこと。
学校に到着し、上靴に履き替えようと下駄箱へ向かうと、手紙が一通入っていた。
「なにそれ、ラブレター?」
偶然通りかかったようで、背後から瑞希がひょっこりと顔を出す。
普段めっきり見かける事もなくなっていたのに、こういう妙なタイミングではいつも、なぜか顔を合わせてしまう。
「違うと思うよ」
手紙をつまみ、無造作にカバンへと放り込む。
シースルーの封筒の表には、可愛い字で「堀浦真紗様へ」と書かれており、リボンで彩られた可愛いクマのイラストが透けて見えていた。
これは、どうみても女の子からの手紙だ。
でも、どうして私に、女の子からの手紙が?
瑞希に気がある子からだろうか。
綾川さん達のようなーー。
一年前の出来事を思い出し、思わず身震いをする。
この手紙は警告文かもしれない。
あの時と違い、今ではもう学校で瑞希と一緒に居ることは殆どない筈、なのだけれど…
今朝みたいに、たまに言葉を交わしてしまう事は、ある。
何やら不穏なものを感じつつ、私は一日をやり過ごすのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
「はあっ」
帰宅しようと家のドアノブに手をかけた瞬間、盛大な溜息が口から零れ落ちた。
手紙の中身はまだ知らない。
これから憂鬱な確認作業が待っているかと思うと、気が重くなってくる。
「どうしたの?溜息ついて。今朝の手紙、なんて書いてたの?」
下げられた頭の上から、瑞希の声が聞こえてきた。
またもや偶然鉢合わせてしまったようだ。
「これから見るところ」
「ふうん、ラブレターの返事に困っているのかと思ったよ」
瑞希がふわりとした笑顔を見せた。
呑気だなー。
これはね、そんなロマンあふれる代物では、ないよない。
瑞希にとっては手紙=愛の告白、なのだろうけれど、私にとっては手紙=悪意なんだよね、悲しい事に。
顔を逸らし、再び溜息をつき、観念して部屋へと向かった。
しかし意外にも、手紙の内容は悪意などではなかった。
差出人は、橋野亜矢子。瑞希と同じクラスの子だ。
同じクラスになった事はないので、ぼんやりとしか知らないけれど、大人しそうな雰囲気の可愛い子だ。
私と違い、彼女ならきっと、瑞希の隣に並んでいても皆が納得するのだろう。
そんな子が何故か私と仲良くしたいらしい。
『真紗ちゃん、優しい子だなって思って。
仲良くしたくなったの。
お手紙交換しませんか?』
などと書いてある。優しいとか言われても正直、心当たりは全くない。
「瑞希狙いなのかなー?」
訝しく思いつつも、感じの良さそうな子だったなと思い直し、首を振る。疑うのも悪いような気がして、取り敢えず了解の返事を書く事にした。
「まあいっか。深く考えるのはよそう…」
こうして、私と亜矢ちゃんは、お手紙をやり取りするようになった。
◇ ◆ ◇ ◇
亜矢ちゃんは本当にいい子で、お手紙の内容も、とても微笑ましいものだった。
やり取りしていると優しい気分になれる。
疑っちゃってごめんね…。
なんとなく後ろめたい気持ちを抱えながら、私は、亜矢ちゃんとのやり取りを楽しむのだった。
そんな平和な毎日を送っていたのだけれど。
ある日、いつものように亜矢ちゃんからの手紙を読んだ私は、凍り付いてしまった。
『真紗ちゃん、私ね、好きな人いるの』
そりゃまあ、そうだよね。いてもおかしくないよね。亜矢ちゃんならきっと相手の子も喜ぶよ。
なんて、微笑ましい気分で続きを読んでいたら。
『ねえ、内緒で好きな人教え合おうよ!
2人だけの秘密にしよ。
私はね、真紗ちゃんのクラスの、保田君が好きなんだ。
ねえ、真紗ちゃんの好きな人って誰?』
!!!!!
どうしよう!
好きな人…そんな人いない…!!
ねえ亜矢ちゃん。
どーして私の返事を聞かずに、先に秘密を言っちゃうんだよ。
こんな事されたら私も…誰か言わない訳にいかないじゃん…。
私は教えたのに、真紗ちゃんは教えてくれないんだね、ってなっちゃうじゃん!!
この雰囲気で、ごめん好きな人いないとか、言えない。
頭を抱え…私の出した答えは…
取り敢えず、適当なクラスの男子の名前を書くことだった…。
◇ ◇ ◆ ◇
亜矢ちゃんが好きだという保田君は、サッカー部のエースだ。
私が適当に書いて寄越した男の子は笹川君といい、同じサッカー部で保田君の友達だった。
保田君からぱっと連想したのが笹川君だっただけで、特に他意はない。
保田君のように目立ちはしないが、爽やかで気持ちのいい人だ。当たり障りのない人選だ。
2人だけの秘密なんて言ってたし、きっと、他の人にばれる事もないだろう。
若干ドキドキしながらも、この時の私は楽観的でいた。
しかし私は、この時、明らかな人選ミスを犯してしまっていた。
『真紗ちゃん、今度一緒に、練習試合見に行こうよ!』
亜矢ちゃんからの手紙を読み、思わずのけぞった。
どうやら今週末にサッカー部の試合があるらしい。
一緒に見に行こう…行こうってそれは…。
『真紗ちゃんの好きな笹川君も、スタメンなんだって』
亜矢ちゃんは、私が適当に書いた男の子の名前をしっかり覚えていたようだ。
『私の好きな保田君も出るの。私、見に行きたいんだけど、1人だと勇気が出なくて…』
私イヤだ、1人で行ってきなよ。
なんて言いにくい流れだよねこれ。
用事でも作ろうか。
でも……。
一緒に行こう、というと、喜んでくれるだろうなあ…。
気は進まないのだけれど、嘘をついた後ろめたさと亜矢ちゃんの笑顔が見たい私には、肯定の返事しか出来ないのだった。
◇ ◇ ◇ ◆
週末はあいにくの晴天に恵まれた。
亜矢ちゃんはワンピースにカーディガンと、ただでさえ可愛い姿を更に可愛くして現れた。
一方の私は、グレーのパーカーにジーパン姿。
どこからどう見ても引き立て役だ。
まあいっか、亜矢ちゃんの好きな人の応援だしね。
私の好きな人はダミーだし。
ダミー相手に可愛くなる必要もないでしょ。
私の隣に並んで、亜矢ちゃんがより可愛く見えて、保田君の目に留まれば、その方がきっといいよね。
なんて自分に言い聞かせ、取り敢えず心を慰めることにした。
「あれ、真紗、どうしたの?」
グラウンドに到着して5分と経たないうちに、家に帰りたくなった。
なぜ瑞希がここにっ。
「オレ、今日はサッカー部に助っ人頼まれてるんだ」
軽やかに笑いながら瑞希が近寄ってくる。
来るな、その笑顔で来るんじゃない。
少ないながらも、私たちの他にギャラリーはいる。
明らかに瑞希目当てっぽい女子もいる。今の笑顔で黄色い声が上がったんだから間違いない。
「倉瀬君、こんにちは。真紗ちゃんは応援に来たの、ね」
亜矢ちゃんが含むような笑いをして瑞希に返事をした。
「え、オレの応援に来てくれたの?」
なぜか少し照れた様子で瑞希が私の方を見た。
んなわけない。知ってたら、亜矢ちゃんには悪いけれど用事を作っていた所だ。
思い切り顔を背け、亜矢ちゃんの横顔をガン見する。
こうしてるとホラ…瑞希は亜矢ちゃんに話し掛けてるように見えるよね!
私は部外者を装った。
「誰の応援かは内緒よねー、ね、真紗ちゃん」
笹川君の応援でもないんだけどねっ!
でも瑞希の応援だと思われるよりは格段に平和だ。
「おーい、瑞希こっち!」
不意に保田君が呼び止め、瑞希が振り返る。
亜矢ちゃんの目が保田君の方を向いた。
恋する乙女の瞳。
ただでさえ可愛い亜矢ちゃんが、一層可愛くなったように見えた。