ハッピーウインターエンゲージ
2人が仲良く喋っているだけの話。
本当にそれだけです…。
「真紗」
「なに?」
「婚約しようよ」
「え?」
改まった顔をした瑞希の口から、突然、冗談が飛び出してきた。
私達まだ大学2回生だよ?
婚約って…結婚を前提にした社会人カップルがするやつだよね?
学生がするようなもんじゃないよね?
「男除けに、真紗に印つけときたいなって。オレのだよって」
冗談にしては真剣な顔をしている。
まさか本気で言ってる?
男除けって、そんな奇特な人、私の目の前の人位しかいないけど…。
「そんな事しなくても、誰も私に寄って来ないし大丈夫だよ?」
「真琴に聞いたよ。ゼミで一緒の中津って奴に狙われてるって」
「狙われてないよ? 一緒にお酒飲みに行こうって言われただけだよ。あの人、素敵なお店見つけるの得意なんだよ」
「誘われてるじゃん!」
「私、あんまり強くないから一緒に行っても楽しくないよ、もっと飲める人と行きなよって言って断ったんだけど」
「………やっぱり印しとかないと……」
「飲み友いないのかも。何回もお店紹介されるんだけど。でもそれだけだよ?」
「わかった、真紗。今度一緒に指輪見に行こう」
「全然分かってない!!」
「それこっちのセリフ!」
瑞希は、頻繁に妙な誤解をする。
狙われるとか、それ自分の方だろうに、なぜか私の心配をする。
人の心配より、まず、自分の事心配しなさーい!
私は知っている。瑞希が日々、様々な女の人に狙われている事を、真琴情報で知っている。
って、瑞希に寄ってくる女の人を気に掛けるべきは、私の方なのか…。
「分かった。瑞希は私のですよーって印が必要、て話なわけね」
「え?」
「何照れてんの? 女除けしとくか! って事なんでしょ?」
「なんでオレ?」
「それとも、他の女の人に寄ってきて欲しいの?」
「いやそんな事はないけど…」
「じゃ、今度指輪買いに行こう! 瑞希の指に似合いそうなやつ!」
「はあっ?」
「てことは私が買うのか…。お金ないから給料3か月分とか無理だよ?」
「ちょっと待って」
「お高いのが良かった? 取り敢えず簡単なやつで許して!」
「いや真紗に付けたいんだけど!!」
だから私につけてどーすんのよ。
費用対効果考えようよ。
しかし瑞希は本気のようだ。むう、しょうがないなあ…
「んじゃさ、お揃いの婚約指輪つけよっか」
「最早それ結婚指輪じゃん!」
「結婚していないけれど結婚指輪。あり? なし?」
「もういっそ、結婚してしまおうか……って、ああ駄目だなそれはまだ早い、…お金がない…」
瑞希が、やっと現実的な事を言い出してくれた。
やっぱりこういう事は社会人になってからだよね。
「そうだよね。私達、学生だし生活力ないもんね。最低限、卒業して就職してからじゃないと…」
「せめて結婚式挙げるお金貯めてからにしないと…」
「えっ?」
「んっ?」
全く噛み合っていなかったようだ。
「瑞希って、結婚式挙げたいの?」
「挙げたいよ、真紗もやりたいよね?」
「したくない」
瑞希は相変わらず夢見る夢子ちゃんのようだ。
結婚式?
何バカなこと言ってんの。
「一生に一度の事だよ? しないと後悔するかも知れないよ?」
「しないよ! 後悔したくないじゃない!」
「自分が主役になれる日だよ? ドレス着たくないの? 女の人って憧れるもんじゃないの?」
「ドレス着た花嫁が脇役になっちゃうんだよ? そんな日に憧れるわけないじゃん、絶対いやだ」
「思い出に残るよ!」
「残したくない思い出ってあるよね!」
瑞希の隣でウエディングドレスとか…確実に霞むじゃん。公開処刑じゃん。花嫁はイマイチねって、後で絶対言われるやつじゃん!
「…真紗の花嫁姿見たかったんだけどな…」
「私も、瑞希の花婿姿だけなら見てみたい…」
思わず目が合ってしまった。
瑞希の顔が輝く。
「じゃあ、フォトウエディングは?」
写真だけ残すってやつかあ…。
「それなら、まあ、いいかも…」
「そうしよう! 一緒の写真撮ろうよ!」
「うん…」
人知れずひっそり撮って、2人だけの思い出にするのなら、悪くないかも…。
「2人で正装して、並んで撮ったやつ、額に入れて飾ろう!」
「は?」
「キーホルダーに加工して貰うのもいいな。いつでも持って居られるし、皆にも見せられ――」
「ちょ、ちょ、ちょい待った!」
「何? 予算気になる? 大丈夫だよ、その位ならオレ頑張ってバイトするから…」
「なしなしなしなーし!!」
だから人目に晒したくないんだっつーの!!
分かってない、顔のいいやつは全く分かってない!
引き立て役の虚しさを………!!
「一緒に写るのなしっ! 各々、別々で撮りましょう…」
「えっ?」
「瑞希の写真は、好きなだけ飾って加工してください。ああ、私も一枚貰っておこう」
「ええ?」
「私の方は…ダンボール箱の中に封印をば…」
「折角撮るのに、仕舞っちゃうの?」
「40年後くらいに、タイムカプセル感覚で取り出して眺めるか…」
「オレも一枚欲しいんだけど」
「40年後に期待してて」
「そんなに待てない、すぐ欲しい」
「還暦迎えた頃に見れば…流石に若さパワーで、可愛く見える筈…」
「何ぶつぶつ言ってんの」
しまった! 心の声が漏れてる!
「真紗ってさ…ウエディングドレスに憧れとかないの?」
「え…まあ、人並みにはあるけど…」
「んじゃあさ、なんでそんなに嫌がるんだよ」
「え?」
「オレの隣、嫌なの?」
「そうなんです」
は、しまった! 心の声、だだ漏れだ!!
「なんだよ、もしかして、オレの事…好きじゃ、ないの?」
「え? そりゃあ…」
ふてくされた様子で、瑞希が私の目をじっと覗き込む。
なんだか、顔が近くて、くらりときてしまいそうになる。
「そりゃ、まあ、大好きだけど…」
ちらりと上目遣いで瑞希の目を見ると…
目を見ようとしたけど…。
暗転。
取りあえずさ、ペアリングでも作って、薬指に付けとこうよ。
そうするか…取り敢えずはそれで我慢するかあ…
暫く視界は真っ暗闇のままで、未来のお話は続くのでした。
次回はちょっと長めの話。