夕日の赤
本編その後・高校卒業後
今、思い返してみれば。
瑞希の顔は、夕日のように赤かった。
高校を無事卒業し、大学の合格祝いも兼ねて行った、春休みのデート。
日帰りだけど、片道2時間の距離。少し遠いデートスポットに行った帰り道。
なんだか、瑞希の様子がずっとおかしくて。
話しかけても半分上の空。
繋いだ手は、変に力が込められていて。
疲れたんだな、と私はずっと、思っていたのだけれど。
これから家の中に入ろうとした時。
玄関先で、名残惜しそうに軽いキスをした後、何故か、お風呂上がりに部屋へおいでよ、なんて誘われた。
普段は、夜に部屋へ来るな、と言って嫌がるのに。
疲れているみたいだし、早く寝たいんじゃないの?
なんて思いつつ、デートの余韻にもう少し浸りたくもあったので、了承する。
家に入り家族にただいまと言い、お風呂に浸かって。いつかのパジャマパーティーをした日のように、パジャマ姿で窓の向こうへお邪魔する。
明日は日曜だし、遅くなっても寝坊が出来るな、なんて考えながら。
部屋の中に入ると、どことなく緊張気味の瑞希がいた。
「4月から、大学生だね」
なんて言っちゃって。
そのあと。
普段から優しいんだけど、それに輪をかけて優しい眼差しを私に向けて。
私の肩を、これまた優しくそっと抱き寄せる。
「今日は楽しかったね」
小さく囁く瑞希の声が、気のせいか震えているような気がして。
あれ? と疑問に思いつつも、取り敢えず、そうだね、なんて答えてみた。
肩に触れた手に、力が少し入って、暫くぎゅっとしていて、そうした後。
「いいかな、真紗」
なんて言うので。
よく分からないけれど、取り敢えず、いいんじゃない? なんて答えてみた。
口にした途端、瑞希の唇が私に触れる。
そのまま、私の体をふわりと持ち上げ、なぜかベッドの上に優しく下ろす。
普段は、私が転がって寛ごうとすると、ソファーじゃないんだけど、なんて言って嫌がるのに。
いつものように頬や唇に触れた後、普段は触れてこない首筋や鎖骨の辺りまで唇を沿わせてくるので、あれ? と不審に思いつつも、取り敢えず、じっとしてされるがままでいる。
とてもくすぐったいのだけど、笑い出すのを必死で堪えた。なんだか、普段と違う瑞希の雰囲気に、笑ってはいけないような気がして。
こうして私に触れながら、我慢できない、みたいな事を言われたから。
トイレ行ってきなよ? と声を掛けたら、嫌な顔をされた。
私だって我慢をしている。トイレではないけど。
笑いを堪えるのに必死なんて、いつかの日を思い出す。
そうこうしているうちに、瑞希の手が、パジャマの中へ侵入してきた。
あれ?
漸く私は、雲行きが非常に怪しい事に気付く。
「ちょっと待って瑞希、なにする気?」
「何って、キスの先だけど」
紅潮した頬と潤んだ瞳で、瑞希が私を妖しく見つめる。
どうしよう、本気のようだ。
瑞希の意図に気付いた私は、今までずっと蓋をしていたものの存在を思い出す。
そういえば、受験が終わったらゆっくり考えよう、なんて思っていた筈なのに。
今の今まですっかり忘れてた!
「ま、ま、待って!」
「待ったら続きが出来るの?」
「それは…」
「じゃあ待たない」
いたずらっ子のようにニヤリと笑い、一旦止めた手を、瑞希が再び動かし出す。
え? 今から?
まるで心の準備してないけど!?
しかし。
さっき、いいって言っちゃったな私。
それにしても。瑞希も、もっとはっきり言ってくれたら良かったのに。
出来れば、1ヶ月前位に予告してくれたら、心の準備もしっかり出来たのに。
嘘。
1ヶ月前に言われていたら、たぶん、前日に考えたらいいか、なんて思いまた忘れちゃう。
「もう、散々待ったよ。ごめん、もう我慢出来ないな」
「え、そうなの?」
そんなの、言ってくれたら良かったのに。
まあ言われても困るんだけど。
「本当は、ずっと、真紗の全てに触れたかった…」
「瑞希……」
ずるい。切なそうにそんな事言われたら、嫌なんて言えない。
もう、覚悟を決めるしかない。
不安を薄めようとして、瑞希の綺麗な顔をじっと見つめていると。
ふと瑞希と目が合った。
「怖いの? 真紗」
瑞希の動きがピタリと止まる。
ああ、やっぱり、瑞希は優しい。
「怖いなら待つよ」
そう言って、優しげに、少し切なげに瑞希が微笑む。
私が見たい、私の大好きな笑顔とは少し違うんだ、それ。
そうして、私もちっとも笑ってあげられていない事に気付く。
「ううん、もう待たなくていいよ、瑞希」
きっと大丈夫。
瑞希とならなんでも大丈夫。
柔らかくにっこりと笑い直し、瑞希の頬にそっと、私の手のひらを乗せた。
瑞希は、私が好きになったあの、綿毛のようにふわりとした笑顔を私に見せてくれた。
「真紗」
「なに」
「石になってる」
「そう」
「相当緊張してるだろ。身体カチコチだよ」
瑞希が吹き出した。
私は喉まで石になってしまったのか、カタコトしか言葉が出て来ない。
「へいき」
「無理してる事くらい分かるって」
「………」
むう。
どうやら瑞希には、全てお見通しのようだ。
お日様のような眩しい笑顔を向け、瑞希が私の頭を撫でた。
「ごめんごめん、高校卒業したからって、オレ、ちょっと慌てすぎた! ゆっくりいこうか」
そう言って、私の頭を優しくポンポンと叩いた後、瑞希が私の身体をぎゅっと抱きしめる。
「あったかいね」
「うん」
「暫く、こうしてようか」
「うん、ありがとう…」
昼間の疲れが出たのか、瑞希の腕の中で安心し力の抜けた私は、程なく眠りにつくのだった。




