絵馬に願いを
年が明けた。
元旦の朝。朝とは言ってもほぼ昼まで眠った後、お雑煮とおせち料理をつまみに、ようやく私はリビングに降り立つ。
たっぷりと眠ったせいか、頭がぼんやりする。
ぼーっとした私を見て、早速、お母さんが小言を口にし出した。
「真紗ってば、年越しまで起きていたとはいえ、一体いつまで寝ているの? もうすぐ12時よ」
「お母さん、新年早々怒らないでよ…」
「新年早々、昼まで寝ているからでしょ! お隣の瑞希くんなんて、7時には挨拶してきたわよ」
「うええ。そんな朝早くに人んちピンポンするなんて、瑞希も非常識だな」
「何言ってるの。新聞を取りに外に出たら偶然出会ったのよ。全く、真紗とは大違いだわ…」
「お母さんって瑞希ばかり褒めるね」
「瑞希くんの方が出来が良いですからね」
「ひどっ!」
お母さんは、相変わらず私より瑞希の方ばかり褒めそやす。
私はいつも残念娘扱いだ。
ふん!
お母さんの遺伝子と教育の賜物ですよーだ!
口にするとお雑煮にありつけなさそうなので、そっと心の中で毒づいておく。
「真紗、もうすぐ受験だけど、ちゃんと勉強してるの?」
「し…してるよー…」
「数学は大丈夫なの? 夏は酷い点数を取って補習を受けていたけれど」
「冬は赤点取らなかったよ! これでも頑張っているんだよ」
「よろしくお願いします、って挨拶しておいて正解だったようね」
「何の話?」
「こっちの話。しっかり勉強するのよ、真紗!」
「はーい」
お雑煮を食べ終えた私は、小言から逃れる為、一目散に部屋へと向かった。
お母さんは本当にいつも口うるさい。
2階に上がると真琴の姿は見当たらない。どうやら私がお雑煮を食べている間に出かけてしまったようだ。
一緒に初詣、行こうと思ったのになぁ。
仕方ない、1人で行くか!
新年早々、トレーナーにジーンズと言う可愛さの欠片もない恰好をし、私は一人、近所の神社へ出かけるのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
すごい人混み!
有名な神社、というわけではないけれど、それでも年始。
想像以上に沢山の人が訪れていて、一瞬怯みそうになる。
歩いて来て良かった…。
駐車場も、駐輪所も停める所がなく、グルグルと同じ所を回り続けている人達を横目に、境内の奥へと向かう。
徒歩だと少し遠いのだけれど、寝ぼけた頭をスッキリさせるには丁度良い距離のように思えた。
人の波をかき分け、鈴を鳴らしに行く。
お賽銭を入れ、手を合わせ、受験生らしい願い事を浮かべてみた。
明日も、美味しいお雑煮が食べられますように!
なんて例年だと思う所なのだけど、今年は流石に、真面目なものにしておこう。
手を合わせ、目を閉じる。
受験、合格しますように!
不意に、瑞希のふわりとした笑顔を思い出し、慌てて目を開けた。
………まあ、瑞希も合格出来たらいいね。
私の勉強を付き添ったばかりに落ちたなんて、寝覚めが悪いもんね。
言い訳のように心の中でブツブツと呟きながら、お守りを買いに行く。
合格祈願のお守り、一応、願掛けくらいしておこうかな。
ついでに奮発して、絵馬もぶらさげよう。
キュキュッとマジックを滑らせる。
『清花女子、合格しますように。 真紗』
うーん、我ながら汚ったない字だ!
こんな字で、ちゃんと御利益あるのかな。
上に詰め過ぎて書いてしまい、下半分に余白が多くバランスの悪い出来映えとなった。
少し考え、空いた下に再びマジックを滑らせる。
「ええいオマケだ! 汚い字だから、効果は薄いかもしれないけれど……」
冷たい風に頬を当てながら、澄み渡る青空を見上げ、ぶらぶら、1人ゆるりと家まで戻るのだった。
◇ ◆ ◇ ◇
一月一日、元旦の朝。
真紗と初詣に行きたかったけれど、断られた。
今年も、一緒に行く事は叶わない夢のままのようだ。
目が覚め、ベッドの中でぼんやりと天井を見つめる。
今日は休日だ。再び眠りに就こうかと思ったのだが、寝付けず、ぼんやりとした頭のまま着替え、一階に降り顔を洗う。
少し頭をすっきりさせようと表に出ると、真紗の家からおばさんが姿を現した。
新聞を取りに出て来たようだ。
目が合い、軽く会釈をする。
「明けましておめでとう御座います、今年もよろしくお願いします」
「明けましておめでとう、瑞希くん。お休みの日でもきちんと早起きして偉いわねえ。真紗なんかまだ寝ているわ、きっと昼まで起きてこないわよ」
「いえ、目が覚めてしまって」
ブツブツと真紗の愚痴を言うおばさんに苦笑しつつ、にこやかな笑顔を向けた。
「瑞希くん、真紗にお勉強教えてくれているんだって? あの子、数学がどうにもダメみたいで。迷惑かけちゃってごめんね」
深々と頭を下げたおばさんに焦り、慌ててオレも頭を下げる。
おばさん、オレが真紗に勉強教えている事、知ってたのか。
変な心配されて無ければいいけど。
オレの部屋で、2人きりで勉強、してるしな。
変な事……ちょっぴりなら、しちゃったしな。
「いえ、迷惑なんてとんでもないです。1人より2人の方が勉強も捗りますし、少しでも真紗の力になれるのなら、オレも嬉しいですから」
「そんな優しい事言ってくれちゃって…。瑞希くんも受験生なのに、こんな事言って申し訳ないんだけど……これからも勉強教えてやってね、真紗の事よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ」
下心を抱えながら教えているせいか、なんだか、おばさんの賛辞が心に刺さる。
「それじゃあね」
いつもの満足げな笑みをオレに向け、おばさんは家の中へと入って行った。
◇ ◇ ◆ ◇
受験生らしく、願掛けをしに初詣に行こうとして、足を止めた。
真紗はきっと、昼まで眠っているだろう。
なら、午後から出かける事にするか。
一緒に行こうとして断られたものの、現地で出会う分には、偶然なら真紗も文句は言えまい。
昼食を摂り、片付けをした後コートを羽織り外に出た。
1月の空気は冷たい。
雪もなく、天気が良いので散歩がてら徒歩で向かう。
笑顔の真紗を思い浮かべにやけている内に、いつしか目的地へ辿り着いていた。
想像以上に人が多い。
辺りを見渡し、真紗がいないか確認する。
見つける事が出来ず、諦めかけていた時に、絵馬の場所から出口へと向かう真紗の姿を発見した。
「真紗…っ」
声を出してみたものの、人混みに紛れ届かない。
人波をかき分け近づこうとしたものの、流れに逆行するのは大変で、どうやら諦めるしかなさそうだ。
「今年もよろしく、真紗」
遠くなった真紗の横顔を眺めながら、ポツリと呟く。
少しくらい一緒に居られるかと期待したのだが、遠目に見るだけで終わってしまった。
ふう、と吐く息は白い。
「仕方ない…お参りして帰るか」
人の流れに沿い、鈴を鳴らしに行く。
賽銭箱に小銭をいれ、手を合わせ目をつむる。
受験、合格しますように。
真紗や航太も無事、受かりますように。
…真紗が少しは、オレの事想ってくれますように。
なんて、神様だって祈られても困るかな。
ここのご利益に縁結びは無かったよね。
苦笑して、お守りを買いに行く。ついでに絵馬でもぶら下げようか。
そういえば、真紗がここにいたな。
真紗も絵馬をぶら下げたのだろうか。
受験生らしく、合格祈願の絵馬なのだろうな。
目の前に沢山ぶら下げられた絵馬を、一つ一つ目で追っていく。真紗の書いた絵馬を見つけ、オレの足が止まる。
「なんだよ、真紗の絵馬……オレの事まで書いてあるじゃないか」
『清花女子、合格しますように。 真紗』
その下に、オマケのように小さく書かれた文字。
『瑞希も貴翔、合格しますように!』
帰り道、熱くなる頬に当たる空気は、冷たくて心地よくて。
想像以上に素敵な一年の始まりに、寒空の下、オレの心は温まるのだった。




