交差する想い
吹く風がめっきり冷たくなった、11月の下旬。
受験が目前に迫ってきた。
来週からいよいよ期末テストだ。それが終われば結果を元に志望校の確定をする事になるだろう。
手の抜けない試験が始まる。
今日も試験勉強をする為、真紗がオレの部屋へとやってきた。
少しでも真紗の為になるよう、ひたすら数学を教える。
「ごめんね、瑞希。瑞希も自分の勉強しないといけないのに、付き合わせちゃって」
「いいよ、人に教えるのも勉強になるから」
最近の真紗は、少し様子がおかしい。
オレに勉強を教わる事を申し訳なく思っているようだ。
真紗とこうして勉強するのは、昼の間だけだし、人にものを教えるという行為は自分にとっても勉強になるので、オレは全く構わないんだけど。
――いや、嘘だ。
構わない、なんて嘘だ。本当は来て欲しくて堪らない。
学校では寄り付きもしない真紗が、唯一オレを見てオレに話しかけてくれるのが、この勉強会なんだ。
期末テストが終われば、次に真紗がやって来るのは学年末テストの時期になるのだろうか。
冬休みの宿題も、頼りに来てくれたらいいのに、なんて淡い望みを抱いてしまう。
「瑞希、貴翔受けるんだってね」
「知ってたの?」
「うん。航太くんに聞いたよ。すごいね、あそこ難しい所でしょ」
「気を抜いたら落ちちゃうかもね」
「あんな所受けるなら、本当は私に付き合ってる暇ないんじゃないの?」
「気にしなくていいよ。先生には、このままいけば合格出来ると言って貰えたしね」
不安げな真紗の瞳を明るくしようと、にこりと微笑んでみせた。
明るくなるどころか、更に不安の色を強めた真紗を見て、苦笑する。
誤魔化せないな、本当に。
「真紗はどこ受けるの?」
「清花」
「女子高か。真紗も受かるといいね」
「うん、頑張る」
「合格祈願に、年明け一緒に初詣でも行く?」
「行かないよー」
さり気なく初詣の誘いをしてみたのだが、あっさりと断られてしまった。
『堀浦は、お前の事好きだよ』
やっぱりあれは、ただの慰めの言葉だな。
航太のやつ、柄にもなく優しい態度取るなよ。期待してしまっただろ。
そういえば、花火大会の誘いも断られたな――。
お礼がしたいと言われて、真紗はどうやら食べ物の事ばかり考えていたようだけど、オレは真紗の事ばかり思い浮かべてしまった。
これでも比較的、受け入れて貰えそうな選択をしてみたんだけど…。
花火大会の誘いで警戒されたのか、なんだか近頃、勉強会の時の真紗が以前と比べ、素っ気なくなったような気がする。
学校にいる時よりはずっとマシなんだけど。
態度がよそよそしくなったというか。
オレと距離を取ろうとしているというか。
なんだか、笑顔がぎこちない。
真紗の態度が変わって2年と2ヶ月。
この勉強会が始まってから、段々と真紗もオレと笑ってくれるようになり、学校では相変わらずだけど、この部屋の中でだけは距離が縮まったように感じていたのだけれど。
また、元に戻ろうとしている。
好きだよ、って、言っちゃったからかな。
忘れて! と言った真紗だったけれど、花火大会の誘いで、オレの未練に気づいてしまったのかも知れない。
忘れられるもんか。
頬の感触は、未だに鮮明に思い出せる。
オレを受け入れる気が無いのに、真紗は、どうしてオレにあんな事したんだよ…。
頬にキスなんて好きでもない相手にしないだろ、なんて、航太ではないけれど期待してしまいそうになる。
「どうしたの? ぼんやりして」
「ん、ごめん。ちょっと考え事してた」
あの時の真意を問い質したくて堪らないのだが、無かった事にして欲しいと言う真紗の言葉に縛られ、オレの言葉は喉の奥から出てこれないまま、体の奥へと飲み込まれていくのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
すっかり寒くなって来た、11月の下旬。
瑞希の部屋に行こうと窓を開けた瞬間、体が冷える。
もうすぐ、期末テストが始まる。
航太くんから聞いた瑞希の志望校のランクはとても高く、私にかまけている暇があるのか、とかなり本気で心配してしまう。
それでも自分の受験も気になる私は、自分勝手ながら、今日も窓の向こうへお邪魔する。
瑞希が合格出来なかったら、私のせいかも知れない。
「いいよ、人に教えるのも勉強になるから」
そんな風に言って、にこりと微笑む瑞希の顔は、いかにもとってつけたような笑顔で、益々不安になってしまう。
本当は、邪魔に思っているんじゃないかな。
瑞希は優しいから、私を迷惑に思っていても、きっと言葉には出さないだろう。
「真紗はどこ受けるの?」
「清花」
詰まり気味に返事をした。
瑞希に追いかけられない様にと選んだ、女子高。
私を追いかけてくる訳なんて無かった。
瑞希は成績がいいものね。私が受けるような高校よりもずっと、レベルの高い高校受けるに決まっているのにね。
貴翔か。
どこをどう逆立ちしても、私は追いつけない。
瑞希の方から、私をするりとすり抜けていくのは初めてで、ああ、向こうから離れていく感覚ってこういうものなのか、と思い知らされた。
心がぽっかり空いてくる。
普段、瑞希から逃げ回っている私のこの行動が、本当に酷い事をしているのだと、改めて実感した。
ごめんね。
それでも私は、学校ではどうしても、瑞希のそばには居られない。
「女子高か。真紗も受かるといいね」
「うん、頑張る」
私の志望校は偏差値50とちょっと。
瑞希の力を借りて、数学を小マシな状態に持っていけば、ほぼ合格は出来るだろう。
酷い事をしているのに、力を借りようとしている私は、本当に身勝手だ。
自覚はしている。
「合格祈願に、年明け一緒に初詣でも行く?」
「行かないよー」
こんな私に、瑞希は初詣の誘いをかける。
花火大会の誘いもかける。
幼なじみの余韻が瑞希を動かしているのだろうか。
昔は、一緒に良く出かけたな。
花火大会も初詣も。お花見も行ったし、紅葉も見に行った。
公園まで散歩に出かけたり、一緒に自転車を走らせて遠くの街まで行ってみたり。
なんだか、酷く遠い昔のように感じる。
『なあ、堀浦。お前、瑞希の事好きなの?』
航太くんがあんな事をいうせいか、瑞希に以前のような態度が取りづらい。
今はまだ違う。今はまだ大丈夫。
でもいつか、あの言葉の通りになってしまいそうで、怖くて。
プールで私も思い知らされたのだ。
無防備なまま瑞希に近づいていたら、そのうち本当に好きになってしまう。
それは嫌だ。瑞希を好きになるのは嫌だ。
私は、私に似合う普通の男の子を好きになりたい。
ちゃんと距離を取らないと。
瑞希は、相変わらず幼なじみの距離感で私に接して来ようとするから、近すぎて駄目なんだ。
どうして私は、瑞希の頬にキスをする振りなんてしてしまったのだろうか。
あの時は、瑞希に勝ちたい一心で無我夢中だったけれど、改めて冷静に思い返せば本当に私はどうかしていた。
瑞希の事を近いと怒っていた私の方から、近づいてどうするんだよ。
本当に、あの日の事は全て抹消してしまいたい。
ぼんやり考え事をして、瑞希の話を全く聞いていない自分に気が付き目を上げる。
折角、瑞希の貴重な時間を奪って教わっているのに…!
焦る私の目に、私同様ぼんやりとした瑞希の姿が目に写り、少し安心した。
「どうしたの? ぼんやりして」
「ん、ごめん。ちょっと考え事してた」
自分の事を棚上げして言ってみたのだが、本当に瑞希はぼんやりしていたようで、真紗こそ! なんて言葉は返ってこなかった。
考え事って何?
聞いて見たかったけれど、あの日の記憶だと藪蛇だと感じ、慌てて言葉を飲み込むのだった。




