狙う先は
2学期が始まった。
そろそろ受験が現実味を帯びてくる。オレも、志望校を真剣に考えなくてはいけない時期が来たと感じていた。
航太のアドバイス通り、真紗とは違う高校を目指すのか。
それとも……やはり、未練がましくも同じ高校を追いかけるべきなのか。
同じ高校の方が、接点も増えるし、楽しい高校生活が送れるかもしれない…なんて甘い期待に誘惑され、どうしても心が動いてしまう。
揺れ動く心を抱え、上の空で机に向かっていたオレに、珍しくも叔父と叔母が、話があると切り出してきた。
一階へ降り、リビングのテーブルに、2人と向かい合って座る。
二人分の視線が刺さり、なんだか居心地が悪い。
「寮、ですか?」
「そうよ」
叔母が、机の上に目を遣りながら感情のこもらない声をあげた。
オレの目の前に、高校のパンフが一冊置かれている。
手に取り中身を見てみると、どうやら県外の高校のようだった。
「この学校は全国的にも有名な進学校でな。瑞希の学力なら十分狙えると思うぞ」
叔父が躊躇いがちに言葉を繋げた。
確かに、聞いた事のある名の学校なので、叔父の言う通り名門校ではあるのだろう。
「勉学に重きを置いた学校なので、全寮制になるが――瑞希なら大丈夫だろう」
全寮制。
それは即ち、この家から出て行け、という事か。
無表情でパンフを眺める。
叔母の口角が軽く上向くのが見えた。厄介払いが出来そうだと喜んでいるようだ。
はっきり言って、オレもこの家に未練はない。
だが、『真紗の隣の部屋』に未練はある。
この家の、唯一にして最大の良い所だ。あの部屋には居続けたい…。
こんな寮生活なんてしてたまるものか。
県外なんて―――真紗と本当に、離れ離れになってしまうじゃないか。
「私達、あなたの将来を思って勧めているのよ。よく考えておいてね」
「―――考えておきます」
平坦に呟き、オレは自分の部屋へと戻った。
◆ ◇ ◇ ◇
「なんて事があったんだけど、どうしたらいいと思う?」
昼休み、廊下に出て窓の外を眺めていると、いつの間にかオレの隣に航太が並んで立っていた。
頼もしげな横顔を見ている内に、自然とオレの口から昨夜の事柄が語られていった。
「どうもこうも、瑞希。俺と同じ高校受けようぜ」
「え? 航太と同じ学校って…」
「貴翔だよ。あそこなら寮なんてないし、自宅から通える」
「…でも、叔母はオレを、全寮制の学校に通わせたがっているんだ…」
「叔父さんは違うだろ? そこが名門校だから叔母さんの意見を支持してんだろ?」
「恐らく…」
「じゃあ貴翔なら文句ねえ筈だぜ。叔母さんお勧めの高校より貴翔の方が偏差値は上だからな。旧帝大の合格率だってこっちの方が上なんだし、反対する理由も見つからねえだろ」
「でもさ、レベル高い所だしオレ受かるのかな」
「何言ってんだよ。俺でギリなんだ、瑞希ならもっと余裕があるはずだぜ」
「………真紗とは別々、か」
真紗では、追いついて来れない。
この高校を選んだ時点で、オレの方から真紗を斬り捨てるようなもんだ。
掴みたい手を自ら離すような選択に、胸が締め付けられそうになる。
「萎れてんじゃねえよ。そもそも俺、忠告した筈だぜ。高校は別にしろって」
「まあね。隣の部屋に居続けられるんだ。贅沢は言えないか」
無言で窓の外を眺める。
中庭に植えられた木は、9月にしては早い枯葉となり地面を茶色に染めていた。
開いた窓から吹く風が髪を揺らす。
「なっちゃんはもう決めたの?」
「まだ少し迷っているのよね」
窓の外を眺めていたら、背中から真紗の声が聞こえた。
足音が一人分、オレの側で止まる。
「瑞希くん、こんにちは。だいぶ涼しくなったきたわね」
「こんにちは、足立さん」
振り向き、簡単に返事をしてもう一人の姿を探す。
足立さんの隣には最早誰も立ってはいない。真紗はもう既に、廊下の端まで移動していた。
「なっちゃーん、早くおいでよ!」
「ああっ、待ってえ!」
足立さんのように声を掛けてくれる事も、オレの方を向く事も無く、素っ気ないまま真紗は廊下の向こうへ消えて行った。
「真紗は…ほんと、オレに向いてくれないよなあ…」
もうすっかり慣れた筈の、真紗のオレに対する態度に、今のオレはなんだか打ちのめされたような気分がして、目を伏せる。
航太がオレの肩を叩いた。
「堀浦は、お前の事好きだよ」
「あれがそんな態度に見えるの?」
「瑞希と噂になるのが嫌なだけだろ、女子って煩いからな」
「そもそも振られたんだけど、オレ…」
「それ、勘違いしてんじゃねえの?」
「してると思いたい……」
普段は厳しい事ばかり言う航太が、今日は妙に優しい。
振られた直後は諦めろなんて言われたのに、今日は真紗もオレが好きだなんて甘い言葉を掛けてくれる。
慰めだと分かってはいるけれど、その言葉に縋りたくなる。
「まあ、堀浦とは高校別になっちまうけどさ。俺でよければお供するぜ」
「ありがとう。航太で我慢しておくよ…」
心の何処かで仄かに期待していた、真紗と同じ高校に通うという夢は、こうして敢え無く潰えてしまうのだった。




