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 地獄のような補習が終わり、中学生活最後の夏休みが幕を閉じた。

 

 結局、数学のワークも補習の課題も、全て瑞希のお世話になった。

 本当は、理科と英語も教わりたかったのだけど、これ以上負担をかけてはいけないと思い、ぐっと飲み込む。

 瑞希だって私と同じ、受験生だ。自分の勉強だってしなくちゃいけない。私に教えてばかりいる訳にはいかないよね。


「今年の夏休み、私に時間使わせちゃってごめんね。なにかお礼した方がいいよね。なにがいい?」


 最終日くらい、ケーキ屋さんで素敵なスイーツでも買って持っていこうかと思い、提案してみたら、とんでもない事を言われてしまった。


「じゃあ、花火大会一緒に行こうよ」


 ごめん無理。それは出来ません。

 中1の時、一緒に行った夏祭り、しっかりみんなに見られていたよ?

 今年も、同じ学校の子沢山来ているだろうね。

 というか、それはお礼にならないんじゃないかな?


「もっと別の事ないの? 食べたいものとかないの?」


 駅前のケーキ屋さんは、定番だけに食べ飽きてるかな?

 土手の向こうのタルト屋さんは、美味しそうだけれど、自転車のカゴで揺れると倒れるかな?

 脳内で美味しそうなスイーツの群れが躍り出す。

 

「別にいらないよ、真紗(ますず)じゃないんだから」


 しばらく黙った後、私を小馬鹿にしたように瑞希が笑いだした。

 私じゃあるまいし、って、どういう事よ。

 そういう事か。なんて失礼な。まあ事実だけど。

 

 せっかく人が、しおらしくお礼をする気になっているというのに。

 お菓子への興味が薄いのは、知ってるけどさ。


 それじゃ、あれなんてどうだろう。

 子どもが親にプレゼントする定番の、あれ。


「本当に何もないの? 欲しいものとかして欲しい事とか」


 瑞希の背中に回り聞いてみる。肩に手を当てると、少し固い手触りがした。

 

「花火大会を却下しといてよく言うよ」

「だってそれって、誰かに見られたらデートしてると思われちゃうよ。そういうのはダメ」

「オレは別に気にしないけど」


 ちょっとは気にしなよ!


 傍目には一応、似合ってなかろうが曲がりなりにも男女のペアに見えるんだから。

 一緒に歩いているところ見られたら、誤解されるんだよ?

 瑞希だって、誤解されたら困る人いるんじゃないの?

 私だって、まあいるっちゃいるけど、相手は同じクラスの女子とか色気の欠片もないんだけどさ。


「じゃあ、肩、揉んであげる!」

「なにが『じゃあ』なんだよ」


 瑞希が不安げな声を出し体をよじる。

 逃げようとする瑞希の肩を掴み、指で押してみた。


「ちょっと固いよ、凝ってるんじゃない?」

「いててて、いてっ」


 普段やり慣れない事をしたせいか、気持ち良くなって貰うどころか、なぜか瑞希は顔をしかめ痛がるのだった。

 



     ◆ ◇ ◇ ◇




 新学期。


 中学3年の2学期を迎え、私達受験生の間では、進路の話題でもちきりとなった。

 受験する学校の最終決定は、もっと先になるけれど、それまでに志望校をある程度、決めておかなくてはいけない。

 担任の先生から、資料を読み考えておくように言われてしまった。


 高校かあ…。

 冒険するか、確実に受かる学校にするか、色々、悩むところではある。

 あるのだけど、私は、実はもうだいぶ前からどの高校を受けるか、ほぼほぼ心に決めていた。


「受験、気が重いわあ…。数学なして受けられる学校はないのかしら」

「大学受験じゃあるまいし、どの学校も5教科必須だと思うよ、なっちゃん」

「やっぱりそうよね。私、英語は得意なんだけどな」

「私も、数学以外はそこまで悪くないんだけどな。そこまで良くも無いけど…」

「高校、どこにするか悩むわね…。真紗さんは受けるところ決めた?」

「私?」


 私は、瑞希と離れるって決めている。


 まあね。瑞希は私よりずっと成績が良いから、同じ学校に通いたくても絶対に私には届かないのだけれど。

 それでも万が一、瑞希がついて来ようとしても、絶対に追っては来れないようにするって、決めている。

 中学生活の二の舞はもう御免だ。


 私は、瑞希と一緒の学校にだけは行きたくない。

 だから。



「もう決めてるよ。清花女子、受けようと思ってる!」


 ――女子高。


 トイレと同じだ。ここなら瑞希もついてこれまい。

 私はニヤリとなっちゃんに笑いかけた。

 



     ◇ ◆ ◇ ◇




「女子高受けんの?」


 私となっちゃんの会話を聞いていたのか、HRが終わり先生が教室を出ていくと、航太くんが私に話しかけてきた。


「うん。女の子だらけっていうのも良いかなと思って」

「いいね。俺も行きたいけど無理だな!」

「あはは、どれだけ勉強頑張っても入れないね。航太くんは高校、もう決めたの?」

「ああ。貴翔狙ってる」


 さらりと凄い名前をあげた。偏差値75の、超名門校。私には逆立ちしても入れないような学校だ。

 航太くんの表情は真剣で、冗談で口にしている訳ではなさそうだ。


 頭が良いのは知っていたけれど、ここまでとは思わなかった。さすが瑞希の親友だけの事はあるな…。

 一方私といえば、さすが瑞希の幼なじみ…とは決してならない自分がなんだか情けない。


 私の志望校、偏差値50ちょい…。


「そこ、難易度最高ランクの学校じゃない? すごいね…」

「まあ今の俺だとギリギリだけどな。瑞希と違って」

「瑞希も…そこ受けるの?」

「たぶんな」


 なんだか急に恥ずかしくなり、目を伏せた。

 絶対に瑞希と離れようと意気込んで、女子高を受けようとしている自分に。

 どうして私は、瑞希が私と同じ高校を受けるような気に、少しでもなったのだろうか。

 

「だから、本当に行きたい学校、受けたらいいんじゃねえの?」


 顔が真っ赤になりそうだ。

 航太くんに、志望校の動機を見透かされているような気がして。


「行きたい所が、清花女子だよ…」


 女子高に行きたいっていうのも、本当ではある。

 笹川君の件といい、瑞希の事といい、男の子に心乱される事になんだか疲れてしまった。

 女の子だらけなら、平穏な毎日が送れるかな。


「まあ、それならいいけどな」

「女の子達と楽しい毎日過ごすんだ、放課後あちこち寄り道なんてしてさ」

「たまには瑞希ともデートしてやれよ」

「しないよー。瑞希は高校行ってもモテるだろうから、すぐに素敵な彼女が出来るよ」


 プールの日以来航太くんは、私と瑞希との仲を矢鱈とはやしたてる。

 違うって何度も言っているのに。

 私のいう事は信じていないのか、聞いていないのか、はたまた面白がっているだけなのか、表情からは読み切れない。


 好きってどういう事なんだろう。

 ふと疑問に思った。


 よく考えると、私は今まで、誰かを好きになった事が無かった。


 真琴は、好き。なっちゃんも好き。亜矢ちゃんも好きだし、航太くんだって好きだ。

 でもこれは全部、『ライク』の好き。


 loveとの差って、なあに?


 デートしたいとか、ずっと一緒に居たいって思う事なのかな。

 だったらやっぱり、私は瑞希の事好きではないんだ。だって学校では絶対、一緒に居たくないんだもの。


 花火大会だって断った。一緒に外を歩くなんて嫌だ。

 女子に見つかって、いらない陰口言われるのも辛いし、なにより私の姿が瑞希に似合わなさ過ぎて自分で自分が嫌になる。


 なっちゃんと瑞希のようにはいかない。

 修学旅行の宿の売店で知った、アレが現実なんだ。



 ふう、と軽くため息をつき窓の外を向いた。

 どんよりした空は、今にも雨が降りそうだった。

 





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