流れるプールに記憶を浮かべ 3
市民プールと侮る事なかれ。
流れるプールのみならず、スライダー等が充実していた事もあり、結局、私達は夕方までプールで遊んでいた。
なっちゃんの顔に疲労感が漂っている。
瑞希や航太くんとは、更衣室へ向かう時にお別れの挨拶を済ませておいた。現地解散だ。
「大丈夫? なっちゃん」
「平気よ。今日はありがとう真紗さん。素敵な思い出が出来たわ」
航太くんの乱入により瑞希と離れ、むくれ気味のなっちゃんだったのだが、瑞希お手製の弁当を目にし、すぐに機嫌は治まった。
一口食べ、頬が薔薇色に染まる。
お昼の後は、みんなでスライダーを滑りまくった。
なっちゃんは、見た目に似合わず意外とパワフルで、疲れきった瑞希達がテントで休んでいる間もなお、私に付き合い、楽しそうに滑ってくれた。
「じゃあまた、明日の補習で会おうね」
「悲しい出会いね、そろそろ解放されたいわ私」
「しょうがないよ、一応受験生なんだもん」
「聞きたくない言葉だわ……」
受験生らしからぬ遊びっぷりをした分、明日からはまた勉強が私達を待っている。
なっちゃんと別れ、駐輪所へ向かう。
……そういえば、瑞希。
家に向かい少し自転車を走らせる。見知った人影はいない。
途中で方向を変え、来た道を再び走る。
市民プールの入り口付近まで戻った所で、沢山の荷物を抱えた瑞希の姿を発見した。
やっぱり、すごい荷物。
プールサイドで見た時よりも、プールバッグの分更に荷物は増えていた。
「あれ、真紗。まだ帰ってなかったの?」
「戻ってきたの! 荷物いくつか持とうと思って」
「平気だよ真紗。全部自分で持てるよ」
力の抜けたような笑顔を私に向け、瑞希が額から伝う汗を手で拭う。
瑞希の肩に食い込んだバッグの紐を3つ、まとめて掴んで引っ張った。
「いっつもそういう事言うんだから…疲れた顔してる癖に!」
「……じゃあ、バッグだけお願いしようかな」
「クーラーボックスも持つよ! バンドあるから自転車の荷台に乗せられるよ」
「そんなに荷物乗せたら、真紗こけちゃうよ」
失礼な事を…!
くすりと笑い、瑞希が歩き出した。
さっきと比べると、足取りは軽そうだ。
「真紗、一緒に帰る?」
「いいえ! 今日は現地集合、現地解散なの!」
「帰り道同じなのに?」
くすくすと楽しそうに瑞希が笑っている。
「何笑ってんのよ、失礼な」
「真紗が、オレを心配して戻って来てくれたんだなと思ってさ」
「それ、笑うところ?」
笑い声は途切れたものの、瑞希の口元はにんまりと緩められている。愉快そうに細めた目元といい、可笑しく思われている事ははっきりと解る。
なんだか馬鹿にされているみたい。
瑞希から奪い取った荷物をカゴに入れ、乗り切らない分は肩にかけ、自転車にまたがる。
タオルや水着が水を吸っているせいか、想像以上に重量があり、ハンドルが取られよろけそうになる。
「大丈夫?」
「ぜんっぜん、平気だから!」
これ以上近くにいると笑われるだけだと悟った私は、サドルを漕ぎ始めた。
瑞希なんて置いてきぼりだ!
瑞希に馬鹿にされまいと慎重に運転したお陰か、私は、一度もこける事なく自宅まで戻る事が出来た。
◆ ◇ ◇ ◇
部屋に戻ると真琴はどこかに出かけている様で、姿は見えなかった。
文句言ってやろうと思ってたのに…。
不満に思ったものの、すぐに居なくて良かったと思い直す。
瑞希の荷物を抱えたままの私、この姿見られたら、一緒だったこと即ばれちゃうじゃん。
あー危ない所だった!
バッグを3つ抱え、窓を開ける。
早速、証拠隠滅しに行くか。
瑞希の部屋の窓に鍵はかかっておらず、私はこっそりと中へお邪魔し、机の横にバッグを置いた。
エアコンのスイッチを押し、部屋に冷たい風を送り込む。送風口の真下に体を置くと、ひんやりとして気持ちが良い。
この暑い中、ただでさえプールで疲れた後の体で、沢山の荷物を抱え歩いて帰ってくるんだ。
せめて、部屋くらいは涼しくしておいてあげよう。
ちょっぴり優しい自分に満足し、自室へと戻る。
証拠隠滅、完了!
意気揚々と一階に降り、おやつをつまみ、真琴に借りたプールバッグの中身を洗濯機の中へ放り込もうとして、証拠が隠滅しきれていなかった事に気づく。
瑞希のラッシュガード借りっぱなし…!
慌てて洗濯機から取り出し、2階へ上がる。
あぶな、あぶな、あぶなーい!
窓を開け、再び瑞希の部屋を目指す。
ラッシュガードを掴むとプールの匂いがして、今日の出来事がじわりと頭に浮かび上がった。
結局、今日はずっと、これを着て過ごしていたな。
なっちゃんの視線が痛かった。
私にも貸して! と何度も頼まれたけれど、応じてあげられなかったな。
だって、みんなの前で胸の谷間晒すのもう、耐えられなかったんだよ。
ごめんね、なっちゃん。
瑞希の頬を見て、今日はとことん焦ってしまった私だけど、こんな事ではいけないな。私の方から忘れてなんて言ったんだ、私が忘れないでどうする。
横顔ばかり目に付いたせいか、今日はうっかりと思い出してしまった。明日からは気を付けよう。
今日も何度か、頬が熱くなってしまったけれど。
大丈夫、流れるプールに全てを流してしまえたはず。
私はまた普段の私に戻る。
ラッシュガードをプールバッグの中に入れ、部屋に戻ろうと瑞希の机に足を掛ける。
そういえば、さっきの瑞希は酷かった。
折角、引き返してまで荷物を運んであげたのに、ずっと私を見てクスクス笑ってばかりいるんだもん。失礼な。
あれは笑う所じゃない、感謝するところだ!
思い出すと、なんだか急に腹が立ってきた。
もうすぐ帰って来るかな。ちょっと驚かせてやれ。
瑞希のベッドの上に仰向けに転がる。
スプリングが効いていて、相変わらず居心地の良いベッドだ。
帰ってきて、近くに寄ってきたら、わあって飛び上がって驚かせてやるんだ…。
ふふふ。
ワクワクしながら、瑞希の帰宅を今か今かと待っている内に、プールで遊び疲れてしまった私は、すっかり夢の中の住人となってしまっていた………。
◇ ◆ ◇ ◇
「あれ、部屋の中が涼しい……」
誰かの声が朧げに聞こえる。
「真紗かな。オレのバッグが置いてあるしな……って、ベッドで寝てるし…!!」
小さな頃からずっと、何度も耳にした、聞きなれた心地良い声。
「だから、眠いなら自分の部屋で寝ればいいのに…いつもいつもオレの部屋で眠るんだから、真紗は」
ああ瑞希だ。
「はしゃぎすぎて疲れたんだろうな」
くすり、と笑う声がした。
聞き覚えのある笑い方。帰り道に聞いたものとそっくりだ。
「疲れていたのに、オレの為に戻って来てくれてありがとう。さっきは嬉しかったよ…」
瑞希の優しげな声が、私の眠るすぐ傍までやってきた。
そういえば、私、瑞希を驚かせてやろうと思っていたんだっけ。
朧げだった意識が段々と鮮明になり、漸く私は当初の目的を思い出す。
「…全然起きてこないな。真紗」
明るかった瞼の裏が、急に真っ暗になった。
瑞希の頭が、蛍光灯の光を遮っているようだ。
「こんな所で無防備に寝て……なにされても知らないよ」
なにされても……?
ポツリと呟いた瑞希の声から、しっかりとした意志ようなものを感じ取り、急激に、不安が広がり私を包み込む。
なにする気?
まさか。
寝ている人へのイタズラの定番、顔に落書き?
まさかね。
………。
あるかも!
ほっぺの逆襲で、頬に落書き、あるかも!
薄目を開けると、ぼんやり視界に映る瑞希の右手が、私の顔に近づいて来る―――
「いや! 油性マジックだけはやめて………!!」
「うわあぁあぁあぁああ、真紗、起きてたの!?」
咄嗟に叫んで飛び上がった私に心底驚いたのか、瑞希は、私以上に大声を出し床にへたり込んだ。
久し振りの勝利を確信した私は、1人密かにほくそ笑むのだった。




