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流れるプールに記憶を浮かべ 2


 雲一つない青空の中、プールは盛況のようで沢山の人達で賑わっていた。

 同じ中学の子がいないか気になった私は、周囲を見回してみたものの、取り敢えず見知った顔はいないようでホッと胸を撫で下ろす。


 芝生ゾーンには簡易テントが沢山建てられ、テント村と化していた。

 周りにいるのは小さな子連れ親子だらけで、ここには間違いなく、私の気にする人達はいなさそうだ。 


 太陽の光を浴び、煌めく瑞希が笑みを浮かべながらテントを広げだした。ちらりと熱中症を疑ってはいたものの、特に体調に異常はないようだ。

 さくさくとテントのセッティングを済ませ、浮き輪に空気を入れていく。

 妙に手際がいい。


真紗(ますず)、これ使いなよ」


 そう言ってバッグに目を落としながら、瑞希が私に浮き輪を差し出した。

 続いて2つ目の浮き輪に空気を入れ始める。


 まるで、うら若きパパのようだ。


「瑞希くん。パパって呼んでもいいかしら…」

「絶対やめてね足立さん」


 なっちゃん。

 ちょこっとだけ分かるわ、その気持ち。


 もう1つの浮き輪にも空気を入れ、それをなっちゃんに手渡した後、瑞希が立ち上がり私の側にやってきた。

 振り向くと普段とは違う瑞希の姿に、不覚にも心臓が跳ねる。

 プールサイドを見つめる横顔がなんだか新鮮だ。

 

 瑞希の横顔…。

 そういえば、付き合いは長いけれど、近くにいる時の横顔ってあまり見慣れないな。

 瑞希の顔ってば、大抵正面を向いているから――


 はっ。


 いやだ、横顔なんて見ちゃうと、思い出すじゃない。

 ほっぺの事故…。

 あわてて首を左右に振る。忘れろ、忘れるんだ!


「行こうか、真紗」

「行きましょう、瑞希くん」


 遠くの景色を見据えたまま、ぎこちなく差し出してきた瑞希の手をなっちゃんが捕えた。

 私が勢い良く首を振っている間に。

 ご機嫌のなっちゃんに腕を取られ、瑞希は流れるプールの方へと引きずられていった。




     ◆ ◇ ◇ ◇



 

 2人の後を追うように、私と航太くんも流れるプールの方へと向かった。

 プールの浅瀬に浮き輪を浮かべる。

 お尻だけ浮き輪に嵌め椅子のように座り、足は浮き輪の外に出す。

 これで私お気に入り、ゆらゆら楽ちんスタイルの完成!


 なんだか、寝れそう…。


「あいつらのとこ行かねえの?」

「いいよ。2人で楽しくやってるでしょ」


 追いかけたら、ほっぺにちゅーを思い出しちゃうじゃない。

 瑞希ってば、今日はなぜか頬ばかり私に見せるんだから。


 唇を少し尖らせ、ぼんやりと目の前の景色を眺めていると、水面の向こうに瑞希となっちゃんの2人が見えた。

 顎を上げて瑞希を見つめ、至福の笑みを浮かべているなっちゃん。そんななっちゃんを見下ろし、微笑んでいる瑞希。

 口から息が漏れる。やっぱり、絵になる2人だ。


 瑞希はなっちゃんと向かい合っている。


 なによ。なっちゃんには横顔見せて無いじゃんか。

 今日はちっとも、私の方向いてくれないのにさ。


 プールに浮かぶ2人の周囲に水飛沫が舞い散り、キラキラと輝いているように見える。私が浮かんでいるのは親子連れだらけの市民プールなのだけど、あの2人はまるで別世界のビーチにでもいるみたい。


 …何故だろう。

 2人の姿を見ていると、胸がチリチリしてくるのは。

 今日は暑いから、私の心がお日様にやられ焦げそうになっているのだろうか。


 照りつける太陽が眩しくて、瞼を閉じた。

 このまま目を塞いで、浮き輪の中でゆらゆら揺れていよう………。


 ざわつく胸を抱え浮き輪の中で揺られていたら、プールの水が空から降って来た。

 

「なんて顔してんだよ、堀浦」

「うわあ、なにすんのよ航太くん…」


 盛大に水を掛けられ、顔も髪もベシャベシャだ。

 ぷっくり頬を膨らませていたら、航太くんが私の背後に回り、浮き輪の端を掴み勢いよく走りだす。


 な、な、なに?


「王子の元まで連れて行ってやるよ。いっくぜー!」


 私の体が、浮き輪ごと後ろ向きにグイグイ突き進んでいく。


「ま、まさか、2人のとこ、行くつもり…っ?」

「まさか! 足立のとこ連れてくつもりなんてねぇよ」

「じゃあ、どこに…」

「言ったろ? 王子のとこって! 瑞希に決まってんじゃねえか。しっかりしろよ、シンデレラ」

「瑞希となっちゃん、楽しそうだよ? 私が行くとお邪魔虫になっちゃうよ」

「ならんならん! 瑞希だって足立より堀浦と居たいに決まってんだろ」

「決まってないよ。航太くん、何か勘違いしてない?」

「恐らくしていない! 俺、わりと察しはいい方なんだぜ」

「知ってるけど…!」


 でもやっぱり、航太くんは勘違いをしているんだ。

 私が…瑞希を好きだと思い込んでいるのかな?

 確かにドキドキはしちゃうけど、これは好きとは違うと思うし……そもそも、瑞希の方は私よりなっちゃんと居たいんじゃないかな……。


「でも絶対勘違いだってば! 私は瑞希の事、ただの幼なじみとしか思ってないし……瑞希だってそうだよ?」

「どうしてそんな風に思うんだよ」

「だって………」


 だって。瑞希と私は釣り合っていないんだもの。

 素敵な王子様の隣に並ぶのは、綺麗なお姫様って相場が決まっているんだもの。

 私は、綺麗なお姫様にはなれない。 


「だってじゃねえよ、いいから行けよ!」


 航太くんに引きずられ、パワフルに浮き輪は動いてゆく。

 勢いで私の顔に、体に、沢山の水が跳ね飛んでくる。

 プールの水に混ざり私から流れた水がすべて洗い流されてゆく。


 航太くんのパワーに圧倒され、沈みかけた心が少し上を向いた。


 目が開く。浮き輪の中で固まっている内に、2人の姿が間近に見えた。

 猛然と突き進む私達の勢いに驚き、なっちゃんが瑞希との間に距離を空ける。その隙間に私の乗る浮き輪が滑り込んだ。

 

「おーい瑞希、足立と交代だ!」


 航太くんがニヤリと笑い、私を瑞希に突き出した。

 なっちゃんが戸惑いの目を航太くんに向ける。


「なあに、交代ってどういう事よ…」

「サービスだ。堀浦にやったやつ、足立にもやってやるよ。いくぞ!」

「やめてよ、離して……きゃっ!」


 航太くんが、なっちゃんの腰に嵌まっていた浮き輪を手にし、私にしたように勢い良く引きずって行く。

 なっちゃん…。

 大きな声で騒ぎ文句を言ってはいるものの、なぜか笑顔を見せている。

 なっちゃんの、意外と楽しんでいる様子を見て、私の頬が緩んだ。


「なっちゃん楽しそうだね」

「そうだね」

 

 そう言って私の方を一瞬向いた後、再び瑞希は顔を背けた。

 瑞希の頬が目の前に映る。


 あの日を、思い出しそうになる……。


 頬、見せないでよ。


「ねえ。なんであっち向いてんの。向こうに何かあるの?」

「別に何も…」

「なんだかさっきから顔背けてばかり」

「…そんな事ないよ」

「あるよ」


 もしかして、あの日の事をまだ、怒っているの?

 あの後、すっかりいつも通りの瑞希だったから、忘れてくれたと思っていたのに。

 まあ私も、今日急に思い出しちゃったけどさ。

 瑞希も…不意にあの事を思い出し、気まずくなってしまったのだろうか。


 でもね、頬向けられたら私も、忘れたいのに思い出しちゃうんだよね。


 水を掻き分け、瑞希の正面に移動する。


「まだ怒ってるんだ」

「怒る事なんて何もないよ」


 私と目が合い、瑞希が驚いてぷいと顔を横に向けた。

 間違いない、あの時の事まだ根に持ってるんだ…!

 なんだか意地になり、瑞希の顔を追いかけていたら、今度は上を向き出した。

 上は、太陽眩しいよ?


「ホラ、また顔そらす!」

「……だって真紗が…」

「私が…なによ」

「ああもう! だって、真紗がそんな恰好してるから……オレだって目のやり場に困ってんだよ!」

「そんな恰好……?」


 軽く首を傾げる。

 あ、そう言えば今私、わりと胸元の空いた水着着てたっけ…


 あれ?

 

 瑞希の言いたい事が分かった瞬間、顔が真っ赤に染まってしまった。

 慌てて手のひらを広げ、胸の谷間を押さえる。

 

「わー何見てんのもう!」

「見せてるのはそっちだろ!」

「そりゃまあ、そうだけど……私だって好きで着てるんじゃないんだよ? 真琴にこの水着渡されて仕方なく…」

「真琴の仕業か……」


 なっちゃんとつつき合っている内にすっかり忘れていた。

 私、今わりと恥ずい水着着てたんだった…!

 急に羞恥心に襲われ、浮き輪から降り水の中に体を(うず)める。なんだか目が回る…。


 慌てふためく私を呆然と眺めていた瑞希が、突然ラッシュガードを脱ぎだした。

 上半身が露わになり、思わず顔を背け目を逸らす。

 白い肌をしているものの、意外とたくまし…ってなに見てんだ私!

 ちょっと…急に心臓に悪い事しないで…!


「真紗だって顔逸らしてんじゃん」

「だって! 瑞希がいきなり脱ぎだすから…」

「今日はもう、それ、着ておきなよ!」


 戸惑う私の頭の上から、冷たいものが被さって来た。

 あれ、これ…

 瑞希の、ラッシュガード……。



「…ぶかぶかだよ、これ」

「オレのだからね」

「袖、余ってるよ?」

「折り曲げなよ」

「瑞希……日に焼けちゃうよ?」

「1日分の日焼けくらいどうって事ないだろ」


 そう言って。

 やっと私の方を向き、いつものふんわり笑顔を見せる。


 ラッシュガードは塩素の匂いの中に、微かに瑞希の残り香がして。

 再び熱くなる頬を冷やすため、ブクブクと水の中に沈み込むのだった。



 



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