流れるプールに記憶を浮かべ 1
日曜日。
ついにこの日がやってきた。
なっちゃんに頼まれ、瑞希をプールへと誘い出した約束の日。
プールバッグ片手に家を出ようとしたら、真琴に声を掛けられた。
「真紗、プール行くの?」
「うん」
「真紗、水着持ってたの?」
「持ってるよ? 中学生なら誰だって持ってるじゃん、水着くらい」
「…もしかして、それ、スクール水着って言わない?」
言うけど…!
可愛い水着なんて持っていない。
だって、プールに行く事ないんだもん…。
小学生の頃は、みんなスクール水着でプール行ってたんだし、今回だってそれで十分だよね…?
だんまりのままの私をじっと見据えたあと、真琴が不敵に笑い出した。
「私の水着、貸してあげるから持って行ったら? 恥かくわよ」
「いいよ」
「瑞希と行くんでしょ? 可愛い水着の方がいいわよ」
「違うしっ!」
一緒だし…。
どうして、いつもなんでもお見通しなのよ。
真琴、こないだの話聞いてたの?
「友達と行くの?」
「そ、そうだよ。なっちゃんと行くの…」
「ふうん」
嘘じゃないよ?
なっちゃんと2人じゃないけど…。
「女の子と一緒なら、余計に悲しい思いする事になるわよ。向こうは絶対、可愛い水着着てくるんだから」
「でも…」
「はいはい、これ!」
断ろうとする私の手から素早くプールバッグを奪い、真琴は、代わりのバッグを私に押し付けていくのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
今日も暑い暑い、8月の真夏日。
結局、真琴のプールバッグを抱え、家を出た。
じりじりと照りつける太陽にうんざりしつつ、自転車を走らせ目的地へ向かう。今日は珍しく、スカートにサンダルを履いてきたので少し漕ぎにくい。
普段はジーパンにスニーカーなんだけど。
プールだと着替えにくいしね。
駐輪場に自転車を止めると、私のそばを浮き輪を抱えたちびっ子達が通り抜けていく。さすが市民プール、家族連れが多いようだ。人の流れに沿い私も歩き出す。
プールの入り口に目を向けると、券売機の横でお喋りしている瑞希となっちゃんの姿が目についた。麦わら帽子に白のワンピースを着たなっちゃんは、やっぱり今日も可愛い。
2人向かい合う様子は、どこからどう見ても素敵なカップルにしか見えない。
私の足が止まる。
「行かねーの?」
「うわあ!」
立ち竦んでいたら、突然後ろから航太くんに声を掛けられた。
ビックリするじゃない…!
「瑞希と足立見てんの?」
「ううん、見てないよ」
「ふーん。俺、つい見とれてしまったけどな。あの二人すげえ似合ってんな」
「そうだね」
止めていた足を、ゆるやかに動かし出す。
そんな私の耳元で、航太くんがぼそりと呟いた。
「なあ、堀浦。お前、瑞希の事好きなの?」
あわわ!
履き慣れないサンダルのせいか、何もない地面なのに躓いて転びそうになった。
航太くんの腕にキャッチされ、なんとか無事、擦り傷は作らずに済んだ。
「あっぶねーな、何もないとこで転びそうになってんじゃねえよ」
航太くんがヘンな事言うからじゃん!
頬を膨らませて真横をじろりと睨む。
「あれ、もしかして図星?」
「違うよ、別に好きとかじゃないし」
「足立に遠慮してるのか」
「してないよっ。まあ、なっちゃんは瑞希が好きだけど。でも私は違うから…」
「堀浦って瑞希と幼なじみなんだろ。あいつとずっと一緒にいて、心が動いたりとかせんの?」
そりゃ、ちょっとドキドキしちゃったけど。
でもね、好きって訳ではないの。
誰が相手でもドキドキしちゃうよね、きっと。
瑞希が好きとか、違うし。違うもんね。
「幼なじみってのはね、一緒にいたってドキドキとかしないものなの!」
「ふうん…」
少しだけついた嘘を見透かすように、含むような目つきで私をじろりと見回す。
航太くんの視線に居心地の悪さを感じた私は、足早に2人の元へと駆け出した。
◇ ◆ ◇ ◇
ねえ、真琴。
真琴って、私の双子の妹だよね?
私の一番の味方。お互いに助け合うような存在なんだよね。
なのにどうして、こういう事するかな。
これでも、真琴を信じていたんだよ?
真琴は私の為に動いてくれているんだって。
なのに。
なのになのに…。
真琴、これを私に着ろっていうのか………!!
「真紗さん、着替えないの?」
隣で、もう既に着替えの済ませたなっちゃんが可愛い唇を尖らせた。
くすんだピンクのベロア水着がとても可愛い。
「なっちゃんの水着可愛いね。中身も可愛いのに水着まで可愛いなんて、どういうつもりなの…」
「どういうつもりって、瑞希くんに私を見て貰うつもりよ」
「私が瑞希ならガン見しちゃう」
「真紗さんに見られても嬉しくないわ…」
一方、私が真琴に渡されたプールバッグには、黒のビキニが入っていた。
焦る気持ちでバッグを漁ってみたものの、ラッシュガードやパレオの類は見当たらない。
絶望感溢れながら着替えてみる。
………。
スクール水着の方がましじゃん!!
「………真紗さん、やるわね」
「私、帰っていいかな?」
「ダメよ。いいじゃないそれ。フリル仕様の胸元がとても可愛いと思うわ」
「その胸元のあきっぷりが、場違い感すごいんだけど! 周り見てよ、長袖ラッシュガードに身を包んだ人だらけだよ」
「真紗さん、ちゃんとあるからいいじゃない。私も本当はそういうのにチャレンジしたかったけど、出来なかったのよ。私の胸、さみしいから」
なっちゃんの水着はセパレートタイプになってはいるのもの、露出は高くない。
胸元もドレープに覆われているし、腰の周りはスカート仕様になっている。
はっきり言って普通の可愛い服みたい。
私もこういうのが着たかった…!
「交換する? なっちゃん」
「何度も言わせないでよ、さみしい事になるからそういう水着は着れないの」
頬をぷくりと膨らませてなっちゃんが私の胸元をつつく。
「私が瑞希くんならつついてしまうわ…」
「なっちゃんにつつかれても嬉しくない」
「瑞希くんなら嬉しいの?」
「う、嬉しいわけないでしょー! ええい、なっちゃんもつついてやる」
「おへそは卑怯よっ。瑞希くんでも嬉しくないわ…」
悲鳴を上げて逃げ回るなっちゃんを追いかけている内に、いつの間にか、私たちは更衣室からプールサイドへと移動をしていたのだった。
◇ ◇ ◆ ◇
「足立に堀浦! こっちこっち」
人差し指を折り曲げたポーズでなっちゃんと戯れていると、いつの間にか私たちのすぐそばに航太くんが立っていた。
慌てて指を引っ込める。
瑞希も背が高いのだけど、航太くんはその瑞希より更に少し、背が高い。
程よく日に焼けた肌をしている航太くんは、海パン姿が良く似合っている。
航太くんの陰から瑞希の姿が見えた。
長袖のラッシュガードに身を包んでいる。
色白の瑞希の事だ。日に当たると真っ赤になってしまうのだろう。
こちらへやって来た瑞希が、私をチラリと見た後、即座に目を逸らした。
「真紗、なにそのカッコ」
ひどっ!
そりゃ私自身、似合ってないと思ってるけどさ。
腹が立ち、正面に向かいじろりと睨み付けてやろうとしたら、山のような荷物が目に入った。
簡易テントにクーラーボックス。他にエコバッグを2つ、肩に掛けている。
「瑞希こそ、なにその荷物…」
「あ、これ? こういうのあるといいかなと思って用意しておいたんだ」
瑞希が、肩から下げられた荷物に眩しい笑顔を向けた。
荷物まみれのその姿は、まるで周囲にいるパパさん達のようだ。
「クーラーボックスの中身、まさか…」
「みんなで食べようと思って、お弁当作ってきたよ」
「バッグ、なんで2つも抱えてんのよ…」
「浮き輪と空気入れと、後タオルが入ってるんだ。あると便利だと思って。1つで入りきれなくてさ」
浮き輪があるのは有り難いけど、お弁当にテントとか…
プールで終日まったり過ごす家族連れのやる事じゃん!
私、昼には帰るつもりでいたのに…
「瑞希くんのお弁当が食べられるのね、意外なオプションだわ…」
「向こうの芝生ゾーンに、テント張りに行くね!」
「一日ここにいる気かよ、瑞希…」
瑞希のお弁当に感動したのか、なっちゃんはニマニマと笑っている。食べたらもっと表情を緩めるだろう。
だって美味しいからね!
少し気になる事のあった私は、大量の荷物を抱える瑞希のそばへ行き、ちらりと顔を見た。
「これ、家から抱えて歩いて来たの……?」
「うん」
私の視線から顔を逸らすかのように俯き、瑞希が軽く口角をあげた。
なんだか様子がおかしい。
自転車だと10分で辿り着けるこのプールも、徒歩だと結構な距離となる。
この炎天下、これだけの荷物を抱えて歩くのは大変だよね。
しかも、あっつい入り口で暫く待っていたようだし…。
心なしか瑞希の頬が赤くて、私は、密かに熱中症の心配をしてしまうのだった。




