表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/52

リベンジ・修学旅行

高校2年の秋。


「京都、行きたいな」


 何気なく呟いた私の一言に、瑞希が反応した。


「いいね、京都! 一緒に行きたいな。修学旅行で行った時は、あまり好きな所回れなかったしね。来月辺り紅葉が綺麗なんじゃないかな」

「でも、やっぱり無理かな。遠いから日帰り出来ないもんね。泊りになっちゃう…」

「そっか、泊りは厳しいか…」

「うん、お金かかるからね」

「て、お金の問題!?」


 当然だ。高校生はお金がないのだ。

 まあそこそこ自由には使えるのだけど、泊りとなると万単位で必要となってしまう。

 交通費もかかるしね。


「そうよ、一泊すると高いじゃん」

「探せば安い所もあるんじゃない? てか、お金の問題ならオレ、なんとかするよ!」

「高校生で何が出来るのよ。バイトも禁止でしょ、瑞希の学校。うちんとこもだけど」

「そこは、生活費をやりくりして残せばなんとか行けると思う。贅沢は出来ないけど」

「瑞希、主婦みたいな事言うね」


 瑞希んちの教育方針は、少し変わっている。

 お昼ご飯代・衣服代・散髪代・その他諸々、瑞希にかかる費用をあらかじめ本人に全て渡し、やりくりさせているみたいだ。定期的にスーパーに出かけ、財布と相談して買い物をする姿は、まるで主婦そのものである。


「追加で請求されたくないのか、多目に貰えているから、わりと余裕はあるんだよ」

「ふうん、じゃあ、宿代出して貰っちゃおうかな…」




 なんだか急に興味が出てきた私は、部屋に戻り、さっそくパソコンの前で宿を探してみる事にした。

 



     ◆ ◇ ◇ ◇




「京都行くの? 真紗(ますず)


 パソコンの画面を眺めていたら、真琴がひょっこり顔を出した。


「行きたいんだけど、お金かかるね、宿に泊まるとなると」

「そりゃ、旅館ばかり見てるからよ。ホテルにしたら安いとこ幾らでもあるわよ」

「温泉入りたい~なんて思っちゃってさ」

「贅沢ね。真紗が行きたいのは温泉なの? それとも京都なの?」

「京都」

「なら妥協しなきゃ。ここなんてどう?」

「うわ、安っ。いいかも…」


 お一人様5000円なんて文字が目に入る。

 素泊まりらしく、食事は付いていないようだ。


「でも、朝食位は欲しいなあ…」

「何言ってんのよ、朝食は喫茶店でモーニング頼むのがいいんじゃない!」


 カフェでモーニング!

 優雅でお洒落な情景が脳内に浮かび上がり、私のテンションが一気に上がる。

 そういえば京都って、美味しいパン屋さんが多いって聞いた事があるな。パン屋でモーニングもいいな…。


「冴えてるね真琴。他に何かアドバイスない?」

「そうね、温泉入りたいなら温泉だけの施設もあるから、夕食の後そこ行ってからホテル戻ればいいんじゃない?」

「いいね、そうしよう!」


 カチカチとマウスをクリックし、検索を開始する。

 モーニングはここがいいな、温泉はここが素敵、夕食は…このレストラン行ってみたい!

 ホテルは、さっき真琴が薦めてくれたここが、場所的にも良さそうだな…。


 ノリにノった私は、そのまま一気に京都旅行の計画を立てきってしまった。後で瑞希に、これでいいか聞こう…。


「ちゃんとお母さんには言うのよ、旅行に行く事」

「そんなの分かってるよ~。無断で行ったら心配させちゃうよ」

「私からもちゃんとお願いしておくわ」


 その夜、早速私は母親に旅行の話をし、了承を取り付ける事に成功するのだった。




     ◇ ◆ ◇ ◇




 さすがの紅葉シーズン!

 京都駅は人で溢れ、バス停は行列が出来ていた。

 駅のコインロッカーに大きな荷物を詰め、私達は大徳寺行きのバスに乗り込む。

 

「真紗、バス混んでるね。大丈夫?」


 乗客でぎゅうぎゅうに詰められたバスは、途中で停車しても新たに人を乗せられない程、混み合っていた。


 そのような状況の中、目の前には、乗客に背を向け私に眩しい笑顔を向ける瑞希の姿。

 動く度にガクガクと揺れる不安定な状態の中、瑞希の右腕が私の腰を抱き、よろけるのを防いでくれた。


 なにこれ。ドキドキしちゃうじゃない。


「大丈夫だよ、ありがとう…」

「真紗、おばさんに旅行許して貰えて良かったね」

「うん。瑞希と行くって言ったら、安心してた」

「え? オレと行くって言ったの?」

「言ったよ? お母さん、瑞希に宜しくだって!」


 私の母は、娘の私よりもなぜか瑞希の方を信用している。危なっかしい私だけど、瑞希という素敵なお守り役がいれば安心だと思っているようだ。


 やがてバスが到着し、私達は大徳寺一帯を散策する事にした。

 どこを見渡しても素敵な紅葉が広がる中、とりわけ高桐院は特に綺麗で、入り口や庭園に降り注ぐ紅葉の美しさに、瑞希と2人、息をのんで見惚れるのだった。



 計画通りに旅は進んだ。

 夕食のレストランは期待以上に美味しく、その後の温泉は、歩き疲れた身体をたっぷりと癒やしてくれた。


 最高…。


 修学旅行とは段違いの素敵な旅に、私の顔は始終緩みっぱなしだ。隣にいた瑞希も私のプランに喜んでくれたのか、いつ見てもふわりと笑いかけてくれる。


 ホテルもゆっくりくつろげた。

 人が寝ようとするすぐ真上で、枕が飛び交うサバイバルな修学旅行とはまるで違う。

 たっぷり眠った次の日、モーニングで食べたパンはとても美味しくて、お土産代わりに幾つか買って帰る事にした。



 こうして私は、過去の苦い記憶を払拭してしまえる程、素敵な京都の旅を過ごす事が出来たのだった。

 



     ◇ ◇ ◆ ◇




「はい、これ京都土産」

「サンキュー」

「ついでにこれも返しとく」


 先日、真紗と一緒に京都まで旅行に出かけた。

 2人きりで泊りの旅行…!


 興奮してつい航太に口を滑らせたら、餞別の品を頂いてしまった。

 未開封のままつき返す。

 

「使ってねぇの?」

「使ってないよ」

「…2人でお泊りしときながら、何やってんだよ」

「なーんにもしてない!」


 航太にこれを渡された時は腹を立てたものの、最終的には旅行カバンの奥底に忍ばせてしまった。

 だって、お泊りするって、OKってことだよね?

 期待してしまったオレの感覚は、普通だと信じたい。


「じゃあ、一晩中ずっと同じ部屋で、手も出さずに我慢してたのか? やるな瑞希」

「いや、そもそも、部屋自体が別々だった」

「なんだそりゃ」


 真紗が探し出してきたホテルはビジネスホテルの1人部屋だった。

 個室なんて、ちょっと贅沢かな?

 なんて言って、無邪気に笑う真紗の笑顔が恨めしい。

 しかも。ホテルに到着した後、真紗の部屋へお邪魔しに行こうとしたら、疲れたからもう寝ると言って断られた。

 まだ21時なんだけど…。

 次の日、すっきりした顔をしていたから、たっぷり眠れたのだろう。


「それにしても…なにも俺に返さなくても、持っておけばいいのに」

「いや、もういらないよ。初心に返って高校卒業まで手は出さないと決めた」

「いいのか?」

「いいんだ」


 オレと違い、真紗は普通の家庭の女の子だ。


 旅行の話が出た時、オレも気持ちが盛り上がったものの、すぐに叶わず終わるだろうと思い直した。

 オレの方は簡単だ。旅行の話を切り出しても、誰とどこに行くかすら問われず、当然反対などされなかった。

 しかし、真紗の方は親の許しが得られないだろう。


 仕方ない、綺麗な紅葉なら近場で探すか。

 などと考えていたら、意外とあっさり真紗は親の許しが貰えたようで、次の日には具体的な旅行プランを片手に、笑顔でオレの部屋へとやってきた。

 当然オレは、真紗がおばさん達に、女友達と旅に行くと嘘をついたのだと思い込んでいた。


 まさか、本当の事を言っていたなんて。


『瑞希と行くって言ったら、安心してた』


 ……えっ?


 どうしてオレと一緒で安心するんだよ…。


『お母さん、瑞希に宜しくだって!』


 オレに宜しくって、それは…

 可愛い娘に不埒な事はするなって意味だよね?


 そう言ってニコニコと笑う真紗の後ろに、おばさんの笑顔が浮かんで見える。

 手、出せないじゃん。

 まあ物理的にも不可能だったけど。


 高校生のうちは、やっぱり早いな、うん。

 オレの初期感覚は正しかったんだよ、うん。

 そもそも、当の真紗にこれっぽっちもそのつもりがないからな。



「まあ、瑞希がいいなら好きにしろよ。我慢大会でもなんでも頑張れ」

「取り敢えず頑張るために、夜、お風呂上がりに部屋来るなって言っておいた」

「お風呂上がりに部屋来んの? それ、堀浦もその気あるんじゃねーの?」

「ないよ? あと、オレのベッドで横になるなとも言っておいた」

「それ、誘われてるだろ…」

「単純にゴロゴロしてるだけだよ? ダラダラ出来るお気に入りの場所みたいで…。ああ、後はあれも言わなきゃな。休日の朝、着替えもせずパジャマのまま来るなって」

「…………」

「真紗、パジャマの時ってノーブラだから、ほんと焦るんだよね」

「…………」

「オレが寝ている間に、こっそり布団の中に忍び込んで来るのも辞めさせないとな! 朝、目が覚めて隣に真紗がいたら、本当にびっくりするんだよ」

「…………」

「真紗には、全くそんなつもりがないからね。困ったもんだよね」

「そんなつもりがあるようにしか聞こえん…」



 真紗を思い浮かべ軽やかに笑うオレに、なぜか航太が同情的な眼差しを向けた。

 中途半端な期待を捨てると、なんだか清々しい気持ちになれる。大丈夫、オレは自分を信じる。

 

 真紗との旅は楽しかった。


 これまでずっと、外の世界ではそっけなかった真紗が、オレに笑顔を向け一緒に歩いてくれるようになった。

 今はまだ、その幸せを噛みしめて満足する事にしようか。


 焦らなくても。



 もう二度と、離れるつもりはないのだから。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ