リベンジ・修学旅行
高校2年の秋。
「京都、行きたいな」
何気なく呟いた私の一言に、瑞希が反応した。
「いいね、京都! 一緒に行きたいな。修学旅行で行った時は、あまり好きな所回れなかったしね。来月辺り紅葉が綺麗なんじゃないかな」
「でも、やっぱり無理かな。遠いから日帰り出来ないもんね。泊りになっちゃう…」
「そっか、泊りは厳しいか…」
「うん、お金かかるからね」
「て、お金の問題!?」
当然だ。高校生はお金がないのだ。
まあそこそこ自由には使えるのだけど、泊りとなると万単位で必要となってしまう。
交通費もかかるしね。
「そうよ、一泊すると高いじゃん」
「探せば安い所もあるんじゃない? てか、お金の問題ならオレ、なんとかするよ!」
「高校生で何が出来るのよ。バイトも禁止でしょ、瑞希の学校。うちんとこもだけど」
「そこは、生活費をやりくりして残せばなんとか行けると思う。贅沢は出来ないけど」
「瑞希、主婦みたいな事言うね」
瑞希んちの教育方針は、少し変わっている。
お昼ご飯代・衣服代・散髪代・その他諸々、瑞希にかかる費用をあらかじめ本人に全て渡し、やりくりさせているみたいだ。定期的にスーパーに出かけ、財布と相談して買い物をする姿は、まるで主婦そのものである。
「追加で請求されたくないのか、多目に貰えているから、わりと余裕はあるんだよ」
「ふうん、じゃあ、宿代出して貰っちゃおうかな…」
なんだか急に興味が出てきた私は、部屋に戻り、さっそくパソコンの前で宿を探してみる事にした。
◆ ◇ ◇ ◇
「京都行くの? 真紗」
パソコンの画面を眺めていたら、真琴がひょっこり顔を出した。
「行きたいんだけど、お金かかるね、宿に泊まるとなると」
「そりゃ、旅館ばかり見てるからよ。ホテルにしたら安いとこ幾らでもあるわよ」
「温泉入りたい~なんて思っちゃってさ」
「贅沢ね。真紗が行きたいのは温泉なの? それとも京都なの?」
「京都」
「なら妥協しなきゃ。ここなんてどう?」
「うわ、安っ。いいかも…」
お一人様5000円なんて文字が目に入る。
素泊まりらしく、食事は付いていないようだ。
「でも、朝食位は欲しいなあ…」
「何言ってんのよ、朝食は喫茶店でモーニング頼むのがいいんじゃない!」
カフェでモーニング!
優雅でお洒落な情景が脳内に浮かび上がり、私のテンションが一気に上がる。
そういえば京都って、美味しいパン屋さんが多いって聞いた事があるな。パン屋でモーニングもいいな…。
「冴えてるね真琴。他に何かアドバイスない?」
「そうね、温泉入りたいなら温泉だけの施設もあるから、夕食の後そこ行ってからホテル戻ればいいんじゃない?」
「いいね、そうしよう!」
カチカチとマウスをクリックし、検索を開始する。
モーニングはここがいいな、温泉はここが素敵、夕食は…このレストラン行ってみたい!
ホテルは、さっき真琴が薦めてくれたここが、場所的にも良さそうだな…。
ノリにノった私は、そのまま一気に京都旅行の計画を立てきってしまった。後で瑞希に、これでいいか聞こう…。
「ちゃんとお母さんには言うのよ、旅行に行く事」
「そんなの分かってるよ~。無断で行ったら心配させちゃうよ」
「私からもちゃんとお願いしておくわ」
その夜、早速私は母親に旅行の話をし、了承を取り付ける事に成功するのだった。
◇ ◆ ◇ ◇
さすがの紅葉シーズン!
京都駅は人で溢れ、バス停は行列が出来ていた。
駅のコインロッカーに大きな荷物を詰め、私達は大徳寺行きのバスに乗り込む。
「真紗、バス混んでるね。大丈夫?」
乗客でぎゅうぎゅうに詰められたバスは、途中で停車しても新たに人を乗せられない程、混み合っていた。
そのような状況の中、目の前には、乗客に背を向け私に眩しい笑顔を向ける瑞希の姿。
動く度にガクガクと揺れる不安定な状態の中、瑞希の右腕が私の腰を抱き、よろけるのを防いでくれた。
なにこれ。ドキドキしちゃうじゃない。
「大丈夫だよ、ありがとう…」
「真紗、おばさんに旅行許して貰えて良かったね」
「うん。瑞希と行くって言ったら、安心してた」
「え? オレと行くって言ったの?」
「言ったよ? お母さん、瑞希に宜しくだって!」
私の母は、娘の私よりもなぜか瑞希の方を信用している。危なっかしい私だけど、瑞希という素敵なお守り役がいれば安心だと思っているようだ。
やがてバスが到着し、私達は大徳寺一帯を散策する事にした。
どこを見渡しても素敵な紅葉が広がる中、とりわけ高桐院は特に綺麗で、入り口や庭園に降り注ぐ紅葉の美しさに、瑞希と2人、息をのんで見惚れるのだった。
計画通りに旅は進んだ。
夕食のレストランは期待以上に美味しく、その後の温泉は、歩き疲れた身体をたっぷりと癒やしてくれた。
最高…。
修学旅行とは段違いの素敵な旅に、私の顔は始終緩みっぱなしだ。隣にいた瑞希も私のプランに喜んでくれたのか、いつ見てもふわりと笑いかけてくれる。
ホテルもゆっくりくつろげた。
人が寝ようとするすぐ真上で、枕が飛び交うサバイバルな修学旅行とはまるで違う。
たっぷり眠った次の日、モーニングで食べたパンはとても美味しくて、お土産代わりに幾つか買って帰る事にした。
こうして私は、過去の苦い記憶を払拭してしまえる程、素敵な京都の旅を過ごす事が出来たのだった。
◇ ◇ ◆ ◇
「はい、これ京都土産」
「サンキュー」
「ついでにこれも返しとく」
先日、真紗と一緒に京都まで旅行に出かけた。
2人きりで泊りの旅行…!
興奮してつい航太に口を滑らせたら、餞別の品を頂いてしまった。
未開封のままつき返す。
「使ってねぇの?」
「使ってないよ」
「…2人でお泊りしときながら、何やってんだよ」
「なーんにもしてない!」
航太にこれを渡された時は腹を立てたものの、最終的には旅行カバンの奥底に忍ばせてしまった。
だって、お泊りするって、OKってことだよね?
期待してしまったオレの感覚は、普通だと信じたい。
「じゃあ、一晩中ずっと同じ部屋で、手も出さずに我慢してたのか? やるな瑞希」
「いや、そもそも、部屋自体が別々だった」
「なんだそりゃ」
真紗が探し出してきたホテルはビジネスホテルの1人部屋だった。
個室なんて、ちょっと贅沢かな?
なんて言って、無邪気に笑う真紗の笑顔が恨めしい。
しかも。ホテルに到着した後、真紗の部屋へお邪魔しに行こうとしたら、疲れたからもう寝ると言って断られた。
まだ21時なんだけど…。
次の日、すっきりした顔をしていたから、たっぷり眠れたのだろう。
「それにしても…なにも俺に返さなくても、持っておけばいいのに」
「いや、もういらないよ。初心に返って高校卒業まで手は出さないと決めた」
「いいのか?」
「いいんだ」
オレと違い、真紗は普通の家庭の女の子だ。
旅行の話が出た時、オレも気持ちが盛り上がったものの、すぐに叶わず終わるだろうと思い直した。
オレの方は簡単だ。旅行の話を切り出しても、誰とどこに行くかすら問われず、当然反対などされなかった。
しかし、真紗の方は親の許しが得られないだろう。
仕方ない、綺麗な紅葉なら近場で探すか。
などと考えていたら、意外とあっさり真紗は親の許しが貰えたようで、次の日には具体的な旅行プランを片手に、笑顔でオレの部屋へとやってきた。
当然オレは、真紗がおばさん達に、女友達と旅に行くと嘘をついたのだと思い込んでいた。
まさか、本当の事を言っていたなんて。
『瑞希と行くって言ったら、安心してた』
……えっ?
どうしてオレと一緒で安心するんだよ…。
『お母さん、瑞希に宜しくだって!』
オレに宜しくって、それは…
可愛い娘に不埒な事はするなって意味だよね?
そう言ってニコニコと笑う真紗の後ろに、おばさんの笑顔が浮かんで見える。
手、出せないじゃん。
まあ物理的にも不可能だったけど。
高校生のうちは、やっぱり早いな、うん。
オレの初期感覚は正しかったんだよ、うん。
そもそも、当の真紗にこれっぽっちもそのつもりがないからな。
「まあ、瑞希がいいなら好きにしろよ。我慢大会でもなんでも頑張れ」
「取り敢えず頑張るために、夜、お風呂上がりに部屋来るなって言っておいた」
「お風呂上がりに部屋来んの? それ、堀浦もその気あるんじゃねーの?」
「ないよ? あと、オレのベッドで横になるなとも言っておいた」
「それ、誘われてるだろ…」
「単純にゴロゴロしてるだけだよ? ダラダラ出来るお気に入りの場所みたいで…。ああ、後はあれも言わなきゃな。休日の朝、着替えもせずパジャマのまま来るなって」
「…………」
「真紗、パジャマの時ってノーブラだから、ほんと焦るんだよね」
「…………」
「オレが寝ている間に、こっそり布団の中に忍び込んで来るのも辞めさせないとな! 朝、目が覚めて隣に真紗がいたら、本当にびっくりするんだよ」
「…………」
「真紗には、全くそんなつもりがないからね。困ったもんだよね」
「そんなつもりがあるようにしか聞こえん…」
真紗を思い浮かべ軽やかに笑うオレに、なぜか航太が同情的な眼差しを向けた。
中途半端な期待を捨てると、なんだか清々しい気持ちになれる。大丈夫、オレは自分を信じる。
真紗との旅は楽しかった。
これまでずっと、外の世界ではそっけなかった真紗が、オレに笑顔を向け一緒に歩いてくれるようになった。
今はまだ、その幸せを噛みしめて満足する事にしようか。
焦らなくても。
もう二度と、離れるつもりはないのだから。




