綺麗な面影(前編)
瑞希昔話回。
幼い頃から、綺麗な顔をしているねと言われ続けてきた。
オレは母親に似たらしい。
オレの母親は綺麗な人だったらしく、叔父から何度も、母親に似て綺麗だと褒められた。
オレとしては、女の子のようだと言われているみたいで、全く嬉しくは無かった。
鏡を覗けば、そこに映るのはまるで少女のような自分の姿。
真っ白な肌にバラ色の頬。
くっきりとした二重瞼に長い睫毛が沢山くっついている。
赤い唇なんて、まるで童話に出てくるお姫様のようだ。
浅黒い肌に切れ長の瞳をした、叔父のような男っぽい顔つきに憧れた。
叔父は、オレの父親の弟なのだが、オレの容姿は一つも叔父に似た所がない。
そもそも、オレの中に父の面影はどこにも無かったのだ。
周りのみんなから、綺麗だね、可愛いねと言われる度、かっこいいと言われたくて、一人称を『僕』から『オレ』に変えてみた。
それでも相変わらず、周囲の子ども達には、女の子のようだと囃し立てられたのだが。
この母親に似た自分の顔が、オレはずっと嫌いだった。
◆ ◇ ◇ ◇
小学3年生になった、とある春の日の事。
学校から帰り、荷物を片付け宿題を始めようとしたら、勉強机に面した窓がガラリと開いた。
「瑞希、あそぼー!」
「真紗?」
真紗が、窓の向こうからひょっこりと顔を出した。
隣の家に住む彼女は、年が同じという事もあり、幼い頃から毎日のように顔を合わせ、一緒に遊ぶ仲だ。
昨日、初めて真紗が屋根伝いにやってきた時は驚いた。危ないよ、と言ってみたけれど全く聞く様子はなく、逆に、私の部屋へおいでよ! と一緒に屋根を渡らされた。
オレの部屋と真紗の部屋は近い。
屋根から屋根へ、移動は意外と簡単だった。
真紗の部屋に到着すると、丁度窓から部屋に入るタイミングでおばさんと鉢合わせをし、オレも一緒に怒られた。
もう、しないでおこう。
靴が玄関にない状態で、オレの姿がおばさんの目に留まれば、一発でばれてしまう。
「真紗、またそこ通ってきたの?」
「そーだよ。玄関回るのめんどーなんだもん」
そう言って真紗は嬉しそうに笑う。めんどくさがりの真紗の事だ。きっと、これからはずっとここを通って来るんだろうな…。
「なにやってんの? 瑞希」
「宿題。真紗はもう終わったの?」
「まだ。だって宿題やってたら遊べなくなっちゃうじゃん」
「先に終わらせてから遊ぶんだよ」
「瑞希、お母さんみたいな事言うね」
不貞腐れる真紗をなだめ、宿題を手に、きちんと玄関から真紗の家にお邪魔する。
おばさんが、笑顔でオレを迎え入れてくれた。
「瑞希くん、いらっしゃい。宿題持ってきたの? えらいわねえ」
母さんはちっともオレに笑いかけてくれないけれど、真紗のお母さんはオレにいつも笑顔を見せてくれる。この人がオレの母さんなら良かったのに。
本当に、真紗が羨ましい。
真紗の部屋に入ると、双子の妹の真琴もいた。
双子なんだけれど、雰囲気や性格はまるで似ていない。
「真紗達、これから宿題するの?」
「そうだよ、真琴も一緒にやる?」
「もう終わったからいいわ。遊びに行ってくる」
そう言って、軽やかに部屋から出て行った。
真琴は、あまりオレ達と一緒に遊ぼうとしない。
外で遊ぶのが好きなようで、公園に行く時くらいしか、ついて来てくれない。
オレ達も、早く宿題終わらせて遊ぼうよ!
そう言って宿題を片付けたのだが、真紗は少しも進んでいない。
算数のプリントが真っ白なまま、手が止まっている。
困っているようなので、解き方を教えていると、おばさんがおやつを持って部屋に入ってきた。
「真紗、瑞希くんに算数教えて貰ってるの?」
「うん。すごいんだよ、宿題がサクサク進んでいくんだよ」
「良かったわねえ…出来のいい幼なじみがいて。瑞希くん、出来の悪い娘だけど、見捨てないでやってね」
「お母さん! 出来が悪いってどういう事よ、もー!」
返事に困り、取り敢えずにこやかな笑顔を向けると、おばさんは満足そうに微笑み部屋を出て行った。
真紗は頬を風船のように膨らませている。
「こうなったら、おやつ食べよう、おやつ!」
真紗が、早速おやつに手を伸ばそうとしたので、取り上げる。
「えー! なんでよ、私のおやつ…」
「もう少しで宿題終わるだろ。終わらせてから食べようよ。今食べたらプリントも汚れるよ」
「瑞希、ほんとにお母さんみたいな事言うね…」
その後、程なく宿題を終えたオレ達は、おやつを食べながら、今日は何をして遊ぶか2人で話し合いをするのだった。
◇ ◆ ◇ ◇
その日の夜、夜中にふと目が覚めて一階へ降りた。
トイレに行った後、再び2階の自室へ戻ろうとすると、リビングの方から、母の怒鳴る声とそれを宥める父の声が漏れ聞こえてきた。
「無理よ。あんな子、可愛いとは思えない」
「可愛い顔してるじゃないか。天使のようだとよく褒められるぞ」
「綺麗すぎるのよ、あの子は。人形の子みたいで気味が悪いわ」
2人の喧嘩はいつもの事だ。
どうやらオレが原因のようだ。これまたいつもの事だ。
母はオレの事が好きではない。
はっきり言ってしまえば、嫌いなんだと思う。
オレが良い子にしていないからだと、幼い頃はずっと思って過ごしていた。しかし何をどうしても、母がオレに優しく笑いかけてくれる事はなかった。
オレそのものが嫌いなのだと、最近になってその事実にようやく気づく。
母も、オレの顔が嫌いなのか。
そんなのもう、どうする事も出来ないじゃないか。
これ以上耳にするのが辛くなってきたオレは、階段の元へ向かおうと、リビングから背を向けたその時。
それが聞こえた。
「そう言って、あなたはいつもいつも逃げるんだから。一緒に病院だって行ってくれない!」
「もういいじゃないか、瑞希を自分の子だと思えば」
なんだ、この会話は。
頭を殴られたような衝撃に襲われ、思わずその場にへたり込む。
オレの存在に気付いていない2人の言葉は止まらない。
「せめてあの子がもう少し義兄さんに――あなたに似ていたら私も……」
………っ!
その一言に、弾かれるようにオレは二階へと駆け上がる。
その日の夜はもう、眠りに就く事が出来なかった。




