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プールに行こうよ


 うだるように暑い暑い夏休みの最中(さなか)


 今日も補習の後、瑞希の部屋へとやってきた。

 課題もまだ残っているし、夏休みのワークもついでに頼る事にした。


 簡易テーブルに勉強道具を広げ、準備をしていると、瑞希がアイスティーとクッキーを持って部屋に入り、勉強机の上に乗せた。

 おいしそう…。

 頬が緩む私と対照的に、瑞希の表情はなぜか固い。



「ねえ、真紗(ますず)

「なに?」

「昨日の事、覚えてる?」

「………うん」


 せっかく忘れてたのに!

 昨日の出来事を思い出し、思わず頬が赤くなる。


 昨日。

 瑞希にドキドキさせられ、血迷った私は、うっかり瑞希の頬に唇をぶつけてしまった。

 ギリギリで止める予定だったんだけど。

 さっすが残念な私! 上手くいかず、予定は予定のまま終わってしまった…。


 瑞希だって、避けてくれたら良かったのに。


 いや、悪いのは私の方だ。

 瑞希もきっと、私が途中で止めるだろうと、タカを括っていたに違いない。

 本当にされちゃって、驚いただろうな。

 怒られ無かっただけでも、有り難いと思わなくちゃ…。


 ……。


 そういえば、昨日は私の方が怒っちゃったな。

 最低だな、私。


 ああもう! もっかい忘れたい。



「その、返事は…?」

「ごめんなさいっ!」

「うっ……」

「もうあれは、お互い忘れようよ。無かったことにしよ! そうしよ」

「………分かった」

 

 瑞希が、なんだか暗い雰囲気で俯いている。

 もしかして、私の態度に呆れてる?

 もっと真面目に謝って貰えると思っていたのかな。


「本当にごめんね、瑞希。私も、悪いとは思ってるんだ」

「いや、真紗が悪い訳じゃないから…謝る必要はないよ」

「許してくれるの?」

「許すも許さないもないよ。仕方がないよね…」

「ありがとう! じゃあ数学、夏休みのワークの分もお願い」


 にっこり笑ってワークまで頼ろうとした私に、瑞希はふんわりと笑いかけてくれる。


 相変わらず瑞希は優しいな。

 どう考えても私が悪かったのに、責めないんだ。

 その優しさに付け込んで、ちゃっかり数学のお願い混ぜ込む私がなんだか、酷い女に思えてくるよ。


「オレはいいけど……真紗はいいの? まだオレと勉強してくれるの?」

「私は大丈夫。忘れるのは得意で数学は苦手なんだ」

「知ってる……」

「ああそうだ、数学とはまた別に、お願いがあるんだけど」

「なに?」

「一緒にプール行こ」

「……え?」

「だから、一緒にプール行こ! なっちゃんも一緒に3人で。なんなら、瑞希も友達誘って4人て行く?」


 瑞希が首を傾げて、不思議なものを見る目つきをしている。

 そんなに変な事言ったっけ?


「やっぱり、嫌?」

「い…嫌じゃない…」

「じゃあ、今度の日曜にね。暑いからきっと気持ちいいよ~」


 瑞希は、やっぱり変な顔をして、私の顔をまじまじと見続けるのだった。




     ◆ ◇ ◇ ◇




「珍しいな。瑞希が俺の家来るなんて、何があったんだ?」

「航太……」

「悪いが、胸は貸さねえぞ」

「いらないよ、航太の胸なんて」


 オレの冴えない表情を見て、察したのか、航太が憐憫の眼差しをオレに向けた。


「オレ、真紗に言ったよ。好きって」

「そうか」

「すっぱり断られたよ。はー、振られた振られた」


 直前まで、いけると思ったんだけどなあ!


 あの日。真紗の方からオレを抱きしめてきて、オレの頬に唇を当て、顔を赤らめオレを見つめているなんて。

 普通、イケると思っちゃうよね?

 想いを伝えたら何故か怒り出して。

 それでも次の日、やっぱり勉強をしにオレの部屋にやって来るので。

 僅かばかりの期待を胸に、改めて返事を聞いたら、ごめんなさいと何度も言われ。


 ああもう。これ以上ないくらいきっぱりと、振られてしまった。

 

「まあ、気、落とすなよ」

「ありがとう、航太にしては優しいね。でさ、真紗にプール誘われたんだ」

「は? 振られたんじゃなかったの? なにデートの誘い受けてんだよ」

「振られたよ。で、それとは別に、プール一緒に行こうって言われて」

「それ、実は振られてねーだろ。振った相手とプールなんて普通行かねーよ。どう考えてもその流れはカップルになってんじゃん」

「振られてるよ。ごめんとか、無かったことにしようとか、忘れたいとか言われたんだからさ。言ってて悲しくなってきた…」

「まあ、振られた事にしておいてやるけどさ」


 航太が疑わしそうにオレを見る。

 振られて無いなら良かったんだけどね、拒絶の言葉しか聞けなかったからね!

 

 でも、オレも正直、拍子抜けはした。

 真紗に告白して、振られてしまったその時は、今の関係が終わる事を覚悟した。オレの部屋に真紗が来て、一緒に勉強をする事も無くなるんだろうな、なんて暗い気持ちでいた。


 繋がりが失われてしまうと思っていたからこそ、踏み出せずにいた訳で。


 それなのに。


 勉強会は続けてくれるつもりみたいだし。

 それどころか、プールまで一緒に行こうと言ってくれた。

 どうなってんの?

 初詣も夏祭りも、お出かけの類は誘っても断られ続けていたのに、こうなって初めて真紗の方から誘い掛けてくれるなんて、オレにもさっぱり分からない。


「でさ。航太にも一緒に来て欲しいんだ、プール」

「なんで俺が、お前と堀浦とのデートについて行かなきゃならんのだ」

「だからデートじゃないって! 足立さんも来るから、オレも友達誘うよう言われたんだよ」

「足立か………」

「真紗だけで来るなら、そりゃ、オレも1人で行くよ。でも足立さんが来るなら、オレ1人ってものちょっと……」


 真紗と2人きりでプールかと、最初は期待していたけれど、そこまで現実は甘くなかったようだ。

 足立さんも一緒か…。よりによって、真紗はオレの苦手な足立さんと仲がよい。


「足立って、前に告白してきた子だろ? 可愛い子だよな。掘浦忘れるのに丁度いいじゃん」

「まだ忘れる気ないから! 航太の言う通り、中学卒業後に期待してみる事にした」

「瑞希、すっぱり振られたのにすっぱり諦めねえんだな。足立にしとけばいいのに」

「足立さん苦手なんだよ、はっきり断ってるのにグイグイ来るし…。だからこそ航太に頼んでるんじゃないか、オレ1人だと怖いから」

「瑞希、足立と同じ事しようとしてるんだぜ…」


 うっ……


 簡単に諦め切れるなら、ここまで悩んでいないからね。

 今まで通りの関係を続けてくれるのなら。

 これから振り向かせられるだろうか、なんて、淡い期待をしてしまう。


「足立は可愛いけど、俺の好みじゃないんだけどな」

「そんな事言わずについてきてよ!」

「あーはいはい、分かった分かった。胸貸す代わりに、ついていってやるよ」

「ありがとう…」


 航太と日曜の約束を無事取り付け、ほっとする。

 オレに対する風当たりは強いけれど、航太は、何だかんだ言ってオレの味方をしてくれる。


「今日はありがとう、航太。話色々聞いて貰って。じゃ、帰るよ」

「早いな。もっとゆっくりしていけばいいのに」

「そろそろ補習から帰って来た真紗が、オレの部屋に来るからね。待っておかないと」

「へ? 堀浦、今日も瑞希の部屋来んの?」

「来るよ? 帰りにスーパー寄って、おやつ用意しておかないとな。今日は何にしようかな」

「……お前ら、実は付き合ってんだろ…」


 暑いからアイスにしようかな。

 バニラもいいけれど、ここまで暑い日なら、シャーベットの方が喜んでもらえるかな。

 

 真紗が嬉しそうにアイスを頬張る姿を思い浮かべながら、航太の家を後にするのだった。

 



     ◆ ◇ ◇ ◇ 




 瑞希をプールに誘ってしまった。


 どうしよう。

 お金のない私達中学生が行けるプールなんて、市民プールが関の山だ。

 当然、家から近い。自転車で行ける距離だ。

 同じ中学の子に出会っちゃうかな。


 ……。


 小学生ならいざ知らず、中学生にもなってプールに行く子なんて、いないよね?

 いないと思う。いないんじゃないかな。

 いないという事にしておこう。


 修学旅行の間ずっと、私はなっちゃんを放置して、瑞希から逃げ回っていた。

 そんな私を、旅行から帰り日常に戻った後も、なっちゃんは責めず普段通りに接してくれた。

 だから、ずっと忘れていたけれど。

 瑞希に謝って、私はようやく、もっと謝らないといけない人がいる事に気付く。


 ごめんね、なっちゃん。


 私と同じく数学の苦手ななっちゃんも、私と同じく夏休みは補習だ。

 毎日学校で顔を合わせる。

 帰り道、なっちゃんに、今更だけど謝る事にした。


 

「修学旅行の間ずっと、一人にさせてごめんね、なっちゃん」


 なっちゃんは、にっこりと笑ってくれた。


「いいのよ、真紗(ますず)さん。瑞希くんと一緒にプールへ行けるのなら、私は全てを水に流せるわ」


 えー!!


 瑞希とプール?


「それは…誘ってもいいけど、来るかどうか分からないよ?」

「来るわ。真紗さんが誘えば瑞希くんは絶対来るわ」

「その自信はどこから来るの、なっちゃん…」



 

 断られるんじゃない?


 なんて軽い気持ちで誘ってみた。

 誘った瞬間、ヘンな顔をしたから、ああやっぱり嫌なんだよ、なんて思っていたのに。


 オッケーされてしまった。

 どうしよう。


 まあ、なるようにしかならないか…。


 取り敢えず、現地集合を提案しよう。

 家からプールまでずっと瑞希と一緒とか、誰かに見られたら、言い訳出来ないしね。

 集合時間ギリギリに向かおう。


 瑞希はきっと、30分くらい早くつくはずだから。





 帰宅するとすぐシャワーを浴び、さっぱりしてから窓を乗り越えると、冷たくて美味しそうな、ゆずのシャーベットが私を待っていた。


 わーい。


 のどをひんやりとしたものが通り、身体がすっきりと冷えていく。


「真紗、日曜だけど、航太も来るって」

「了解~。現地に10時集合ね」

「オレ達も、現地?」

「現地」


 不満げな瑞希をスルーし、私は、今日も数字の課題を手伝って貰うのだった。






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