反則の好きだよ
えっ……。
真紗が突然、オレに抱きついてきた。
柔らかい胸元がオレの顔面に押し当てられ、その甘い香りと弾力のある感触に、意識が飛びそうになる。
あれ、今、夢の最中なんだっけ?
確か、期末テストの数学で酷い点数を取った真紗が、夏休みに補習を受ける事になり、そこで出された特別課題をこなす為、オレの部屋で一緒に勉強をしていたんだよね。
てことは現実?
都合の良い夢にしか思えないんだけど。
暑い時期なのと、真紗の締め方がきつめなせいもあり、少々息苦しいのだが、抵抗はせずオレはされるがままでいた。
むしろ、もっとこのままでいたい…!
二年前と比べ、身長は左程変化していないのに、目の前のボリュームは増している。
成長したな、真紗…。
思わず手が伸び、真紗の腰に両腕を絡め、抱きしめ返す。
真紗の身体がびくんと跳ね、オレを抱き締める腕が緩んだ。
顔に当てられた幸せな感触が剥がれていく。
真紗と目が合う。
目を開き、真っ赤な顔をした真紗がいる。
なんなんだ、この表情は。
もしかして、真紗、オレの事好きなの?
今度は真紗の顔がオレに近づいてきた。
戸惑う俺の頬に、柔らかくて温かなものが触れる。
――――真紗の、唇だ。
真っ赤になるオレの目と、同じく真っ赤な顔をした真紗の目が、再びぶつかり合う。
これは、今だ。
あの日は結局、告白出来ずに終えてしまった。
今こそ、改めて告白し直す時じゃないか。
気合を入れて、その一言をオレは告げた。
「好きだよ、真紗」
真紗からいい返事が返って来ると思い込んでいたオレは、そう告げると同時に真紗の唇に顔を寄せる。
夢の中に居たオレを、あっさりと打ち砕く声が聞こえた。
「うわ、何それずるい! 反則!」
いつも通りの真紗が、オレの顔を理不尽に叩き、何故か怒り出すのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
瑞希の助けを借りず、挑戦した期末テスト。
結果は散々だった。真琴の言う通り、私の夏休みは補習となった。
暑い中登校するだけでもウンザリなのに、更に課題までどっさりと渡される。
こんなの、1人で乗り切れない。
折角仲直りした事だし、早速瑞希の助けを借りる事にした。
都合いいよね、私。
つい最近まで無視しておいて、こういう時ばかり頼って!
なんて怒られる事も想定していたけど、何故か瑞希の顔はにこやかだった。
普通は怒る所だよね?
どうしてそんなに笑顔でいられるのか、私が言うのもなんだけど、全く意味が分からない。
もしかして、勉強教えるの、好きなのかな?
なっちゃんも補習仲間だ。今頃課題に苦しんでいるだろう。
なっちゃんも一緒に教えてあげて! って頼んでみようかな。
「急だったから、おやつの用意はないんだ。ごめんね」
そう言って、瑞希が、氷の入った冷たい麦茶を持ってきてくれた。
おやつの用意がなくて、瑞希が謝る意味が全く分からないんだけど、取り敢えず愛想笑いで誤魔化してみる。そりゃ、あれば嬉しいけどさ。
数学の課題を広げ、さっき思いついた事を瑞希に聞いてみた。
「ねえ、なっちゃんも一緒に勉強教えてあげて欲しいんだけど、だめ?」
「―――えっ?」
瑞希が、明らかに戸惑った表情をしている。
反応を見るからに、感触は良くなさそうだ。
「なっちゃん、私と同じで数学苦手なんだ。補習仲間なんだよ」
「だめ」
渋い顔をして、瑞希が即答した。
えー、駄目なの?
「オレ、真紗だから教えてるんだけど。他の子に教える気はないよ」
どきん。
そう言って、瑞希が、真面目な顔をしてじっと私を見つめる。
何その言い方。他意はないと分かっていても、ドキドキしちゃうんだから。
こういうのが嫌だっていうのに……!
『自分からしちゃえば、割と平気だったりするのよ?』
そう言えば、以前試してみた時は、真琴の言う通りドキドキはすんなりと治まった。瑞希の反応は、熱中症にかかっていたようなので、よく分からなかったけど。
ドキドキさせられてばかりなのって、腹立つのよね。
逆の立場に立てば、私の気持ちも少しは理解して、こういう事やめてくれるかな?
思い立ったが吉日。私は瑞希のそばへと向かう事にした。
綺麗な眉根を寄せ、瑞希は不思議そうに私を見つめる。
息を大きく吸い込んだ。
えいっ!
瑞希の頭をぎゅっと抱きしめる。
瑞希の身体は私より大きいので、胴体を完全にホールドするのは体格的に無理があるかもしれないけれど、頭ならいける!
今までの恨みを晴らすような気持ちで、ぎゅうぎゅうに締め上げてやった。
瑞希はじっとしたまま、動かない。
少しは戸惑って、ドキドキしてるかな?
まさか……窒息なんてしてないよね?
少し不安になった私の腰に、瑞希の腕が絡みついてくる。
どきん。
うわ、やられた。仕返しだ。
さっきまでの余裕がどこへやら、急にドキドキと心臓が踊りだしてきた。
瑞希を締める腕の力が緩み、瑞希の顔が私の身体から離れていく。
ここで怯んだら私の負けだ。
瑞希みたいにキスの真似でもしてやろうか。でも……唇に向かうのは、ちょっと、勇気がでないな。
頬っぺた辺りが妥協できる範囲かな。
頬で対抗出来るかな…。
覚悟を決めて、瑞希の頬に唇を近づける。
ギリギリまで近づけば、驚いた瑞希が真っ赤になって離れようとするだろう。
でも、なぜか、瑞希は動かない。
なにこれ、チキンレースでもしてるんだっけ?
負けそうなんだけど私。当たりそうなんだけど…。
ちゅっ。
ぎゃあ!!
あと少しの所で止めようと咄嗟に思ったものの、間に合わず唇が瑞希の頬に触れてしまった。
いや、なに、本当にやっちゃったじゃん!!
瑞希の顔が真っ赤に染まっている。
染まる前に逃げてよ!
私の顔も染まっているから、これは勝っている事にならなさそうだ。
引き分けかな…なんて溜息をつきかけた私に、瑞希が囁く。
「好きだよ、真紗」
どっきん。
なにその一言。なんて強烈な反撃の一言。
私、完膚なきまでに叩きのめされた気分……。
敗北感に打ちのめされた私に、瑞希が顔を近づけてくる。
ええ? どう見ても私の敗北なのに、まだ追い込んでくる気か。瑞希ってば鬼だったんだな…。
それね、さっきの頬で分かると思うけれど、一歩間違えると事故るから。
そっちは、頬と違ってシャレにならないから止めた方がいいよ?
しかし、瑞希の顔は止まらない。
「うわ、何それずるい! 反則!」
慌てて瑞希の顔面を叩く。
完全敗北に、腹が立ってきた。
どうして、どうして私は瑞希に勝てないんだ…!
今回ばかりは、自分の勝利を確信したのに。
◇ ◆ ◇ ◇
「ねえ、真琴」
「なあに、真紗」
「前に真琴が言ったアレ、やってみたんだけど。自分からすればってやつ」
「え、ホントにやったの? 真紗」
「瑞希相手では難易度が高いようなので、やっぱやめとくわ」
「瑞希にしたの?」
「反撃されるだけで終わっちゃった。あんな事しても勝てないと身をもって知りました…」
「ホントにするとは思わなかったわ、冗談だったのに…」
「ええ? 冗談だったの、真琴!」
ミイラ取りがミイラにしかならない、私だと。
もう2度とあんな事はしない。私は、そう固く誓うのだった。




