京の街を、君と歩きたくて 3
「真紗ってば、瑞希に恋をしているの?」
今日も今日とて、1人、数学と奮闘していたら、真琴にとんでもない事を言われてしまった。
違うし!
「瑞希相手に、恋とか……するわけ無いじゃん! 違うよ」
「ふーん。だって、修学旅行終わってからずっと、瑞希のこと避けてるじゃない」
どきっ。
真琴は鋭い。私の行動、全て覗かれているんじゃないかと、たまに真剣に疑う。
「試験勉強も、いつもなら瑞希の部屋に行くのに、1人篭ってやってるし…てっきり、瑞希を意識して近寄れなくなっちゃったのかと思ったわ」
「そんな事ないよ! い…意識なんてしてない」
「ほんと?」
「ほんと!」
「ドキドキしてる訳じゃないの?」
「してる訳じゃないの!」
「じゃあ、避けなくてもいいじゃない」
ぐっ…
真琴が、疑わしげに私をちらりと見る。真琴の視線に、心の奥底まで見透かされている様な気がしてくる。
「そうそう、ヘアピン貰っておいて、ちゃんとお礼言ったの?」
「……言ってない」
「ちゃんと言わなきゃ駄目よ」
「今度会ったら、言う…」
「瑞希から逃げ回るの、やめにするのね」
「………」
「まあ、別に瑞希の事何とも思っていないなら、逃げる必要ないものね」
どうしよう。
ここで避け続けたら、真琴の言った事が、図星みたいに思われてしまう…。
別に、瑞希に恋とかしている訳じゃないし。
そりゃ、ちょっとドキドキしちゃったけどさ。
私も年頃の女の子だし、あんな事されたら仕方ないと思うの。
うん、私のせいじゃない!
「ねえ、ドキドキしない方法、知ってる?」
オクターブ低い声で、真琴が呟く。
何その方法! それ、知りたい…。
「な、何よそれ…」
「自分からしちゃうのよ」
「は?」
「向こうからされるとドキドキするような事でも、自分からしちゃえば、割と平気だったりするのよ?」
自分からって、何?
ギュっとされそうになったら、こっちからギュっとしてしまえって事?
うーん。
言われてみれば、その通りかもしれない。要は、主導権を握った方が余裕でいられるって話よね。
「まあ、それはそれとして」
真琴の声のトーンが元に戻る。
「真紗、瑞希に会ったら、お礼もそうだけど、お詫びもちゃんとするのよ?」
「なによお詫びって…」
「嵐山で酷い事言ってたじゃない。謝った方がいいんじゃない?」
「って!! 聞いてたの真琴!?」
「私だけじゃないわ、私の班のメンツみんなで聞いてました」
「いやっ、何聞いてんの…」
「だって、丁度、渡月橋の観光していた所だったんだもの」
謝る、かあ……。
確かに、瑞希にはひどい事を言ってしまった。
触れられたく無い事を追及されて、思わずあんな事を言ったけれど、何が悪いかと言えば…。
部屋の端に置いてある姿見に、ちらりと目を向ける。
あれは、私自身の問題だ。
それなのに…。
八つ当たりしちゃったかな。
次、顔合わせたら、謝るかあ…。
学校では、人目があるから嫌だな。
家? でも、部屋行くのは気が進まないな…。
まあ、そのうち、そのうちね。
そんなこんなで日は悪戯に過ぎて行き、瑞希と顔を合わせないまま、テストは終了していくのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
「ふー、嫌なテストも今日で終わりかぁ」
テストが終わると夏休みがやって来る。
今年の夏休みは憂鬱だ。
だって絶対、数学の補習が私を待ってるしね! テスト、全然解けなかった…。
憂鬱な気持ちを、同士であるなっちゃんとひとしきり語り合った後、肩を落とし自宅へと向かう。
沈んだ気分で家に戻ると、玄関先に瑞希の姿を発見した。
あれ、瑞希がこんなとこにいる。
瑞希が座っているせいか、門を開け中に入るまでまるで気づけなかった。
「瑞希?」
「真紗、メモ見てくれた? 真紗にどうしても言いたい事があって…」
メモって何?
瑞希から渡されたものと言えば、ヘアピンだけど、あの中に一緒に入っていたのかな。
全く気付かなかった。
もうあの袋捨てちゃったから、分からないけど…。
瑞希が立ちあがり、私の側までやってこようとする。
いやだ!
咄嗟に玄関の扉前まで階段を駆け上がる。
扉に手を掛けようとしたところで、真琴の言葉を思い出した。
『瑞希の事何とも思っていないなら、逃げる必要もないものね』
そうだ。私は何とも思っていない。
逃げる必要なんて、ない。
…真琴の言う通り、謝らないと…。
「瑞希、ごめんね」
瑞希が驚いた顔をしている。
ああそうだ、お礼も言わないと…。
なんだかちょっと、照れくさい。
「その、ヘアピンありがとう。ずっと避けてて、ごめん…」
「真紗、オレも真紗に謝りたかったんだ。今までずっと、中途半端な事ばかりしてごめん…」
「瑞希?」
中途半端って、何?
私、瑞希に、謝られるような何かされたっけ。
「オレ、オレ、真紗が……」
何故だか、瑞希が真っ赤な顔をしている。
夏の日差しに照り付けられ、のぼせているのかも知れない。
今日も暑いしね。駄話をして帰るのが遅れた私をずっと、この暑い中待っててくれたのかな。
「オレ…」
「ちょっと、瑞希、大丈夫?」
「いだっ!!」
何かを言いかけている瑞希に気を取られていたら、勢いよく扉が開き、背中を打った。
突き飛ばされて瑞希の上に降りかかる。
うわ!
瑞希にぶつかり、段差のせいで身長差がなくなっていたせいか、私の頬と、瑞希の頬が当たる。
なにこれ、早速ドキドキしてしまう…!
これ、嫌なんだけど。なんとかしたいんだけど…!
「あ、ごめんなさい真紗。扉のまん前にいるとは思わなかったわ…大丈夫?」
真琴め…!
痛くてたまらず、不本意ながら、瑞希の腕の中で痛みをこらえていたのだけど、真琴の声で思い出した。
『自分からしちゃえば、割と平気だったりするのよ?』
それって。それって、こういう事…?
瑞希の腕の中から抜け出し、勢いよく瑞希にしがみつく。
ええい、ギュっとしてやれ…!
瑞希が顔を真っ赤にして、呆然と私を見つめている。
ふふん。
真琴の言う事、当たってるかも。なんだか余裕だわ、今の私。
ドキドキしないぞ!
「な、何してんの、真紗…」
「真琴が、こうすればいいって言うから…」
真琴が呆れた顔で私を見た。
「真紗、それはちょっと後にして、瑞希を家の中に入れてあげないと駄目よ」
「真琴?」
「瑞希、熱中症になっちゃってると思うわ」
「ええ!」
私に抱き付かれ、焦って真っ赤になったと思っていたのに…熱中症かあ!
なーんだ。つまんないの。
「エアコンの効いたリビングに連れて行くわよ!」
「らじゃ!」
よろよろとした足取りの瑞希を、私と真琴で支えながら、なんとかリビングのソファまで運ぶのだった。
◇ ◆ ◇ ◇
おでこに冷えピタを貼り、ソファの上でうなされている瑞希の顔を、ひょっこりと覗き込む。
「真紗…ごめん、京都、一緒に見たくて…」
「なに、京都?」
「ごめん…」
「京都かあ。結局、あまりちゃんと観光できなかったな。また今度ゆっくり、行きたいなあ…」
ふとなっちゃんを思い出した。
今回の旅、一番可哀想だったのはなっちゃんだな。
私、ずっと、なっちゃん放ったらかしにしてた。
埋め合わせしなきゃ…。
「京都、一緒に行こうよ、真紗…」
「うん、行こうねえ、なっちゃんと3人で…」
なっちゃん、ごめんね…。
そのうち、一緒に行こうね。瑞希も連れて行ってあげるからね。
って、ダメじゃん。遠いよ京都。日帰り出来る所じゃないと。
しょうがない。夏休み、市民プールでも一緒に行くか。
なっちゃんと2人で…。
ふらふらの瑞希を見ているうちに、私の感情が落ち着いてきたようで、なんとなく私達は元の関係に戻るのだった。




