京の街を、君と歩きたくて 2
明日から期末テストが始まる。
相変わらず真紗が部屋にくる事は無く、ヘアピンも渡せないでいた。
コンコンコン。
窓をノックする音が聞こえ、反射的に振り向き声が出る。
「真紗っ?」
窓の向こうにいた人物が、オレをじろりと軽く睨み付けた。
「真紗じゃ無くて悪かったわね」
「あ、ごめん真琴」
真琴が、単独でオレの部屋にやってくるのは珍しい。
どうぞとも言っていないのだが、当然のようにするりと窓をすり抜け、真琴は部屋へとやってきた。
「窓閉めてくれる? もうすぐ真紗が帰ってくるから」
真琴の威圧するような声色に押され、言われるがまま窓を閉める。
どうやら、真紗に聞かれたくない話があるようだ。
真琴は真紗と双子なのだが、余り似ていない。
顔のベースは同じだし、背格好は似ているのだけど、纏う空気がまるで違う。能天気な真紗と比べ、真琴は全体的に鋭い感じがする。
正直、真琴は苦手だ。
単純で分かりやすい真紗と比べ、真琴は何を考えているのか、付き合いの長いオレにもよく分からない。
真琴が、キリリとした瞳をオレに向ける。
何言われるんだろう……。
コワイ。
身構えているオレを見据えていた真琴の瞳が、ふっと緩んだ。
「そんなに怯えた顔しなくたっていいのよ。私、瑞希にお願いがあって来たんだから」
「へ? お願い?」
「真紗の事許してやって欲しいの」
なんだなんだ? 許すも許さないも、真紗がオレを許してくれていないようなんだけど…。
訝しげに真琴を見つめるオレに、ニヤリと軽く笑い、真琴が口を開ける。
「私に近寄らないで、話しかけてこないで、もう瑞希の部屋にも行かないから!」
!!!!!
「真琴、それ、それ、どこで……」
「結構酷い言い草よね。それからずっと無視されてんでしょ? 瑞希も可哀想にね」
「なんでそんなこと知ってんだよ……!!」
「だって、私たちの班も、修学旅行の自由行動は嵐山だったんだもの」
見られてた……!
「何があったか知らないけど、真紗、修学旅行から帰ってからずっと、元気ないのよね。そろそろ仲直りして欲しいと思って」
「オレは仲直りしたいんだけど、真紗が逃げ回ってんだよ…。オレも謝りたいんだけど…」
「謝るって、真紗に何かしたの? 瑞希」
「いや、その…」
真琴がじろりとオレを睨む。
蛇に睨まれた蛙の如く、オレの身が縮む。
「まあ、済んだ事はもういいわ。真紗に、瑞希に謝る様言っておくから、よろしく頼むわよ?」
え、真紗に謝って貰えるの、オレ?
無理じゃない? あの状態の真紗をどうやって謝らせる気なんだよ、真琴…。
そりゃ、元に戻れるなら、嬉しいけど。
ふとズボンのポケットの中身に、意識が向いた。
そうだ、これを渡そう。
「オレも、真琴にお願いがあるんだ」
「何?」
ズボンのポケットから、ずっと真紗に渡そうと思っていた小さな紙袋を取り出し、封を開ける。オレは一枚のメモに文章をしたため、そっと忍ばせ再び封をし直した。
「これ、…真紗に渡してくれないかな?」
真琴は軽く頷いた。
◆ ◇ ◇ ◇
『話があるので会って欲しい。テスト最終日、真紗の家の玄関前で待っています』
ヘアピンと共に、そう書いたメモを紙袋の中に入れたオレは、密かな決意をした。
真紗に謝ろう。
そして―――――真紗に、好きって言おう。
◇ ◆ ◇ ◇
上の空で試験を終わらせ、帰宅したオレは、ドキドキしながら隣の家の玄関先へと向かった。
ダッシュで帰って来たせいか、チャイムを鳴らしても誰も出てこない。
扉の前で暫く待っていると、人影が見えた。
「瑞希、どうしたの? こんなとこで」
「真琴…。ちょっと、真紗を待っているんだ。まだ帰ってきてないよね?」
「まだよ。ふうん、頑張って」
返事代わりに軽く笑顔を向けると、真琴もにっと笑い、家の中へと消えて行った。
じりじりとした夏の日差しに照らされ、たまらず座り込む。
体が日陰に入り、少し熱が取れる。
真紗が来たら、まずは謝ろう。
そして、そして…。
今日こそ、真紗に、オレの気持ち、伝えよう…。
なんだか動悸がしてくる。
ガチャ。
門が開く音が聞こえた。真紗だ!
勢いよく立ち上がり、門付近へと移動する。暑さのせいか、なんだかくらりとくる。
「瑞希?」
「真紗、メモ見てくれた? 真紗にどうしても言いたい事があって…」
訝しげに眉根を寄せた後、真紗はオレを通り越し、玄関前の階段を登る。
扉の前まで登り、そのまま家の中へ入ってしまうのかと気落ちしていたら、そこで真紗の動きは止まった。
「瑞希、ごめんね」
―――えっ?
真紗がオレに謝ってる。なにこれ、どんなマジック?
呆然としたまま、よろよろとオレも階段を登り、真紗の側へ行く。
「その、ヘアピンありがとう。ずっと避けてて、ごめん…」
俯いて、少しもじもじとした真紗の姿が目に映る。
真琴、凄すぎるだろ……。
「真紗、オレも真紗に謝りたかったんだ。今までずっと、中途半端な事ばかりしてごめん…」
「瑞希?」
「オレ、オレ、真紗が……」
動悸が、やばい。
なんだか頭がクラクラしてくる。
のどが渇いてひりついて、声が出てこない。
オレ、今、相当緊張してる……
「オレ…」
「ちょっと、瑞希、大丈夫?」
「いだっ!!」
好きの一言を搾り出そうとしたオレの目の前で、勢いよく扉が開き、真琴が姿を現した。
開いた扉に突き飛ばされた真紗が、オレの上から降ってくる。
うわ!
段差で身長差がなくなっていたせいか、咄嗟にキャッチしたオレの頬と、真紗の頬が触れる。
動悸が酷くなってきた。
「あ、ごめんなさい真紗。扉のまん前にいるとは思わなかったわ…大丈夫?」
オレの腕の中で痛そうにじっとしていた真紗が、身を起こし、オレから離れたと思った途端、今度は真紗の方からオレに抱きついてきた。
えっ、これ、なんのご褒美……。
真っ赤になったオレを見つめる真紗は、何故だか不敵に笑っている。
「な、何してんの、真紗…」
「真琴が、こうすればいいって言うから…」
だから真琴、どうやってこんなマジック使ったんだよ。オレに教えて…。
あ、だめだ。幸せすぎて眩暈がしてきた。
告白しようと思ったはずなのに。言わなきゃ、言わなきゃ…。
「真紗、それはちょっと後にして、瑞希を家の中に入れてあげないと駄目よ」
「真琴?」
「瑞希、熱中症になっちゃってると思うわ」
「ええ!」
「エアコンの効いたリビングに連れて行くわよ!」
「らじゃ!」
なんだか目を回しているうちに。
何故だか真紗との仲直りは済み、そしてオレは結局、真紗に想いを伝える事は出来ずに終えたのだった。




