京の街を歩いて 3
タクシーが次の目的地に到着し、車から降りると、8人の同じ中学の子達が私達の目の前に立ち並んでいた。
さっきと全く同じメンツだ。
榊さん達3人組と、なっちゃん。
綾川さん達3人組と、瑞希。
車から降りた吉岡さんが、嬉しそうに綾川さん達の所に行き、仲良くお喋りしている姿を見て、確信してしまった。
2グループ同じコースで回るのかと思っていたけれど、違う。
これ、綾川さんの班も含めて、3グループ同じコースで組まれていたんだ…!
驚く様子の無いなっちゃんを見て、納得をした。なっちゃんは事前に知らされてたんだ。
「真紗たちも一緒なんだね」
さっきの出来事が無かったかのように、いつも通りのふんわり笑顔で、瑞希は私に話しかける。
私はあんなに動揺してしまったのに、瑞希は何でもなかったような顔をしていて、なんだか悔しい。
「瑞希たち、この後、嵐山行くの?」
「そうだよ」
……やっぱり!
晴明神社だけなら、まだ納得できる。
嵐山もまあ、人気の場所だし、理解できる。
でも、お香体験なんて、偶然で被る訳がないんだ……!
綾川さんと吉岡さんの様子を見るからに、嵐山のルートも、きっと同じなのだろう。
瑞希と離れたいのに、離れられない。
お香体験の予約時間は10時30分からだ。
晴明神社からここまでは意外と近く、20分も速く到着してしまった。
店の前で、12人がだらだら、お喋りしながら開店を待つ。
気まずい20分。
私の気持ちも知らず、瑞希がいつもの調子で話し掛けてくる。
「今日のルート、真紗とずっと一緒なんだね。女子ばかりの中でどうしようかと思ってたけど、真紗がいて良かった」
そう言って、瑞希が私に、花びらが舞うようなふわりとした笑顔を向けた。
この素敵な笑顔を目の前にし、他の女の子達が吐息を漏らす。
私の方を向いたまま笑う瑞希には、見えていない様だけれど、ちらりと周囲を見回した私にはそれが見えてしまった。
綾川さん達の怖い顔を。
吉岡さん達の訝しげな表情を。
榊さん達の含むような目を。
みんな押し黙っている。
タクシーの中で嗅いだ、香水のツンとする匂いだけが辺りに立ちこめ、妙な空気を醸し出している。
なっちゃんが、すかさず私の隣にやって来て、瑞希の顔を幸せそうに眺め始めた。そのブレない普段通りの行動に、少しだけほっとする。
「意外~。堀浦さんって倉瀬君と仲いいんだ」
吉岡さんが、穏やかな声で沈黙を破った。
「幼なじみなんだって。いいよねー」
「腐れ縁ってやつよね」
榊さんと綾川さんの鋭い言葉が合図のように、皆が私と瑞希との間に割り込むようにやって来て、瑞希を取り囲む。
瑞希が困惑した顔をして、私の方をチラリと向いた。
「ねえねえ、倉瀬君もしかして怒ってるの? 班分け、うちらのとこ、男子他にいないから」
「怒ってなんかいないよ。うちのクラス、女子の方が数が多いからね」
「私達、別に倉瀬君をのけ者にしようなんて思ってないからね!」
「ありがとう」
「仲良く一緒に見て回ろうねっ」
私から離れ、女の子達に取り囲まれた瑞希の姿を見て、ホッとすると同時に、何故だか無性に寂しい思いに駆られてしまった。
なに、これ。
今日の私の感情は、なんだかとても自分勝手だ。
瑞希の正面というベストポジションを逃したなっちゃんが、女子の群れの外からひょこひょこ背を伸ばし、瑞希の姿を目に収めようとしている。
ごめんね、なっちゃん。背、低いから大変そうだね。
あ、こけた。
しかしめげる事無く、しぶとくなっちゃんは立ち上がる。
強いなあ。
「ねえ、倉瀬君ってもてるのに、彼女作らないよね。どうして?」
吉岡さんの声が耳の奥に突き刺さる。
不躾な質問を受け、瑞希が固まっている。
「もしかして堀浦さんに遠慮してるの? 自分だけ恋人作っちゃ悪いなんて思ってなあい?」
「別にそういう訳じゃ…」
「幼なじみを置いてきぼりにしちゃうとか、思っちゃだめよー」
「だよねー、ねえ、どういう子がいいの?」
やめて。
瑞希との会話に、私を混ぜないでよ。
ここから逃げ出したいのに、どこにも行けない。
必死にジャンピングをしていたなっちゃんが、急に立ち止まった。
「違うわ! 瑞希くんは好きな子がいるのよ」
なっちゃんの発言に、皆がしんと静まり返る。
「えっ、マジ? だれだれ?」
「真紗さんよ。私、告白して振られたときに、瑞希くんにそう言われたもの!」
みんなが一斉に私の方を向いた。
やめて。
そんな嘘の事、ここで言わないでなっちゃん…!
「えっ、それほんとなの? 倉瀬君…」
「あ、いや、その…」
綾川さんと吉岡さんに詰め寄られ、瑞希が真っ赤な顔で、口ごもりながら私の方を向いた。
みんなの視線が痛い。
もう嫌だ。
瑞希には、ちゃんと他に好きな子いるんだから。
キスだってしてる。
それは私じゃないんだから。
私は関係ないんだ。
瑞希と私は、なんにもないんだよ。
なっちゃんに私の名前を言ったのは、その場しのぎの嘘なんだから。
頭の中も、目の前の光景も、なんだか全てがぐるぐると回る。
「なっちゃん、そんな間違った事堂々と言っちゃ駄目だよ、みんな勘違いしちゃうよ!!」
みんなの視線から顔を背け、大きな声で叫ぶ。
私の声と対照的に、細い声でなっちゃんが呟く。
「だって…ほんとなんだもの…」
ごめんね、なっちゃん。
なっちゃんは、ほんとの事しか言ってないね。
瑞希がほんとに言った言葉だよね。
いい加減な事を言った瑞希が、悪いのに。
しゅんとした顔させちゃって、ごめんね…。
◆ ◇ ◇ ◇
嵐山は人気のスポットだ。
自由行動で嵐山を選んだ生徒は多いようで、同じ中学の制服を着た子達の姿が、ちらほら目に入る。
「最悪だわ、真紗さん」
なっちゃんが不貞腐れている。
あの後、微妙な空気の中お香体験をしたのだが、混ざり混ざった皆の香水の匂いがきつすぎて、肝心の香木の匂いが余り良く分からないまま終わってしまった。
数種類ある香木の匂いを嗅いだ後、名前を伏せた匂いを嗅ぎ、当てっこするゲームをしたのだが、まるで分からない。
それにしても、あの充満した匂いの中で、全てピタリと当てた瑞希は、やっぱりどこかおかしい。
私、一つも当てられなかったのに…!
「こうなったら、真紗さん。コロッケ食べるわよ!」
私達は、露店の食べ物を適当に買い、お昼にする事にした。
綾川さんや吉岡さん達から離れ、私はなっちゃんと2人でコロッケの列に並ぶ。
他のみんなは、道路の反対側でクレープの列に並んでいる。
瑞希は、露店では物足りないのか、コンビニまで足を運んでいるようだった。
なっちゃんと2人で、コロッケにかじりつく。
温かくて、ほんのり甘くて、美味しい。
なんだか、この旅初のホッとする場面…。
「コロッケ美味しいね、なっちゃん」
「真紗さんがやっと笑顔になってくれたわ、やっぱり食べ物の力は偉大ね」
どういう事よ!
一瞬むっとしたものの、私に笑いかけてくれるなっちゃんを見て、すぐに私もにこやかな笑顔に戻る。
なっちゃん、心配してくれてたのかな。
私ずっと沈んだ顔見せてたし。
なっちゃんには、今回の旅、いっぱい迷惑かけちゃったな。
ごめんね…。
「私、クレープも食べたいわ! 行きましょう、真紗さん!」
コロッケを食べ終え、皆の姿を見つけたなっちゃんが、声をあげた。
あの人たちの近くに行くの、嫌だなあ…。
気乗りしなかったのだけど、なっちゃんの希望を叶えてあげたくて、渋々着いていく。
まあ、クレープも、美味しそうだしね!
なんて自分を誤魔化して近寄ると、皆の会話が耳に入ってきた。私の足が止まる。
「足立さんのあれ、マジなのかな?」
「倉瀬君が堀浦さんを…てやつ? ちょっと怪しいよね」
「倉瀬君も肯定しなかったしね、ガセじゃない?」
「ああでも、堀浦さんまたあれで勘違いしてそう!」
「真っ赤になって否定していたけど、本気にしてそうだったよね~」
「なんか、あの後様子、変だったよね」
やっぱり、こんな風に思われてるのか。
「ごめん、なっちゃん。クレープ食べられない」
「えっ? 真紗さんどこ行くの!」
弾かれたように人混みから走り抜けた。夢中で走った私の目の前に、渡月橋が見える。
今回の旅、私、単独行動してばかりだな…。
川べりをぶらぶらと歩き、桂川を眺めながら一人溜息をついていると、背後に人の気配がした。
私の良く知っている人の気配。
ああどうして、瑞希はいつもいつも、こういう時そばに来るんだろう……。
「また1人でこんなところ来てる」
右手にコンビニの袋をぶら下げている。
瑞希が店を出た時に、タイミング悪く、走り抜ける私の姿が見られてしまったようだ。
「瑞希だって1人じゃない」
「みんなの香水の匂いがきつくて、逃げてきた…」
「私の事言えないね」
くすり、と少し笑いが漏れた。
吉岡さん達の匂い、タクシーの中できつかったなあ。
「食べ終わったら戻るよ。真紗は? 足立さんどうしたの?」
「…なっちゃんにごめんて言っといて」
「戻る気ないんだ?」
「今はちょっと、無理かな」
「やっぱり、何かあったんだね」
「………」
水面を見つめると、穏やかな川の流れが、少し私の心を癒してくれる。隣の人がいなければもっと、癒されるような気がした。
「ねえ、瑞希は言ったよね」
「ん?」
「困った事があったら、助けてくれるって言ったよね」
「…言ったよ。なんでも相談してよ、真紗…」
心の中で言っているだけじゃダメなんだ。
ちゃんと、言葉にしないと。
でないと瑞希には伝わらない。
振り向いて、一気にまくし立てた。
「じゃあ!! お願い、もう、私に近寄らないで…」
「真紗……」
「私に話しかけてこないで。もう、瑞希の部屋にも行かないから………!!」
「………」
ちょっと、瑞希と近づきすぎたんだ。
中学一年の、瑞希を完全に避けてたあの頃にまた戻れば、きっともう、こんな苦しい思いも無くなる筈だ。
それだけ一気に伝えると、私は、瑞希から逃げるようにその場を離れ。
みんながやって来るまでずっと、気分が優れないふりをして、タクシーの中に籠り続けるのだった。
◇ ◆ ◇ ◇
「真紗! なにぼーっとしてるのよ」
期末テストが間近に迫り、真琴が今日もまた、明るい時間に帰宅してきた。
「瑞希に数字、教えて貰わなくていいの?」
「うん、1人で頑張るんだ」
「夏休みは補修ね、頑張って…」
ひどっ!
最悪の修学旅行を終え、私は完全に瑞希と距離を取る事にした。よく見るとたまに、家の前で突っ立っている瑞希を発見するので、そういう日は公園で時間を潰してから家に帰っている。
瑞希と顔を合わせなくなって、少し気持ちは落ち着いてきた。
女子との関係も、少し落ち着いた気がする。
もうすぐ夏休み。
「あ、真紗。そういえばこれ、瑞希から預かってたの」
え?
そう言って真琴が、小さな紙袋を私の机に置いた。
中をあけると、赤いヘアピンが入っていた。
宿の売店で、私が髪に当てていたヘアピンだ…。
「その包み、修学旅行の宿のやつね。そんなのすぐに渡せばいいのに、瑞希ったら今更ね」
私、ずっと避けてたから、渡せなかったんだ。
瑞希のふんわりとした笑顔が浮かび上がってきて。
ヘアピンを握り締め、2段ベッドの上段へ駆け上がり、真琴から隠れるように布団を被った。
夏場の布団の中はとても暑かったのだけど。
どうしようもなく涙か流れてきて、止まらなくて。
私は。
布団の端で、何度もこっそり、拭い続けるのだった。




