京の街を歩いて 2
修学旅行2日目。
今日は終日自由行動だ。
正直ホッとしている。今日は瑞希と顔を合わせたくなかった。
『何やってんだよ瑞希! 風呂の順番来たぞ』
あの時、航太くんが現れて、私から瑞希を引き離してくれた。
本当に助かった。
あれから間もなく、私もお風呂の時間がやって来て、全てすっきりと洗い流す事が出来た。
「真紗さん、それじゃ少しお別れね」
「うん、なっちゃん。現地でね…」
私が吉岡さん、なっちゃんが榊さん達と一緒にタクシーに乗り込む。
今日のルートは、晴明神社へ行き、お香体験をしてから嵐山へ向かうらしい。
恐らく、嵐山が吉岡さんグループの希望ルートだ。車の中での会話で確信した。
「ねえマリ~、あっちとの合流楽しみだね~」
「リサもテンション上がってたよ?」
「まっじ? 上手くやったよねえ」
「一緒に行動出来るとか最高だね、嵐山ちょー楽しみ!」
想像通り、3人ですっかり盛り上がっている。
私は、助手席で外の景色を静かに眺めていた。
「やだっ。車揺れるからマスカラずれたよぉ」
「揺れの中でライン引くの、ムズイよね」
「ねぇ、見てこのチーク。発色良くない?」
「それ優秀だよね~。コスパもいいしリピ確定だよ」
後部座席では、どうやら3人組が仲良く化粧をして盛り上がっているようだ。
お化粧、校則で禁止されてるんだけどな…。
そうこうしている内に、香水が振りまかれたらしく、車内は早くもツンとした匂いで充満されていくのだった。
「真紗さん!」
「なっちゃん!」
車から降り、なっちゃんの姿を見つけ、ホッとする。
吉岡さんと榊さん達から少し距離を取り、2人で入り口の独特なマークを眺めていたら、もう一台、同じ中学の子が乗り合わせているタクシーが、私達の目の前に止まった。
…えっ。
中から出てきたのは。
1年の時、私を追い詰めた綾川さん達3人組と。
瑞希の姿だった………。
◆ ◇ ◇ ◇
今日は終日、顔を合わせる事が無いと踏んでいたのに…。
最初の目的地が被っていたらしい。最悪だ。
瑞希か何か言いたげに私を見る。その視線から逃れるように、なっちゃんの手を引き、神社の奥へ急ごうとした。
……あれ?
なっちゃんは、瑞希の傍でじっと固まっている。ベストポジションをキープする気満々のようで、岩のようにその場に張り付いてまるで動かない。
いやっ、流石なっちゃん……。
「瑞希くん、今日は一緒に楽しみましょうね」
「? あ、うん……」
ここで鉢合わせしたのが余程嬉しいらしい。大きな瞳を輝やかせている。
ええい、なっちゃんはここで置き去りだ…!
私は一人で、神社の奥にある本殿へと駆けて行った。
ここでの所要時間は30分だ。
30分逃げたら、私の勝ちだ。
本殿に辿り着いた私は、1人味気なくぼそぼそとお参りを済ませた。
向こうでみんなの声が聞こえる。楽しそうで賑やかな声だ。なっちゃんも、瑞希に気を取られ私の事はすっかり忘れているようだ。
はあっ。
なにこのぼっちな旅。
溜息をつき暫く俯いて佇んでいたら、やがて足音が聞こえてきた。ちらりと音のする方向に目を遣ると、皆の姿が見えた。
吉岡さんと綾川さんが、瑞希の両端に陣取り歩いている。その様子を、なっちゃんが真後ろからカメラを片手に、悔しそうに眺めている。4人の周囲を、他の女子達が瑞希を眺めながら取り巻いている。
相変わらず人気者だな、瑞希ってば。
ぼんやり眺めていると、辺りを見回している瑞希と目が合いそうになり、慌てて本殿から離れた。
見つからないよう陰に隠れ、入り口の方へと戻る。
なにこの逃亡の旅。
ぶらりと一の鳥居まで足を向ける。
時計に目をやると、後15分。
疲れて石の上に座り込む。そのまま地面を眺めている事にした。
いいお天気…。
なんだか、うつらうつらと目が閉じられていく。
暫くうずくまって目を閉じていたら。
「真紗、みっけ」
!!!!!
見上げるとそこには、私をぼっち旅にした元凶が、ふんわりと微笑んで私を見下ろしていた。
◇ ◆ ◇ ◇
どうして!
「どうして皆と一緒に居ないんだよ。1人でこんなとこ来て、みんな心配してたよ」
咎めるようなセリフとは裏腹に、瑞希の表情や口調はなぜか、とても優しい。
だって、瑞希と顔を合わせたく、無かったから。
なのにどうして、瑞希がここに来るの?
女の子達に囲まれていたから、私は放っておいて貰えると思っていたのに。どうして一人でこんな所にいるのよ…。
後ろからお日様に照らされて、相変わらずキラキラと眩しい瑞希の姿を見ていられず、再び逃亡を目論み、立ちあがる。
もう一度本殿の方を目指し走り出そうとしたら、瑞希の手に捉えられた。
掴まれた左手首を振り解こうと力を込めてみたけれど、びくともしない。
「だめ、逃がさない」
「離してよ」
「また、一人でどこか行く気だろ」
「手首痛いってば!」
私の叫びで、手首を掴む瑞希の手が緩み、ホッとしたのも束の間。今度は正面から抱き寄せられた。
どきん。
「どうして逃げようとするの」
どうして、逃げたまま放っておいてくれないの。
瑞希の胸の中が温かくて、頬が熱くなる。
こんな風に抱き締めたりなんかして。
女の子に普通こういう事、しないんだよ?
本当に瑞希は、私をなんだと思ってんのよ。
『真紗さんの事は、幼なじみの可愛い犬みたいな感じで、優しくしているだけなのよね、きっと』
なっちゃんがあの日私に言った言葉、あの時は酷いと思ってしまったけれど、意外と正解なのかも知れない。
だから、簡単にこういう事が出来るのかな。
瑞希も一応、男の子なんだよ?
男の子にこんな事されたら、いくら相手が瑞希でも、心臓が跳ねるじゃないか。
「離してよ」
「離したら逃げるだろ」
「逃げないから離してよ…暑苦しいよ」
「いやだ」
どうして離してくれないの。
ドキドキしてきて止まらないじゃないか。
瑞希相手に、ドキドキなんて、したくないのに。
「瑞希こそ、みんな待ってるよ。行ってきなよ」
「真紗と一緒じゃないと戻らない」
「私は暫くここで寝てるよ」
「せっかくの旅なのに、寝てないで一緒に見学しに行こうよ」
もがいてももがいても、瑞希の腕は離れない。
力では敵わない。
ううん、…なんでも敵わない。
脱出を諦め、大人しくなった私に、瑞希がぽつりと呟く。
「綾川さんがいたから?」
どうして。
綾川さんの名前なんか出てくるの。
「真紗、一年の時、綾川さんと何かあったろ。もしかして、何か嫌な事されてるの?」
「何もないよ」
「だって、オレ達と合流した後すぐ、どこかへ行っちゃったじゃないか」
「気のせいだよ」
「綾川さんと話があるって昔、昼食の後どこかに行ったよね。あの時やっぱり、なにかあったんだろ。あの日、真紗の様子が変だった」
「………」
瑞希は知らなくていい事なのに。
どうして今更、そんな話するのよ…!
「『困ったことがあれば、いつでも言って』って、オレ前に言ったよね。悩んでいる事があるなら、何でも言ってよ。オレ、真紗を助けてあげたい」
「………」
瑞希には絶対言わない。
私のあんな気持ちなんて、絶対知られたくない。
「昨日、売店で泣いてたのも、何か辛い事があったの?」
……っ!!
だからどうして!
そんな風に優しく言うのよ…!
「真紗さんっ!」
この上なく苛立つ気持ちを瑞希にぶつけようとした瞬間、なっちゃんの声が聞こえ、私は一気に頭が冷えた。
なっちゃんの声に瑞希も反応したようで、漸く私から腕を離す。
瑞希に抱き締められていた所をなっちゃんに見られていないか、内心冷や冷やしながら、私は急いでなっちゃんの元に駆け寄った。
「こんな所に居たのね。探してたんだから!」
「ごめんね、なっちゃん…」
「瑞希くんとのツーショット、撮って貰おうと思ってたのに!」
「あは、今から撮ってあげるから、許して…」
普段通りのなっちゃんの様子にホッとしつつ、次の目的地へ向かう為、タクシーの元へと向かうのだった。
◇ ◇ ◆ ◇
次はお香体験だ。
さっきは運悪く、瑞希と一緒になってしまったけれど、次からは別々で行動出来る筈。
正直、他、こんなとこ行くグループないと思う!
結構マニアックだよね。
相変わらず後部座席は3人で盛り上がっている。京の街を眺めようとタクシーの窓を見ると、空が曇り始めたせいか、うっすらと自分の顔が写って見えた。
『悩んでいる事があるなら、何でも言ってよ』
瑞希の温かさがまだ、記憶から剥がれない。
暫く瑞希には会いたくないな…。
姿を見ると、さっきの事を思いだしてまた、ドキドキしてしまいそうで嫌だ。
いくら優しくされても、勘違いはしないけれど。
うっかり好きになってしまったら、…嫌だしね。
気をつけないといけない。
瑞希は優し過ぎるから。
瑞希は温かいから。
瑞希は素敵過ぎるから。
私と違い過ぎるから。
好きにならないように、気をつけないと。
こんな私をあざ笑うかのように。
車が止まり、次の目的地に着いた私の目の前には、やっぱり。
瑞希の姿が在ったのだった。




