京の街を歩いて 1
1~3+たぶん1~3
実在の名所が登場しますが、名前が一緒なだけの想像上の場所なんです、きっと…
太陽の日差しもきつく、汗ばむ季節となってきた6月の半ば。
私達は京都まで、修学旅行へとやってきた。
「うっわー、大きな鳥居!」
駅を出て、道路を渡るとすぐに稲荷大社の真っ赤な鳥居が視界に入り、私のテンションが一気に上がった。
目の前には、同じ中学の生徒達の群れが見える。
鳥居にミーハー心を刺激された私は、慌ててデジカメを取り出し、パシャパシャと写真を撮る。
カメラを向けながら坂道を登る。
「真紗さん…あそこ見て! ほら、アレ、アレ!」
「どれ?」
なっちゃんも興奮気味にカメラを構えている。
私もつられて、なっちゃんの指さす方向にカメラを向けた。
「あの手水で口を清めているの…瑞希くんよ! 撮らなきゃ。あれは絶対撮らなきゃ」
「…なっちゃん、瑞希は観光名所じゃないよ」
「なに言ってるのよ、鳥居よりも素敵なのに…」
1組の瑞希や亜矢ちゃん達は、2組の私達より一足早く先を歩いていて、入り口横の手水で手や口を清めていた。
その様子を、なっちゃんが一生懸命カメラに収めている。
「私、絶対あの柄杓使うんだ……!」
「なっちゃん、みんな待ってるから、さっさとそこの空いてるやつ使いなよ」
「真紗さん、私の気持ち知ってる癖に、冷たい…」
「もたもたしてると瑞希見失っちゃうよ? それでもいいの?」
「いやっ、写真撮れなくなっちゃう!」
2組の私達は、丁度、瑞希達の後ろを追いかけるような形でついていく。
クラスの中でも先頭の位置をキープする為、なっちゃんは渋々、空いてる柄杓で妥協をするのだった。
早くも額から汗が滴る。
鳥居に見とれていられたのは、ほんのわずかの間だけだった。
私達は今、稲荷大社の千本鳥居に向かっている。
まさか…観光で山登りするとは、思わなかった…!
「あら、真紗さんガイドブック見てなかったの? 千本鳥居って要は山登りよ」
「見てないよ――!」
吉岡さんと榊さんに詰め寄られ、渋々班決めをしたあの日から、私は京都についての興味がすっかり薄れてしまっていた。
班行動の話し合いも、吉岡さんのグループにすっかり主導権を握られた。榊さん達と私達の希望を1か所づつ入れただけで、後は全て勝手に決められ、自由行動のコースは決定事項として事後報告されてしまったのだ。
テンションも否応なしに下がる。
なっちゃんは、そんな吉岡さんのプランでもうっとりと眺めていたけれど…。
それよりも…!
「なにこの坂道…もう疲れたんだけど…」
「頑張って! 遅れるとシャッターチャンスを逃してしまうわよ」
早くも足取りが重くなる私の腕を、なっちゃんが引っ張る。
「大丈夫だよなっちゃん。日の出じゃないんだし、鳥居はいつでも撮らせてくれるんだよ」
「だめよ! 鳥居をバックに瑞希くんを撮れなくなっちゃうじゃない…!」
だから瑞希は観光名所じゃないっての!
なっちゃんの頑張りのせいか、目の前にはすぐ、1組の生徒が見える。
顔を上げると、疲れた顔をした私を眺め、くすくすと笑う瑞希の姿が見えた。
汗ひとつかかず、涼しい顔をしている。
「引っ張ってあげようか?」
お日様を背景に、やけにきらきらと眩しく光る笑顔で、瑞希が私に手を差し出した。
相変わらず馬鹿にしてえ…!
腹を立てて真っ赤になった私の隣から、なっちゃんの手がすっと伸びた。
瑞希の手になっちゃんの手が触れる。
「嬉しい…瑞希くん!」
「足立さん…」
ぱしゃり。
私の心の中で、シャッターを切る音がした。
黒目がちの大きな目を潤ませ、瑞希を見上げるなっちゃんと、きらきらと微笑む瑞希の2人が手を取り合う姿が、とても絵になっていて。
ああ私はファインダーの外の人間なんだな、と感じた。
普段、私が感じている不穏な視線は見当たらない。周囲の皆は、息を飲んでこの綺麗な光景を眺めているように見えた。
なっちゃんは可愛い。
瑞希の隣がよく似合う。
私と全然違うな…。
「坂、結構きついけど、頑張って」
ぼうっと2人を見つめる私の目の前で、そう言って、瑞希はなっちゃんの手を振り切り、先へと歩いて行った。
背の高い後ろ姿は、後ろ姿の癖にやけにかっこよく見えて、私は暫く、なんだか苦い気持ちで地面を見続けるのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
宿に到着し、美味しそうな夕飯を食べたにも関わらず、私の気持ちは何故だか晴れなかった。
ぼんやりと部屋へ向かう。
「真紗さん…大丈夫? ご飯が進んでいないように見えたけど…」
なっちゃんが心配してくれている。
曇らせた顔も相変わらず可愛い。
って、ご飯の進み具合で心配されるとか…私、なっちゃんにも食い意地張ってると思われてる?
「大丈夫だよ、旅疲れ。千本鳥居ウォーキングで疲れちゃった」
「そう?」
なっちゃんは、瑞希と手を握れてパワーが出たのか、あれから私の手を引き、ズンズンと力強く上へと歩いて行った。
私、楽させて貰ったんだな…。
「て、なっちゃんの方が疲れてるよね。ごめんね、私、引っ張って貰っちゃって…」
「いいのよ。私も、真紗さんのお蔭でいい思いさせて貰ったんだから」
なっちゃんが桜色に頬を染める。
瑞希の手が余程嬉しかったようだ。
部屋に戻り扉を開けると、私の顔面に勢い良く枕が飛んできた。
痛っ!
部屋の中を見ると、盛大な枕投げ大会が行われていた。
うん、定番だよね、これ!
私の顔に飛んできた枕を、なっちゃんが楽しそうに拾い上げ、投げ始めた。
よーし、私も…!
応戦しようとするも、続けざまに三発も当てられ、すっかり戦意喪失した私は、再びそっと部屋を後にするのだった。
◇ ◆ ◇ ◇
ぶらぶら一階まで降りると、売店が目に入った。
お土産でも眺めるかあ…。
ぼんやりと足を向ける。京都らしく、和テイストの可愛いかんざしや髪留め、コームなどが売られていた。
こんなのつけたら、私でも少しは可愛く見えるのかな…。
仄かな期待を胸に、赤い柄のヘアピンを髪に当て、備え付けられていた鏡に写る自分を眺める。
なんだか、いまいち。
ストレートボブの髪は毛先が跳ね、くるんと内側に綺麗に巻かれているなっちゃんと違い、外と内にバラバラになってしまっている。
なっちゃんと違って、地味な目元。
なっちゃんと違って、低い鼻。
相変わらずぱっとしない顔。
大嫌い。
溜め息を付いてヘアピンを売場に戻した瞬間、私の背後から聞き慣れた声がした。
「可愛い髪飾りだね。買おうか迷ってるの?」
瑞希だ。
来なくていい人が私の隣にやってきた。瑞希を見たくなくて真正面を見続けた私の視界に、備え付けられていた鏡が映る。
瑞希が腰を屈ませ、折角の身長差を台無しにする。私の顔と瑞希の顔が、横並びで鏡に写し出された。
なに、この、差。
瑞希は恐ろしく綺麗でかっこいい。通った鼻に白い頬。長くて量の多い睫毛。綺麗に引かれた眉。
頭を殴られたような衝撃が走る。
なっちゃんの時のように、シャッターなんて、間違っても切れやしない。
咄嗟に、隣に置いてあった狐のお面を顔に被る。
お面の内側が濡れて汚れてしまったようなので、これは買い取りだなあと、ズキズキと痛む頭で考える。
「狐面? 京都っぽいね」
ふんわりとした笑顔で瑞希が私に笑いかける。
今、一番見たくない顔を私に向ける。
「もう行って」
「え?」
「このお面、買うとこなの。邪魔だからあっち行って」
瑞希に背を向け、なんとか普段通りの声を出し、冷たい言葉を投げつける。瑞希は動かない。
瑞希がいたら、お面が取れないじゃないか。
早く何処かへ行って欲しい…。
瑞希の気配が消え、遠ざかる足音がした。
ほっとしてお面を外し、目元を拭おうとすると、私の真正面に再び瑞希が立っていた。
やられた! 売場、一周したな…。
「真紗…泣いてる?」
「何もないよ、行ったんじゃ無かったの?」
再び顔に当てたお面の端を、瑞希が摘まみ上げる。
「やっぱり泣いてるじゃないか。何かあったの…?」
なっちゃんみたいに、曇り顔でも綺麗な瑞希の顔を見て。
私はどうにも、涙が止まらなくなってしまった。




