表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/52

遠く響く声(前編)

本編3話目でちらりと出た

真紗が瑞希を避けるようになるお話


 それは中学一年の夏の日の事。


 期末テストも終わり、あと1週間ほどもすれば待望の夏休みがやってくる、そんな浮かれた気分の頃の出来事。


「堀浦さん、ちょっといい?」


 丁度お弁当を食べ終えた頃、突然、綾川さん達3人組に声を掛けられた。

 驚いて声が出ず、しばし時が止まる。


 目の前にいる子達は、バレー部所属の活発なおしゃれ系女子だ。同じクラスではあるが、カースト上位にいるような子達であり、私と、普段の接点は全くと言っていいほどない。


 びっくりしている私をものともせず、3人は、にこやかな表情と仕草で私に近寄ってくる。

 3人のリーダー格である綾川さんが、一歩前に出る。


「ちょっとお話したいことがあって。倉瀬君、堀浦さん借りるわね」


 私を連れて行こうとする綾川さんが、なぜか瑞希に了解を得ようとするのを不思議に思いつつ、しかし、穏やかな3人の様子に親近感も覚え、私は大人しく着いていくことにした。


 3人に連れられた先は、中庭の、少し奥まったところだった。

 休憩時間にも拘らず他に人はなく、花壇に植えられている花が、目立てずひっそりと咲いていた。


「綾川さん、お話ってなに?」


 教室を出た時はにこやかだった綾川さん達の表情が、なんだか違うものになっていて、感じた違和感を拭うように私の方から声をかけた。


「堀浦さん、あんた倉瀬君の何?」


 お話って瑞希の事?

 綾川さんの声には凄みがあり、急に心細くなってきて、私はうろたえる。

 何、と言われても、なんだろう。友達…微妙に違う気もするけれど…そうだ!

 仲の良いお隣さんだ。


「えっと、瑞希の、幼なじみだけど…」

「幼なじみだからって、いい気になんないでよ」


 凄みのある声が、怒気のある声へと変わった。

 なぜか3人とも怒っている様子だ。

 綾川さんは、理解不能で呆然としている私を他所に、更に理不尽な要求までしてきた。


「あんた、倉瀬君にべたべたし過ぎなのよ。今後一切、彼に近づかないで」

「え、嫌」


 口にした途端、綾川さんの手が伸びて、私の体がぐらりと揺れた。

 膝に衝撃が走る。

 何いまの?

 向こうの方から、なにコイツ生意気、なんて声が聞こえてくる。

 そのまま3人が、座り込んだ私のすぐ側に、囲むようにして集まってきた。


「ブスの癖に、倉瀬君に似合うとでも思ってんの?」

「あんたなんか付き纏ってちゃ、彼が迷惑するのよっ」

「いい気になっちゃって、みっともない」


 よくもまあ、ここまで悪口が言えるものだと感心するほど、綾川さん達3人は次から次へと言葉を繰り出してくる。

 しかし、私の耳は、この辺までしか、3人の声を通そうとはしなかったようで。

 後はもう、何を言われたのかさっぱり覚えてはいない。


 キーンコ―――ンカ―――ンコ――――ン


 午後の授業開始5分前の予鈴チャイム。

 私を開放する素敵な音色がやっと耳へと届けられた。




     ◆ ◇ ◇ ◇




 教室に戻ると、もうすっかり綾川さん達の顔には笑顔が戻っていた。

 私を見つけた瑞希が、いつものふわりとした笑顔で近寄ってきて、私は一瞬、身構えてしまった。


「どうしたの? 何かあったの?」

「ううん……なんでもないよ」


 同じクラスにいる3人の気配が、いつもどこかにあるような気がして、私はぎこちなくしか、瑞希に言葉を返す事が出来ないでいた。


 5時間目の授業が終わる。

 6時間目の授業開始まで、10分間の休憩の時間。

 いつものように瑞希がやってくる。


「真紗、さっきの授業、上の空だっただろ」

「え? そう…かな?」

「ずっとぼーっとしてたから、先生に気付かれるんじゃないかって、見ていて冷や冷やしたよ」

「………」

「綾川さん達と、何の話してたの?」

「……別に、瑞希に関係ない事だよ」


 私を訝しげに見つめる瑞希の目を払いのけたくて、立ちあがる。


「どこ行くの?」

「トイレっ!」


 さすがの瑞希も女子トイレまでついては来れまい。私は安息の地で、6時間目が始まるのを心待ちにするのだった。



 学校からの帰り道、いつものように瑞希と帰る道。

 綾川さん達はバレー部なので、私たちは見られていない筈なのだけど、なんだかどこかに目があるような気がして、私は妙な緊張感を覚える。


 気のせい。気のせい。これはきっと気のせい。


 瑞希も、気を使ってかもう気にしていないのか、綾川さんの件に触れようとはしてこなかった。

 少しほっとして、いつものようにお喋りしながら家へと向かう。


 こうして、綾川さんの件を忘れようと普段通りの毎日を数日送り、夏休みがやってきて。

 長い夏休みをまた、いつものように瑞希と過ごしているうちに、すっかり綾川さんの事は忘れてしまっていた。




     ◇ ◆ ◇ ◇




 長い夏休みを終え、いつものように瑞希と学校へ向かい。

 いつものように休み時間を一緒に過ごし。

 いつものように、お弁当を一緒に食べ。

 いつものように、一緒に家まで帰っていた。


 新学期が始まって、一週間が経過した頃、再びソレは始まった。




     ◇ ◇ ◆ ◇




「堀浦さんって、倉瀬君と付き合ってるの?」


 体育の着替えをしている最中に、突然、沢井さんから声を掛けられた。


「え?」


 突然の発言に驚く私の周りには、いつの間にか女子数人が、私を囲むようにして妙な視線を送っていた。


「花火大会、2人で一緒に歩いてるとこ私見たのよ」

「花火なら一緒に見に行ったよ」

「やっぱり! 付き合ってるの?」


 意味がよく呑み込めず、軽く首をかしげる。


「倉瀬君は、あなたの彼氏なのかって聞いてんのよ」


 イラッとした様子で沢井さんが私に詰め寄る。

 彼氏? それはいわゆる恋人同士というやつ?


「違う違う、彼氏とかではないよ」

「じゃあ、なんで一緒に出掛けてんのよ。学校でもいつもずーーっと一緒じゃない。てっきり、付き合ってんのかと思ってたわよ」

「家が隣で、小さい頃からずっと仲良くしてるから、でも、それだけ」

「じゃあ、倉瀬君フリーなの?」

 沢井さん達が興奮し出す。周りの女子がざわつき出し、なんだか怖くなってくる。


「幼なじみなのをいい事に、べったり一緒に居て、いい気になってるだけよね」

 突然、綾川さんが声を上げた。

 私は思わずぞくりとして振り返る。


「だって、おかしいものね。あんなにカッコいい倉瀬君と、ぱっとしない堀浦さんが、一緒にいるなんて」

「そうよねー、おかしいと思ってた」

「倉瀬君優しいから、堀浦さんが近寄ってくるの、断れないんだよきっと」

「もっと可愛い子と近づきたいって思ってるかもね」

「幼なじみの相手はもう嫌だって、本音では思ってるんじゃない?」


 くすくすと笑う声が幾つも幾つも聞こえてくる。

 私の味方をしてくれる子は一人もいない。普段、瑞希としか一緒にいなかったツケが今やって来たようだ。


 みんな、私と瑞希のこと、こんなふうに思ってたんだ………。


 確かに、瑞希は綺麗だ。

 頭もいい。スポーツだって上手だ。お弁当だって上手に作る。

 私が瑞希に勝てる事って、なにがあるんだろう。


 ………なんにもない。


 今更ながら気づいたこの事実に、頭がぐらりとしてきた。


 瑞希、私が傍にいるの、嫌なのかな。

 私、瑞希の傍にいるの、似合わないのかな。

 もっと素敵な子が隣にいる方がいいのかな。



 私もう、近寄らない方がいいのかな………。




     ◇ ◇ ◇ ◆




「真紗! 今朝、どうしたの? いつもよりずっと早く家を出たっておばさんに聞いたけど――」


 瑞希の方を向かずに私は返事をする。


「あのね、瑞希。もう、学校一緒に行くの、やめよ」

「どうして?」

「しばらく一人で歩きたい。瑞希もその方がいいよ」

「―――――」


 2人の間に流れる微妙な空気からも、瑞希そのものからも、クラスの女子の目線からも逃れるように、休み時間になるとトイレに逃げ込んだ。


 これがいいんだよね、きっと。

 瑞希から離れた方がいいんだよね、きっと。




 こうして私は瑞希を避けることにした。






後編に続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ