ファーストkissの味は
もうすぐ修学旅行がやって来る。
その前に、憂鬱な中間テストが私を待ち構えている。
いつもなら、瑞希のお部屋にお邪魔して数学を教えて貰う所なのだけど、今回は自分一人で頑張ってみようかな、なんて思っていた。
ちょっと気まずい。
前回お邪魔した時に、怒らせて部屋から追い出されちゃったしね。
あんなの初めてかも知れない。
瑞希は優しいから、あまり本気では怒らないし、怒らせても大抵、すぐに笑顔を見せてくれるのだけど。
『今日はもう、帰って!!』
あんな風に私に言うなんて、余程、キスの件をなっちゃんに知られたくなかったようだ。
私もちゃんと空気を読んで、なっちゃんには黙ったままでいる。
数学、一人で頑張れるかな。
ぽつりと不安が沸き起こり、慌てて首を振る。
ううん、一人で頑張らなきゃ!
瑞希だって、いつまでも私の家庭教師をしてくれる訳ではない。
瑞希に彼女が出来たら、おしまいにしないといけないんだから。
私もそろそろ、一人で出来るようにならなきゃ……。
部屋に入ったら、早速数学に取り掛かってやる!
と、意気込んで門の所までやってきたら、瑞希が立っていた。
なんでこんなところにいるのよ――!!
まあ、家、隣だけどさ。
「真紗、来週テスト始まるね」
「うん、そうだね」
「あとでおいでよ。数学教えてあげるよ」
一人で頑張ろうって決意したばかりなのに!!
なにこれ、なにこのタイミング…。
チラリと瑞希の顔を見ると、この前のお怒りはどこへやら、いつも通りのふんわりスマイルを浮かべ、私を優しく見つめている。
なにこれ。気まずい、なんて思ってる私の方が、変みたいじゃない。
瑞希はもう、まったく気にしていないみたいだ。
まあいっか。
「一応聞いておくけど、瑞希、彼女出来た?」
「まだだよ?」
ふん。
どーしてまだなんだ。
断る理由が出てこないじゃないか。
私の決意はどこへやら、何となく流されてまた、お隣のお部屋に行くのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
「もうすぐ修学旅行だね」
「そうだね」
そっけなく私が答え、瑞希が意外そうな表情をする。
「楽しみじゃないの?」
「班分けが微妙だったから…楽しみかと聞かれたらそこまでは」
「ふうん、班分けか。オレも微妙なんだよな、女の子ばかりの班に入れられちゃって」
「良かったね、ハーレムじゃん」
「嬉しくない」
相変わらず女子に人気がある瑞希は、相変わらず女子に興味が無さそうだ。
あ、そうでもないのか。
キスした事あるって言ってたし。
付き合いたい子もいるって言ってたな。
ちくん。
何故だか胸がちくりとした。
慌てて首を振り、勉強の準備を始める。
簡易テーブルの前で、瑞希と向かい合わせに座り、数学のノートを広げる。
毎度の事ながら、瑞希の説明は分かりやすくて、サクサク進んでいく。
おしまいにしないと、いけないんだけどなあ…
ふっと、瑞希の赤い唇に視線が行ってしまった。
麦茶を飲んだ後だからか、少し潤んだ唇は、妙な色気がある。
どきん。
キス、誰としたのかな。
『付き合いたいと思った子には相手にされてないからね』
どうしてだろう、あの時は咄嗟に、この子とかなと思ったんだけど。
よく考えたら、相手にされていない子とキスなんて、出来ないかあ……。
「何よそ見してるの? 真紗」
はっ。
瑞希が顔を上げ、私と目が合った。
綺麗な眉が、きゅっと寄せられている。
しまった、折角教えてくれてるのに…!
「ごっ、ごめんね、この前の話、なっちゃんには言ってないからね!」
「………」
瑞希が真顔で私を見る。
しまった、焦って余計な事口にした…!
「オレのキスの事でも、考えてたの?」
瑞希が軽く首を傾け、からかうようににっと笑った。
考えてないし…!
…嘘。ちょこっと考えてました…。
「誰としたのか、気になる?」
ばれてる!
やけにニヤニヤしながら、瑞希が私を眺める。
図星をさされて、なんとなく面白くない私は、誤魔化す事にした。
「き、気にならないし! 別に瑞希が誰としても、私には関係ないしね…」
「教えてあげようか?」
テーブルの向こうから、瑞希が身を乗り出してきた。
妖しげに光らせた眼差しに、どきりとする。
「いいよ…! それより、キスした子がいるんなら…その子を彼女にしないの?」
「なってくれそうにないんだ、残念だけど」
「彼女になってくれないような子と、どうやったらキスなんて出来るのか、意味わかんないよ…」
「あのねえ、オレのファーストキスの相手は…」
方向性を変えてみた筈なのに、やっぱりお相手の話に戻っちゃってるし!
…でも、やっぱり、私の勘は当たってた。
ふーん。
彼女には出来ないけど、キスは出来たんだ。
「わー言わなくていいってば! そういうの気にして見てた訳じゃないからっ」
「じゃあ何、気にしてたの? 何か気になる事があるから、オレの顔見てたんじゃないの?」
瑞希が微笑を浮かべ、さらに身を乗り出した。
間近で視線が合い、またもやどきんと心臓が鳴る。
だから近寄らないっでって言ってるのに…!
まあ、心の中で言ってるだけだから、聞こえてないか。
「ええと…もっと別の事だから!」
「どんな事?」
「ほら、初めてのキスってよく、レモンの味とか聞くけど、そんな味する訳ないよね? とか…」
わー何言ってんだ私!!
テンパった私は、さっきまで全く考えもしていなかった事を口にし出す。
瑞希が笑顔を消した。
「甘かったよ」
「え…?」
瑞希が綺麗な手を伸ばし、そっと私の頬に当てる。
暖かい季節なのに、何故だか瑞希の手はひんやりとしている。
「味、知りたいの? …教えてあげようか」
瑞希が目を細めて私を見つめる。
触れられた頬が熱くなる。
なんだか視線が、外したいのに外せない。
瑞希の顔が、ゆっくりと近づく。
なに、これ。
もしかして瑞希、私にキス、しようとしてる…?
心臓の音がどくどくと大きくなってゆく。
ううん、そんな訳ないよね。
瑞希が私に、本気でキスするわけ、ないよね。
わかった。これ、あれだ!
ギリギリで止めて、焦ってやんの~なんつって笑いものにするやつだ!
つまり、私、からかわれてる…!
瑞希の唇が、私に近づいて来る―――
「ば……馬鹿にしてえ!!」
「いてっ」
両手で、力いっぱい瑞希の頬を叩いた。
私だって、一応女の子なんだから。
好きでもない女の子に、冗談でもこういう事しちゃ、いけないんだから…!
「そんなの、知らなくていいし! もう帰る!」
「あ、ごめん真紗…。もうしないから…ほんとにごめん…」
うろたえ始めた瑞希を、力いっぱい睨んでやる。
ふん!
瑞希なんか知らない!
瑞希なんて、私にやたら近寄ってくるし、頬に手当てるし、私を女の子だと思ってないし、なんかドキドキさせるし、キスが甘い味だとか言うし…!
「帰るんだから!」
腹を立てて勢いよく部屋に戻った私は、暫くして、勉強道具一式を置き忘れてきた事に気付くのだった…。




