ハッピーエンドの2か月後
思い違いをしていた。
彼女になるっていう事は、外でも一緒に歩くという事で。
周囲の視線に耐えられるかな、とか。
デートして、ギュっとされたりとか、キスとか、するのかな…とか。
そう言った事を考えていた。
『もしかして、彼女になったら、その…キスの先が待ってると思ってて、それで躊躇ってたの?』
キスの…先?
そんなものが待っているとは、…全く考えてなかった!
あれ、彼女ってそういうもの?
そうか、そういう事するのものなのか…
やばい。そんな覚悟は全くしていない。
『そんなの! 真紗が嫌がるなら無理にしようとしないよ。そもそも、高校生の間はちょっと、早いとも思うし…』
そうだよね、高校生とか早すぎるよね。
私の心配が一気に吹き飛んで、ホッとする。
やっぱり瑞希は優しい。
でもでも、これって、逆に考えると…
高校生の間は、て事は。卒業したら……あれ?
あと2年も無いんだけど…!
2年足らずの間に、また覚悟決めないといけないって事?
ああどうしよう…。
まあでも、取り敢えずは、瑞希も何もするつもりないみたいだし。
高校3年生になって受験終わってから、ゆっくり考えればいいか……。
こうして私は、お得意の、思考に蓋をパチッと締める作業をしたのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
晩御飯を食べて、お風呂に入ってから、瑞希の部屋へとやってきた。
ノックをしても返事はない。窓が開いてるので、こっそりお邪魔する。
明日、一緒に映画を見ようと言ってたのだけど、待ちきれずフライングで来てしまった。明日は日曜日。少しくらい夜更かししても平気だし、いいよね?
今夜これ見ておけば、明日はどこかお出掛けできるしね!
うん、その方がいい。
瑞希のベッドの上にノートパソコンをセットする。
相変わらずスプリングが効いていて、居心地のいいベッドだ。私のベッドと交換して欲しい位だ。
ここに寝そべって、だらだら映画見てやろう。
極楽極楽。
ホクホクしていると、瑞希が部屋に戻ってきた。お風呂上がりのようで、髪が湿り気を帯びている。そして、なぜか私を睨んでいる。
…あれ、怒ってる?
「ねえ、一緒に映画見ようよ!」
「……勝手に入るなって、オレ、何度も言ってるよね?」
「あれ、駄目だった? もう付き合ってるんだし、良いかと思っちゃった…」
相変わらず瑞希は堅い事ばかり言う。
「瑞希も、一緒に見ようって言ってたし。明日は休日だし、いいかと思って……ごめんね」
「一緒に見ようって言ったよ。明日の昼間にね」
「明日まで待ちきれなくなっちゃったんだもん…」
「それも、そんな所じゃなくて、テーブルの上に置いて座って見るかと思っていたんだけど」
「だって、ベッドの上の方が、楽ちんなんだもん~」
なぜか瑞希は不機嫌そうだ。
そんなに、勝手に入り込んだ事、怒ってるのかな?
しまった、待てばよかった…。
気落ちした私に呆れたのか、瑞希の目元が緩み、いつもの優しげな顔に戻りホッとする。
ベッドの左半分を空け、ポンポンとマットレスを叩いた。
「ねえ、こっちおいでよ。見ようよ~」
瑞希が渋々、隣にやって来る。
瑞希の温もりが左腕にぶつかり、少しどきりとした。ほのかに石鹸の香りがする。
今日セレクトした映画は本格ミステリ―だ。出題編と解答編に別れているので、出題編を見終えたら、2人で謎解きについてゆっくり語り明かした後、解答編をドキドキしながら見る予定だ。楽しみ!
真琴とお喋りがしたくて、一緒の布団に潜り込んで、だらだらお話する日が私にはたまにあるのだけれど、あれみたい。
パジャマパーティみたいだな。
なんだかウキウキした気分でマウスをクリックし、用意していた映画を一緒に仲良く見始めるのだった。
◇ ◆ ◇ ◇
思い違いをしていた。
漸く想いが報われ、これでもう我慢しなくて良いのだ、と喜んでいたのも束の間。我慢はまだまだ始まったばかりだという事に、早くもオレは気がついた。
「ねえ、一緒に映画見ようよ!」
「………」
夕飯を食べ、お風呂を終えてから来たのだろう、パジャマ姿で真紗はオレの部屋へとやってきた。
正確に言うと、オレがお風呂から上がり、部屋に入ると、オレのベッドの上で既に寛いでいた。
ノートパソコンをベッドの上に置き、うつ伏せで横たわっている。
寝転がりながら映画を見るつもりのようだ。
九月に入り、夜は冷ややかな風が室内に入るようになってきたので、今夜は窓を開けていた。こういう季節は、油断するとすぐ、真紗が勝手に入り込む。
「勝手に入るなって、オレ、何度も言ってるよね?」
「あれ、駄目だった? もう付き合ってるんだし、良いかと思っちゃった…」
しゅんとして上目遣いでオレを見る真紗の様子が可愛くて、つい、きつめに向けた目元を緩ませてしまう。こうして、オレは日々、真紗を甘やかし続けている気がしている。
「瑞希も、一緒に見ようって言ってたし。明日は休日だし、いいかと思って……ごめんね」
「一緒に見ようって言ったよ。明日の昼間にね」
「明日まで待ちきれなくなっちゃったんだもん…」
「それも、そんな所じゃなくて、テーブルの上に置いて座って見るかと思っていたんだけど」
「だって、ベッドの上の方が、楽ちんなんだもん~」
そこの方が居心地が良いと言うのは分かる。
しかし、こんな時間にそんな所で寛ぐ真紗は、意味を全く分かってはいない。
それ、誘ってるって勘違いされちゃうからね?
全くその気がない事を、オレは知ってるけど…。
「ねえ、こっちおいでよ。見ようよ~」
ベッドの左半分を空け、ポンポンと真紗がマットレスを叩く。
よし決めた! 今夜は、真紗に触れないでおこう…。
覚悟を決め真紗の隣に行き、オレも真紗と同じ姿勢でパソコンを眺める。
右腕が、真紗の露出した左腕に触れ、どきりとした。
オレ、我慢できるのかな?
隣に行って幾らもしないうちに我慢できなくなり、真紗の肩に手を回し軽く抱き寄せる。そのまま真紗の頬に、場所を変え何度もキスをする。
「もうすぐ始まるよ…」
くすぐったそうな顔をしてこちらを向いた真紗の唇に、オレの口を当てる。
止まらなくなると困るから、今夜は触れないでおこうと決意した筈なんだけど、やっぱり近寄ると駄目だな。
でもなんとかここで、ここまでで止めないと…。
「ああもう、始まったってば!」
真紗の手がオレの顔を押しのける。少し冷静になり、深呼吸をしてパソコンの画面に目を向けた。
この映画は、オレも前から見たかったやつだ。
楽しみだなー、わくわくするなー。
………。
がんばれ映画。夢中にならせてくれ……!
『そんなの! 真紗が嫌がるなら無理にしようとしないよ。そもそも、高校生の間はちょっと、早いとも思うし…』
あんな事言っちゃったしな。
あの時は本心から言った台詞だったんだけど。
オレも、真紗が彼女になってくれただけで嬉しかったし、キスが出来るだけで十分満足していたし、これだけでいいって、あの時は本当に心からそう思っていたんだ。
すぐに撤回したけど。
キスしていると思わず手が伸びそうになる。
わりと辛い。
なんだか、付き合う前より我慢しているような気がする。
あのセリフで真紗が安心しきっているようなので、そんな様子は見せずに頑張っているけれど。
パソコンの画面から、ちらりと隣にいる真紗に視線を移す。
冷ややかになってきたとは言え、まだまだ暑さは残る。真紗も、半袖ワンピースのパジャマを着ていた。
夏物は襟ぐりが広く、うつ伏せになった真紗の胸元が少し、視界に入る。スカートの丈は膝下まであるのだけれど、寝転がっているせいか、裾が少しめくれ上がっている。
よし決めた! 今夜は真紗を見ないでおこう!
慌ててパソコンに視線を戻す。
「うわ、この人が殺されちゃったよ! …犯人誰だろね…」
「誰だろね…」
「コンセントがアップで映ってる。このシーン何か関係ありそうじゃない?」
「そうかもね…」
「この掃除機、意味ありそうじゃない? 聞いている人と聞いていない人がいるし」
「だね…」
「…瑞希ちゃんと見てる? なんか上の空っぽいけど…」
「見てるよ。見てる……」
つつくな。腕当てるな。匂いふりまくな。
こんな事ではいけない。
映画に集中しよう。謎解きするぞ…!
犯人となり得るのは誰か、必死でロジックを組み立て、頭の中の煩悩を殺しにかかったオレは、パーフェクトな解答を導き出す事が出来たのだった…。




