あなたの事が知りたくて
「私、思ったの。瑞希くんが真紗さんをいつも見つめているなら、真紗さんの隣に居れば、私も視界に入るんじゃないかって」
今日も足立菜摘ことなっちゃんは、夢を語っている。
「今きっと、私も瑞希くんに見つめられている筈……」
「なっちゃん、今は音楽の授業中だから、瑞希はどこにもいないと思うよ」
怪文章を贈られ、ボールをぶつけられ、足を引っかけられ、わりと散々な事をされたような気がするのだけれど、意外と一緒に居るとなっちゃんは面白い子だった。
たまにこうして、ブツブツ呟いて夢語りするのが玉に瑕だけど、基本はただの一途な女の子だ。
航太くんのお蔭で昼休みに瑞希がやって来る事も無くなり、なっちゃんと今日も楽しくお弁当を食べている。
「今日の私、いつもと違うと思わない? 実は今朝、瑞希くんの夢を見たの」
「なっちゃん、夢なんて何見ても見た目は変化しないと思うよ」
「そんな事ない…! 見てよこの、私の顔。夢の中の瑞希くんを思い出して赤く染まっているの」
「なっちゃん、それさっきこけて擦りむいたおでこからの血だよ」
カバンからティッシュを取り出し、なっちゃんのおでこを拭く。じわりとまた血が出てきたのだが、残念な事に私は絆創膏など携帯していない。
なっちゃんは割とそそっかしい。私も人の事言えないけど、なっちゃんも私の事言えないレベルだと思う。
「ねえ…ここで倒れたら私、血を流して倒れる美少女ってやつになれるのかしら?」
「この程度のかすり傷だと、残念ながら、倒れる美少女にしかならないんじゃないかな」
美少女にはなれるな。うん。
なっちゃんは、そそっかしいし、小柄だし、髪型だって数学が苦手な所だって私とおんなじだけど、私と違って可愛い顔をしている。
それだけの違いで、残念な私に比べ、なっちゃんは愛らしく見えるのだから、美人は得って本当なんだなと思う。
「瑞希くん…心配して保健室まで運んでくれないかな…」
「まだ隣のクラスでお昼食べてるだろうから、今やっても気づいて貰えないよ」
「どうすれば上手くいくのかなあ…」
協力して欲しい、と言われて頷いたものの、具体的にどうすればいいのか私には見当がつかない。だって、好きな人にアタックした経験ないんだもん、私!
「ねえ、真紗さん。瑞希くんの好みのタイプってどんな子なのかな?」
「え―――?」
知らない……。
だって、瑞希とそういった恋愛絡みの話題になった事ないんだもん!
そんな私を頼もしげに、黒目がちの大きな瞳でじっと、なっちゃんは見つめてくる。
頼られると、なんだか弱い、私。
よ…よーし。
「今度、詳しく聞いておくよ」
「ほんとっ?」
「ついでに何か聞きたいこと、ある? どうせならまとめて聞いておくよ」
「じゃあ……」
定期テストはまだまだ先なのだけれど、珍しく私は雑談をしに、窓の向こうへお邪魔しに行くのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
「どうしたの? テスト前でもないのに、ここに来るなんて珍しいね」
4月にしては気温が高いせいか、お風呂上がりのような上気した頬をして、瑞希が私に微笑んだ。
「うん、ちょっとお喋りしたくて。駄目だった?」
「ううん、全然問題ないよ。いつでも歓迎するよ」
目の前に麦茶が置かれる。冷蔵庫で冷やしてあったらしく、冷たくて喉をするりと通る。
「あのね、聞きたいことがあるんだ」
「なに?」
「瑞希って、どんな女の子が好みのタイプなの?」
「………」
あれ、瑞希が固まった。
突然変なこと聞いて、びっくりさせちゃったかな?
あからさまに私から顔を背け、なにやら照れた様子で、瑞希はじっと床を見つめている。
「なんで、急にそんなこと」
「ちょっと気になって…」
「……真紗、オレの好みのタイプが知りたいの?」
「うん」
教えてくれる気になったのか、真顔になった瑞希がこちらを向いた。
なんだかドキドキしてきた。
やっぱり、言いにくい事聞いちゃったかな…?
「あの、そんなに難しく考えなくてもいいんだよ? ほら、優しい子が好きとか、髪の長い子が良いとか、簡単でいいから――」
取り敢えず何でもいい。なっちゃんの喜びそうな情報を持って帰りたいんだけど…。
固く閉まっていた瑞希の口が、ふんわりと開く。
「小柄で、ミディアムヘアの、笑顔の可愛い女の子が好きなんだけど」
………。
それって、なっちゃんの特徴そっくりじゃない?
小柄で、ストレートボブの、可愛い女の子。
なっちゃんじゃん。
黙ったままの私を見て、信じて貰えていないと思ったのか、瑞希が私の目を見ながら軽く笑い、続きを口にした。
「そそっかしくて、数学が苦手で、傍にいて助けてあげたくなるような子かな」
それって、やっぱりなっちゃんじゃない?
今日の昼食時、お弁当を持って私の机まで来ようとして、見事にすっころんだなっちゃんの姿を思い出す。額を擦りむいた姿はとても痛そうだった。私には助けてあげられなかったけれど、瑞希ならきっと、華麗にキャッチしてみせる事だろう。
でも、おかしいな…瑞希のいう事、そのまんま全部当てはまるんだけれど……どうして振っちゃったんだろう…。
もしかしてこれも、うそつきってやつ?
ちらりと瑞希の目を見る。
「…ほんとに?」
「そうだよ」
疑いの眼差しを向ける私を見、にんまりとした笑みを浮かべる瑞希の頬は、さっきまでの桜色と違いどことなく赤い。
ちょっと恥ずかしいのかな?
ほんとっぽいな。
「信じてくれた?」
「うん、なんか、結構具体的なんだね」
見事に当てはまる人がいるのが、ほんと不思議。
なっちゃん、これ聞いたら喜んでくれるかな?
………。
今気づいた、こんなの覚えきれない。メモ、メモ!
瑞希の机の上に置いてあるメモ帳とペンを勝手に手に取り、書き殴る。
ちょっと待ってね、一気に言わないでね、書くから待ってね。
「……何やってんの、真紗」
「書かないと忘れちゃうから、メモってんの」
「―――は?」
「あ、ごめん。メモ用紙とペン勝手に借りてる」
「……」
思わず無断で拝借したのが良くなかったのか、瑞希が怪訝な表情で私を見つめている。
私は、続いてなっちゃんに聞かれた事を質問する事にした。
「次の質問! 彼女はいますか?」
「……えっ?」
「って、今は居ないんだよね? いたら私もここ来ないし…。でも、私が知らないだけで、前はいたのかな…?」
「………」
瑞希が眉根を寄せている。
ちょっと、ぶっちゃけた質問しすぎたかな?
「ないよ」
「ほんとに?」
「ない」
「可愛い女の子にしょっちゅう告白とかされてるのに? ほんとにないの?」
「付き合いたいと思った子には相手にされてないからね」
「ふーん、瑞希でも上手くいかないものなんだね」
憮然とした表情で、瑞希がそっけなく言い放つ。
なっちゃん、喜ぶかな。
好きな子には相手にされなかったから、彼女居たことないって。メモメモ。
って、あれ……。
そんな子、いたんだ……。
そうだよね。瑞希も、誰か好きな子いてもおかしくないよね。
全然知らなかった。
心臓の鳴るリズムが、何故だか速くなる。
ペンを持つ手が止まり、だんまりとなった私に、にやにやとからかうように瑞希が近寄り、俯いた私の顔を下から覗き込んだ。
「あとは何が聞きたいの?」
「え……」
「……誰かに聞いて来いって言われたんだろ」
ばれてる!
まあ、ばれてもいいんだけど。
こっそり聞いてね、なんて言われてないし。
「足立さん?」
そこもばれてる…!
なんだか焦ってきた私は、思わずなっちゃんの売り込みをしてしまう。
「よく分かったねえ、そうなの、なっちゃん。知ってるでしょ? 小柄で、ミディアムヘアの可愛い子だよ! そそっかしくて数学が苦手なんだよ、なっちゃん」
そんな私を瑞希がジロリと睨む。
やっぱり怒ってる?
こんな質問持ってきて…。
「……随分仲良いね」
「同じクラスの貴重な友達なんだよ」
「真紗って、あんまり友達いないよね」
瑞希のせいだよっ!
なんかまた、腹立ってきた。
私、瑞希のお蔭で散々な目に合ってんだから、このくらい協力して貰ったって罰当たんないよね?
ぶすっとした顔をしていても綺麗なんてずるい、と思いつつ瑞希の腕を引っ張る。
「それよりさ、もう少し質問あるんだけど。協力してよ」
「…あと何?」
「あとはねえ……」
瑞希の機嫌がすこぶる宜しくなさそうなのだけど、無視して話を続ける。
スカートのポケットから紙を取り出して読み上げる。
質問、多すぎて覚えきれないから、書いて貰ったんだよね!
「誕生日はいつですか?」
「……聞かなくても知ってるだろ」
「そうだった! ええと、血液型は…これも知ってた!」
「………」
「ペットは飼っていますか?」
「…いるように見えるの?」
「見えない! えと、どこの小学校通ってましたか?」
「それも知ってるだろ…」
「んじゃ、好きな色はなに? 好きな食べ物は何? 好きな飲み物は何?」
「…なんか、答えるのが面倒な質問多いね。何って言われても困るんだけど…」
「住所と電話番号を教えて!」
「それ怖いから絶対足立さんに言うなよ!」
「シャンプーなに使ってる?」
「それも絶対言うなよ!」
「甘いお菓子は好きですか?」
「嫌いって事にしといて!」
「キスしたことはありますか?」
「あるよ!!」
…えっ。
「あるんだ…」
思わず、視線を質問リストから瑞希の顔へと移す。
ビックリした様子の瑞希と目が合い、慌てて瑞希の方が目を逸らした。口元に手を当て、真っ赤な顔をしている瑞希を見ていると、本当の事にしか思えない…。
「彼女、いたことないのに、あるんだ」
「……あるよ」
苦い口振りで瑞希が肯定をした。
言いたくない事を、口にさせてしまった申し訳なさが、胸の内に広がる。
「あ、安心して、誰にも言わないから……」
私の声が、急にか細くなった。
瑞希ってもてるもんね。
そういう経験…あってもおかしくないよね。
開き直ったのか、瑞希が妙に真面目な顔をして、私と視線を合わせた。口元を覆っていた手が離れ、綺麗な唇が露わになる。それをちらりと見、なんだか頬が熱くなってしまった。
誰と、したんだろう……。
なぜだか、ぱっと閃いた。
それは、きっと。あの子だ。
「真紗は……」
瑞希が綺麗な唇をそっと開けた。
その様子を、目を逸らさずにじっと見つめてしまう自分がいる
「真紗は、オレに、何か聞きたいこと、ある?」
ある………。
「あるよ。…あのね、瑞希……」
「なに…?」
妖しげに瑞希が微笑む。
その笑顔からは、表情は読めない。
怒っているのか、からかっているのか、はたまた―――
「…やっぱり、なっちゃんには言ってもいい…?」
この上なくにこやかに尋ねたにも拘らず。
この日、珍しく、私は瑞希に部屋から追い出されるのだった……。




