想いは衝撃に阻まれ
オマケ回
新学期。
真紗と再び同じクラスになれる事を期待して、学校の掲示板を見上げたのだが、脆くも崩れ去った。
今年もまた違うクラスだ。
「クラス、別になっちまったな」
特に残念という風でもなく、航太が世間話のようなノリでオレの後ろから声を掛けた。
航太は真紗と同じクラスのようだ。
正直、航太が羨ましい……。
しかしオレは閃いた。航太が真紗と同じクラスなのだ。
航太の所へ行くフリをして、真紗のいる教室へ入ればいいんじゃないか。
昼休み。思い切って弁当を片手に、オレは早速隣のクラスへ行く事にした。
名前が近いせいか、真紗は航太の隣の席だ。
3人で一緒にお弁当が食べられるといいな…なんて期待をしつつ、航太の元へと向かう。
しかしなぜか、2人とも怪訝な顔をしてオレを見る。
2人から醸し出される空気に居心地の悪いものを感じつつ、気付いていないふりをして、弁当を広げる。真紗がオレの弁当に反応したようで、アスパラ巻きをじっとみつめている。
……欲しいのかな?
「欲しいならあげるよ、真紗」
にっこり笑って言ってみたのだけれど、何が気に入らなかったのか、真紗は怒って教室を出て行ってしまった。
春休みは一緒に美味しいものを食べ、喜んでくれたのに。あんなに近くに居たのが嘘のようだ。
やっぱり、真紗はなぜか、学校で近寄るととても嫌そうな顔をする。
落ち込んだオレの肩を、航太がそっと叩く。
「瑞希。お前もう、昼、くんな」
「え―――!」
オレの気持ちを知ってるくせに、今のこの、傷心のオレに対してその言い方…酷すぎだろ。
航太って、オレの親友だったはずだよね。オレの思い違いだったのかな?
「俺が悪かったよ…情けないなんて言ってさ。あれ、告白しても当分無理だな」
「無理なのは分かってるよ。だから距離を詰めようと、こうして頑張ってるんじゃないか」
「逆効果にならなきゃいいな。ま、学校では、そっとしておいてやれ」
学校では、なんて真紗みたいなことを言う。
学校で何もしなければ、定期テストの時しか距離は詰まらないじゃないか。
そうして、もたついている間に、また笹川みたいなのが現れたらどうするんだよ…。
不満そうに航太を睨むも、堂々と笑み返され、取り敢えず弁当を一緒に食べる計画は断念するのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
クラスは分かれたものの、隣なので体育の授業は真紗と一緒だ。
一緒とはいえ、男女でやる事は違うのだが、同じグラウンドの中にいるので、姿を眺める事は出来る。
今日は、女子はグラウンドの外周を走るらしい。
真紗が苦しそうな顔をして走っている。体育は苦手だから辛いのだろう。
男子はグラウンドの内側でサッカーだ。
リフティングをして遊んでいたら、意外と長続きしたので、真紗からボールに視線を移し、夢中になる。
いつまで続けられるかな…なんて呑気にボールと戯れていたら、突然、航太の声が聞こえた。
「あ、堀浦っ…!」
……えっ?
弾かれるように顔を上げると、真紗が倒れていた。傍にはサッカーボールが転がっている。
誰だよ、当てたやつ……!
急いで真紗の元に向かうと、意識が混濁している様子だった。迷わず抱え上げる。
大丈夫だったらいいけど…。
急に何か視線を感じ、辺りを見回すと、足立さんがオレを刺すように見つめていた。
思わずぞくりとする。
足立さんは苦手だ。中2の秋に告白されてしまったのだが、やんわり断っても何度もしつこく理由を聞いて来るので、つい、好きな人がいると言ってしまった。
更に、真紗が好きなのかと名指しで問われ、これで諦めてくれるのなら、と思い、つい頷いてしまった。
今はとても後悔している。足立さんの口から、みんなに…真紗に漏れたらどうしよう…。
いつかは伝えるつもりだけど、こういう事は自分の口から言いたいし、なにより…なんだか弱みを握られたような気分になってしまっている。
返す返すも余計な事をしてしまったようだ。
あれは中学1年の時。
階段で転びそうになった足立さんを助けて、以来やけに視線を感じるようになった。
間違えたんだよな、真紗と。
髪型も同じだし、背格好もよく似ていたので、冷静に考えると違うと解るはずなのに、一瞬、見間違えてしまった。
まあ、転ぶと痛いだろうし、助けて悪い事でもないかと思っていたのだが、あれが原因でしつこく好かれるようになったのかと思えば…。
余計な事したなあ…。
腕の中の真紗に視線を落とす。
力を失っている真紗は重いけれど、その重みがなんだか心地よい。目を閉じた真紗はとても気持ち良さそうに眠っているように見えた。
体育の授業を終え、真紗の様子を見に保健室まで行こうと焦るオレの前に、何故か航太が立ち塞がった。
「わざわざ行くなよ。先生に任せとけよ」
「嫌だ。心配だし行くよ、気になるし」
航太って本当にオレの親友なの?
どうして邪魔ばかりするんだろう…。
「軽い脳震盪って言ってたんだから、心配しなくても平気だろ」
「そんなの分からないじゃないか」
何を言っても埒が明かない。航太を無視し、保健室へ足を向ける事にした。しかしなぜか、航太はオレの後を追いかける。
邪魔するなよ…!
オレは、航太に止められないよう、全速力で真紗の元を目指し突き進んだ。
◇ ◆ ◇ ◇
保健室に入ると真紗の傍には橋野さんがいた。
もう目を覚ましている様で、顔色も悪くない。思ったよりも元気そうでホッとする。
後ろからついてきた航太が、なぜか親しげに真紗とお喋りしているのに少々ムッとし、航太を跳ね除けるようにして、真紗の傍まで近寄った。
頭、怪我してないよね…。
なんだか不安になり、真紗の頭を撫で回す。
あ、これ、春休みにやりたくて失敗したやつじゃん…。
「ちょっとやめてよ。髪、ぐちゃぐちゃになるんだけど!」
つい夢中になり撫で回していたら、真紗に文句を言われ、我に返る。
怪我をしている様子はどこにも無かった。
「起き上がれる?」
「…大丈夫」
真紗の目の前に手を差し出したけれど、見ようともしてくれない。
具合は悪くなさそうだ。
「教室戻ろうか。歩けそう?」
「大丈夫だって。先戻ってて。私、後から行くから」
なおも手を向け続けたのだが、相変わらず真紗は目も合わせず、素っ気なく言い放つ。
仕方がない、もう行くか…
肩を落として保健室から出て行こうとすると、後ろから、真紗の声が微かに聞こえてきた。
「……ありがと」
本当に小さな反応なのだけど、真紗から感謝の言葉が聞けた事がとても嬉しくて、振り返る。
上目遣いにオレを見る真紗が、なんだか少し照れているように感じ、オレの口角は自然とあがるのだった。
◇ ◇ ◆ ◇
航太と一緒に教室まで戻り、弁当を食べようと一旦自分の席に着いたのだが、やはり真紗が気になり再び廊下へ出た。
真紗は、あれからすぐこちらへ向かったようで、教室の扉の前に居た。
―――のだが、何か様子がおかしい。
扉の前でうつむき、じっと立ち竦んでいる。気のせいか、顔色が良くないように見えた。
「どうしたの、真紗。そんな所で立ったままで。中、入らないの?」
オレの声が果たして真紗に届いていたのか、返事もせずオレと逆方向に廊下を歩き出す。
慌ててオレも後をついていく。
「どこ行くの? お昼、食べないの?」
「うん、あんまり食欲ない…」
さっきは具合が良いように見えたのだが、やはり気分が優れないようだ。
真紗が弁当を食べようとしないなんて、おかしすぎる。
「やっぱり真紗、まだ悪いんじゃ…」
「どこも何ともないよ」
「無理しないで、もう少し寝ていたら? 保健室までついていくよ」
「いいよ。瑞希こそお昼まだでしょ。食べてきなよ」
何処に向かおうとしているのか、真紗が急に走り出した。
階段の踊り場が見える。
具合が悪いってのに、こんな所で走ると危ないじゃないか。
オレも走って後をついていく。
「走らない方がいいよ、危ない」
オレの忠告もまるで聞かず、真紗は走り続ける。
階段を駆け下りようとした真紗が足を滑らせた。
心配した通りだ……!
咄嗟に腕を伸ばす。
「だから走るなって言ったのに。危なかったな…」
伸ばした両腕が真紗の腰をキャッチした。
間に合って良かった…。
腕の中の真紗が温かくていい匂いがして、なんだか頭がぼうっとしてきそうだ。
もう少し、このままで居たい…。
今この腕を離すと、また走り出してしまうし、危ないよね。胸の内でひっそりとそんな言い訳をしながら、オレは腕が離せないでいた。
「ありがとう、…もう、大丈夫だから…」
真紗の声が、心なしか弱い。
いつもとまるで違う様子に、不安に駆られる。
「今日はもう、早退しなよ」
「え……」
「いいから帰るよ。オレ先生に言ってくるよ」
「うん…」
「ここで待ってて。荷物取って来るから」
「うん…」
「オレ、家まで送るよ」
「…うん……」
今日の真紗はやはり、調子が悪そうだ。
なぜかオレの腕の中で、いつものように威勢よく文句をいう事も無く、大人しくうんうんと頷いてばかりいるのだった。
◇ ◇ ◇ ◆
一年半ぶりかもしれない。
うららかな春の昼下がり。オレは真紗と並んで、家に向かっていた。
まあ、送り届けたらオレはユーターンするんだけど…。
真紗が、そんなオレに気を遣う。
「もういいから、学校戻りなよ。お昼食べる時間無くなるよ」
「いいよ。心配だし、家まで送るよ」
お昼休みは45分だ。
学校から家まで片道15分弱の距離なので、往復していたら、弁当を食べる時間が無くなってしまいそうだ。
しかし、このまま真紗を一人で家に帰すなんて出来ない。道中で倒れでもしたらと思うと、昼抜きの方がずっとマシだ。
『あんまり食欲ない…』
あんな事を言われ、心配せず呑気に弁当を食べるなんて無理だ。
普段、お弁当に目を輝かせている真紗があんな風に言うなんて、実は結構悪いのではと疑っている。教室の前で立ち竦んでいたのもきっと、具合が悪くて動けなかったんだ。
「こうして真紗と一緒に下校するの、久し振りだね」
ちらりと真紗がこちらを向き、オレと目が合う。
何故だか苛々した様子で、真紗がオレを睨んできた。
「瑞希は優しいけどさ。誰にでもこういう事しない方がいいよ。勘違いする子もいるから」
真紗にしかしないよ。
保健室まで運ぶのも。心配して様子を見に行くのも。こうして家まで送るのも。
誰にでもする訳がない。
「オレ、その気のない子にこういう事しないよ?」
あ、しまった。
これ、ほとんど告白しているようなものじゃないか…!
思わず口から零れ落ちた言葉の意味に気付いた瞬間、たまらなくドキドキしてきたのだが、相変わらず真紗は渋い表情のままだ。
うーん。……伝わっていないな、これ。
どうしてなんだろう…。
オレ、男として見られていないのかな。
春休みの出来事を思い出す。
オレが一口かじったシュークリームを、躊躇いもなく口の中へ放り込んだよね?
それ、間接キスになるんだけど…。
なんて意識したのはオレの方だけで。
真紗はまるで気にしていない様子で。
真紗の中でオレは、小さい頃のまま止まっているのかな。
だから、距離を詰めても、気付いてくれないのだろうか。
中学3年生の男ではなくて。
オレは、真紗にとって、幼い頃のままの男の子。
なんだか寂しくなり沈みかけた所で、真紗が急に、変な事を言い出した。
「瑞希くん」
えっ…?
「足立さん、瑞希くんって呼ぶの?」
「何を突然……」
びっくりして目をパチパチさせていると、真紗は訝しげな顔をオレに向けた。
そういえば。
オレは思い出した。あの時、同じクラスの足立さんが、階段の下から上へと登ってきて、丁度オレ達とすれ違ったんだ。
そういや以前、告白されたか聞かれた事があったな。
真紗、もしかして足立さんとオレの事、気にしているんだろうか……。
気になって仕方なかったのだが、足立さんに告げた台詞がオレの言動を阻害するのだった。
◆ ◆ ◇ ◇
あれから数日。
いったい何が起こったのやら、真紗が足立さんと友達になったようで、航太を餌に教室を覗きに行くと、仲良さげに話している姿を頻繁に見かけるようになった。
なんなんだ。
足立さんは告白してきた女の子の中でも特にしつこくて、最終的に真紗の事を話した後も、彼女は諦めないと言い切ったのを覚えている。
言わば、足立さんにとって、真紗はライバル的存在となる筈…なのだが。
なんでこんなに仲良いの?
オレの事諦めてくれたのかな。
真紗ならオレに相応しい…なんて思って身を引く気になってくれたのだろうか。
それだと安心なんだけど。
まさか、オレの気持ち真紗に伝えていないよね?
あまり仲が良いと、その辺も不安になるんだけど。
真紗に近寄りたいけれど、足立さんが怖くて近寄れない。
『学校では、そっとしておいてやれ』
悔しいけれど、航太の言う通りの展開になりそうで。
オレは何とも言えない気持ちで、真紗の姿を眺めるのだった。




