想いは衝撃より強く 3
一年半ぶりかもしれない。
うららかな春の昼下がり。私は瑞希と並んで、家に向かっていた。
「もういいから、学校戻りなよ。お昼食べる時間無くなるよ」
「いいよ。心配だし、家まで送るよ」
「……」
お昼休みは45分しかない。
うちまでは片道15分弱の道のりなので、往復していたら、瑞希はお弁当を食べる時間が無くなってしまう。
正直、具合はもうすっかり良い。
こんな風に荷物を持ってもらう必要も、送り届けて貰う必要も、まるでないのだ。
『あんまり食欲ない…』
瑞希を振り切る為、適当についた嘘が仇になったようだ。
教室から響くあの声を瑞希には聞かせたくなくて、咄嗟にあんなことを言ってしまった。もっと気の利いたことを言えば良かった…。
普段、お弁当に目を輝かせている私があんな事言えば、よほど酷いのかと驚いちゃうよね。
『ところでさっきのあれ、堀浦さん、勘違いしてそうじゃない?』
『倉瀬君、優しいから放っておけなかっただけなのにね。自分に気があるとか思い込んでそうだよね』
あの時の声が脳裏に響き渡る。
勘違いなんて私はしない。
だって私は知っている。クラスの女子にわざわざ言われなくても、瑞希が特別優しいって事くらい知っている。瑞希は昔から、いつだってこうだ。
「こうして真紗と一緒に下校するの、久し振りだね」
ちらりと横を見ると、ふわりと笑って私を見つめる瑞希と目が合った。
呑気に微笑む姿を見て、なんだか無性に腹が立ってきた。
「瑞希は優しいけどさ。誰にでもこういう事しない方がいいよ。勘違いする子もいるから」
なんだか、昨日のお弁当の件から今に至るまでのこの流れに苛立ち、思わず棘のある口調で言ってしまう。
私にだってこういう事しない方がいいんだよ?
勘違いする子もいるから。
さっきの教室の中に居た女の子達みたいにね…!
ふわりとした笑顔が一瞬、真顔になり、瑞希が少し真面目な顔をした。
綺麗な口を軽く開く。
「オレ、その気のない子にこういう事しないよ?」
………。
うそつき。今、私の隣にいるじゃないか。
私も一応女の子なんだよ?
瑞希はそんな事、思って無さそうだけど…。
春休みの出来事を思い出す。
シュークリームを食べようとした私に、一口食べていい? なんて気軽に言ってきたよね。
それ、間接キスになるんじゃない?
なんて一瞬思ったものの、何とも思って無さそうな瑞希の表情を見ていると、大した事ではない気がしてきて、いいよって差し出したけど。
よく考えると小さい頃やった事ある気もするし。
瑞希の中で私は、小さな頃のままで止まっているのかな。
だから平気で、こういう距離の近い事が出来るんだろうな。
中学3年生の女の子ではなくて。
幼なじみの小さな子。
でも残念だけど、周囲はそう、見てくれないんだよね…。
「瑞希くん」
「えっ…?」
「足立さん、瑞希くんって呼ぶの?」
「何を突然……」
びっくりして目をパチパチさせている様子を見て確信した。当りだ。
私は階段で、足を何かに引っかけて転びそうになった。
あれは、誰かの足だ。
私は思い出した。あの時、同じクラスの足立さんが、階段の下から上へと登ってきて、丁度私とすれ違ったんだ。
足立さんは去年も同じクラスだった。
これはきっと…あの子だ。
私は、あのひっそりとした中庭の風景を頭に思い浮かべていた。
◇ ◆ ◇ ◇
翌日のランチタイム。
中庭でのんびりと弁当を食べていたら、可愛い声が聞こえてきた。
「瑞希くん?」
私が手を振ると、怪訝な表情をされた。
昨日、早々と帰宅した私は、少ない脳みそをフル回転して、足立さんを呼び出す手紙を書いた。
陰口は、確かに聞いていて辛いけれど、まあいい。心にしか害はない。
でもでも…物理攻撃はマジ、洒落にならない。
どうにかして相手の動きを止めたい…!
『お話したいことがあります。明日の昼休み、中庭で待っています』
宛名に瑞希の名前を拝借すれば、来るんじゃないかなと思っていたら、本当に来た。
私の字は瑞希と違い汚いので、パソコンで作ってみた。手書きだと確実にばれる。怪しまれるかな、と思いながら作ったのだが、私の期待通り足立さんはやってきてくれた。
「足立さん。ごめんね瑞希じゃなくて。私なんだ、手紙出したの」
「堀浦さん…?」
「足立さんなんでしょ? 昨日、私の足を引っかけたの」
「………」
「そして……以前、私に変なお手紙くれたの」
新聞のきりばりをして作られた怪文章。
瑞希くん なんて言葉が入っていて、私の机の中に直接入っていたあのお手紙。
あれも、去年も同じクラスだった足立さんの仕業かなと思ったんだけど…。
俯いた足立さんが、顔を上げる。きっと私を睨みつけた。
保健室の隙間から見えたあの瞳そっくりで、なんだか安心した。
私に危害を加えようとするのは、すべて足立さんただ1人。だとすれば…この子の怒りを鎮めれば、私はもう安泰!
「それだけじゃないわ、あなたの頭にボールをぶつけたのも私よ!」
「……えっ?」
あのボール、男子が投げたやつが当たったんじゃあないのか!
「だって悔しかったんだもの。瑞希くん、リフティングしながらあなたの事見てるんだもの!」
ちょ、ちょ、ちょい待って。
なに見てんのよ瑞希。私にこうして、とばっちりくるじゃないかあ!
足立さんは、開き直ったのか、踏ん反り返って語りだした。
「あの手紙だってそうよ。私、ずっと瑞希くんが好きで、やっと勇気を出して告白したのに……好きな子がいるから付き合えない、なんて言うんだもの」
「そ…それでどーして私にあの手紙が来るんだよ…」
「だって瑞希くん、それって堀浦さんの事? って聞いたら、そうだよって言うんだもの!」
え………?
瑞希が、私の事…?
一瞬、どきりとしたものの、すぐに頭を振る。
これはきっと、穏便に振る為の嘘だ。
足立さんが挙げた名前が、たまたま私だったというだけで。きっと他の誰の名前を聞いても、そうだよ、って言ったに違いない。
勘違い…私はしない。
しかし瑞希め…。
やっぱり、私が睨んだ通り、とんでもない断り方してたな…。
断るにしても適当な事言うなっての。
私の名前をダミーに使うんじゃない…!
なんだか段々、瑞希に腹が立ってきた。
「昨日だってそう。ボールがぶつかって倒れたあなたを、瑞希くんてば保健室まで運んでいくし、そのあと心配そうにお見舞いだって行くし。私ほんとうにあなたが羨ましくて憎くて……」
「いやいやいやいや」
どこが羨ましいのよ!
教室の中のあの声、足立さんにも聞かせてやりたい。あんな風に言われて誰が嬉しいものか。
私は、教室の中で安らかに、お弁当が食べたかった…。
ボールは痛かったし。あれでいい事って、体育の授業がサボれた事くらいだ。
「その後も瑞希くん、あなたを心配して追いかけていくし。階段で転びそうになったあなたをあんなにかっこ良く助けて、おまけに家まで送るなんて言うし…!」
「足立さん………」
そんなに羨ましいなら、交代してあげたのに……。
むしろ追いかけていらなかったし、家まで送っていらなかったんだけど…。
こんな私をひたすら羨ましいと言う足立さんが、なんだか、不憫に思えてきた。
「足立さん……瑞希の事、本当に好きなんだね」
「堀浦さん……」
よく見ると、足立さんは結構可愛い顔をしている。
小柄だし、ストレートボブがとてもよく似合っていて、愛らしい妹みたいな子だ。
お試しで付き合ってみればいいのに。
そうすれば私は今頃無事だった。
「私ね、一年の時、瑞希くんに助けて貰ったの」
さっきまでの勢いはどこへやら、足立さんは急にしおらしく語りだした。
「昨日のあなたみたいに、階段のところで躓いて落ちそうになった私を、後ろから捕まえて支えてくれたの」
そう言って、足立さんは頬をピンクに染めて語りだす。
ああやっぱり、その気のない子にこういう事してるんじゃないか。
ほんとうに瑞希はうそつきだ。
「その日から瑞希くんが好きになってしまって……。でも、瑞希くんはいつもあなたを見ているんだもの……どうして……」
語りだすうちに恨みが再燃したのか、再び私を睨みだした。
待って! 待って! それ違うから…!
恐らく勘違い…!
「あのね、足立さん。落ち着いて…。私と瑞希は、何もない」
「ふん、振られた時はっきり聞いたもの私! そうだよって」
「それ、諦めて貰うためについた適当な嘘だよ! 私の名前を聞いて、そうだよって言っとけば済むだろう的な……きっとそんなのだよ!」
知らないけど…!
でもきっと、断る為の常套句ってやつだと私は思う。
理由をはっきりさせた方が、相手も諦めてくれやすいだろうしね。
「瑞希くん、あなたにはあんなに優しいけど?」
「瑞希は誰にでも優しいって! 私だけじゃないよ、あの時倒れたのがたまたま私ってだけで…あれが足立さんなら、足立さん運んでるよ…!」
「本当かしら……」
知らないけど…!
でもきっと、瑞希は優しいから、なにかしら対応はするんじゃないかな。
想像だけど。
足立さんの怒りを何とか治めたくて、私は必死で宥めにかかる。
「そもそも私と瑞希、ただの幼なじみってだけで、特にどうこうないってば……だって、ほら よーく私を見てよ。こんな私を、あの瑞希が、好きになると思うの…?」
そう言って、私はじっと足立さんの顔を見つめた。
足立さんは私の勢いに飲まれたのか、じっと黙って私の顔を見回した。
「全く思えないわ……」
でしょうね…!
「……堀浦さん。ううん、真紗さん」
「――――――え?」
「私、あなたの事誤解していたかもしれない」
「と、突然どうしたの? 足立さん…」
「ごめんなさい! 真紗さんは瑞希くんに振り回されているだけなのね。そうよね、瑞希くんが相手にするなら、もっと可愛い子にするわよね」
「そう、そうよ! 私より可愛い子、瑞希の周りにはいっぱいいるもんね!」
私の顔をじっくり見た途端、納得されるっていうのも、悲しいものがあるんだけど…。
しかし、足立さんがどうやら治まりそうなので、憂鬱な思いに蓋をする。
瑞希の周りに、私より可愛い子がいっぱいいるというのはまあ、事実だし。
「真紗さんの事は、幼なじみの可愛い犬みたいな感じで、優しくしているだけなのよね、きっと」
犬? 犬?
酷い事をさらりと言われているような気がしてきたけれど、足立さんが大人しくなるなら何でもいいやと思い、取り敢えず頷いておく。
「そうよ、そんな感じよ。瑞希は私を女の子って思ってないから大丈夫だよ」
顎を小刻みに上下へと動かし、私は必死で足立さんの味方アピールをする。
「ごめんなさい、私、沢山ひどい事してしまって…」
「いいよ、もう、これから先何もしないならそれで」
「ありがとう…。ねえ、私達お友達になれないかな? 私と瑞希くんの事、協力して欲しいの!」
ええ?
足立さんが私の手を取った。
うろたえたものの、よく考えると私、まだ同じクラスに友達いない!
ここ数日のクラスのみんなの様子を見ている限り、出来そうな気もしてこない…。
………。
足立さんでも、仲良くしてくれるなら、いいか!
もう害がないならなんでもいい。
この子も、これはこれで一緒に居ると楽しいかもしれない。
なんだか急展開にハイになった私は、勢いよく返事をした。
「私でよければ、よろしくね!」
私は足立さんと、なぜかにっこり笑って手を取り、教室まで戻るのだった。
容姿は、散々な言われ方してますが普通です…。
瑞希の隣に並ぶと落ちて見えるんです。




