想いは衝撃より強く 2
暖かい春の陽だまりに包まれている様な気がした。
ポカポカとなんだか気持ちよくて、つい、うたた寝をしてしまいそうになる。落ち着く良い匂い。どうやら私は、芝生の上で寝転がっている夢を見ているようだ。
寝転がっているはずなのに、体はぷかぷかと浮いているような感覚がするのが不思議で。
なんだかとても居心地が良くて。
もっと見ていたかったのだけど、だんだん夢はぼんやりと薄れていく。
目が覚めたら保健室の天井が見えた。
時計を見ると、もうすぐお昼の時間のようだ。
ボールを頭に受けた私は、あれからずっと、ここで寝ていたらしい。どうやら私は、大嫌いなランニングから無事、解放されたようだった。
やったあ!
ホクホクしていると保健室の扉が開き、心配そうな顔をした亜矢ちゃんが入ってきた。びっくりして体を起こす。
「大丈夫? 真紗ちゃん」
「来てくれたの? ありがとう、亜矢ちゃん」
「大変だったね」
頭は少々ぼうっとするものの、体育を堂々とさぼれてラッキーな位だよ。
大丈夫、頭が良くないのは元々だしね!
それよりも、こんな私を心配して来てくれる友達がいる。その事実にじんわりと喜びを感じていると、亜矢ちゃんの後ろから続けて2人、入ってきた。瑞希と航太くんだ。
「真紗、具合はどう?」
うふふと笑いながら、亜矢ちゃんが羨ましそうな視線を私に向けた。
「倉瀬君がここまで真紗ちゃんを運んでくれたんだよ。いいなあ、愛されてるねえ」
マジ?
それ、どこからどう見ても注目されてそうなんだけど…。
一気に青くなった私を見て、航太くんは察してくれたようで、慰めの言葉を掛けてくれる。
「災難だったな。教室戻ったら、ちと視線がきついかも知れないが…気にすんなよ」
「ありがとう…。ちなみに瑞希がここに来てる事、みんな知ってる?」
「そりゃもう。悪いな、止めたけど瑞希が来るって聞かなくてさ…」
保健室の外で人の気配がする。
どうやら、倒れた私の見舞いに来る瑞希の姿も、女子達にしっかり見られているようだった。
「何の話してるの? 真紗と航太」
瑞希が軽く首を傾げながら、私の寝ているベッドの横までやってきた。突然手をあげ、私の頭をあちこち撫ではじめる。
なにいきなり…!
妙にドキドキしてきた心を落ち着かせる為、頬を膨らませて文句を言う。
「ちょっとやめてよ。髪、ぐちゃぐちゃになるんだけど!」
「怪我はしてなさそうだね。こぶもなさそうだ」
そう言って瑞希は私の頭に当てた手を離した。安堵の表情を浮かべ、ふんわりと笑いかけた瑞希の顔がやけに近くて、視線をずらす。
ずらした先に、少し開いた保健室のドアの隙間があり、そこから私を睨む瞳と目が合った。
思わずぞくりとする。
今の……誰?
「起き上がれる?」
「…大丈夫」
さっきの瞳が妙に気になり、目の前に差し出された瑞希の手を取らず、ベッドから立ち上がる。
眩暈も吐き気もしない。
うん、もうすっかり大丈夫っぽい!
「教室戻ろうか。歩けそう?」
「大丈夫だって。先戻ってて。私、後から行くから」
なおも手を向ける瑞希を払うように、目を合わせず素っ気なく言い放つ。そんな私を見て、漸く諦めたのか、瑞希は俯いて私に背を向けた。
その後ろ姿がなんだか寂しげに見え、ほっとしたのと同時に、少々申し訳ない気持ちになった。
瑞希なりに一応、心配してくれたんだよね。
注目されて困るし、余計な事されたな、とは思うものの…ここまで運んでくれたんだよね。私、重かっただろうに…。
胸が少しちくんとして、か細い声を出した。
「……ありがと」
こんな小さな声が、ちゃんと瑞希の耳には届いたようで、保健室から出ようとしていた足を一瞬止め、振り返る。
「平気そうで良かった」
ふわりと柔らかく笑う瑞希を見て、なんだかまた、心臓がざわざわおかしな音を立て始めるのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
教室に戻った私は、さっきの瑞希への申し訳ない気持ちを、速攻却下した。
中から、明らかに私の話をしているであろう声が聞こえてきて、扉の前で立ち竦む。
「堀浦さん、いいなぁ。倉瀬君に運んで貰えて」
「私も倒れたかったー」
そりゃ、走らなくて済んだのは嬉しいけど、運んで貰うのはちっとも良い事ないんだよ?
あのまま、地面に寝かせてくれたら良かったのに…!
「堀浦さんを運ぶ倉瀬君、素敵だったね」
「うん、かっこ良かった。運ばれている堀浦さんが美少女なら、絵になったんだろなあ」
ぐっ…。
そりゃ瑞希はかっこ良かっただろうよ。見ていないけれど分かる。
そして腕の中にいるのが私、というのが残念なのも、見ていないけれど分かる。
「堀浦さんいいよね、倉瀬君と幼なじみで。私もあんな幼なじみ居たらなぁ…」
「羨ましいよね。堀浦さんみたいな人でも、倉瀬君みたいな素敵な人と親しく出来るんだもん」
「倉瀬君と違って、堀浦さんて、ぱっとしないよね。どんくさいし、授業中当てられてもだんまりだし、見た目だって地味だし」
「一緒に居る所見てると、釣り合ってなさ過ぎて可哀想になってくるよね」
相変わらず、女の子達の言葉は的確で、突き刺さる。
反論なんて全く出来ない。
「ところでさっきのあれ、堀浦さん、勘違いしてそうじゃない?」
「倉瀬君、優しいから放っておけなかっただけなのにね。自分に気があるとか思い込んでそうだよね」
知ってる。
瑞希が優しいから、運んでくれただけって事くらい、知ってる。
瑞希が何でも出来てかっこよくて。私が何やっても駄目でぱっとしなくて。全く釣り合っていないって事も、知ってる。
瑞希が私を、そういう目で見ていないって事も、知ってる。
言われなくても知ってる。
だから心配しなくてもいいのに。
私と瑞希では、そういう関係にはならないんだよ。
だから放っておいてくれたらいいのに。
お昼休みの時間がどんどん過ぎていくのに、私は教室に入れない。
「どうしたの、真紗。そんな所で立ったままで。中、入らないの?」
どきん。
瑞希の声が聞こえた。
教室の中では、相変わらず私と瑞希の話題で盛り上がっている。こちらに近づく瑞希の足音を確認し、私は慌てて、瑞希と逆方向に廊下を歩き出した。
あの声を聞かせたくなくて。
「どこ行くの? お昼、食べないの?」
「うん、あんまり食欲ない…」
本当はお腹ペコペコだけど!
瑞希を振り切るように足を進めるものの、瑞希もどんどん後ろからついてくる。
来なくていいのに……!
また噂話されちゃうじゃないか。
「やっぱり真紗、まだ悪いんじゃ…」
「どこも何ともないよ」
「無理しないで、もう少し寝ていたら? 保健室までついていくよ」
「いいよ。瑞希こそお昼まだでしょ。食べてきなよ」
冷たく言い捨てているにも拘らず、瑞希はしつこくついて来る。
埒が明かない、そう思い少しも足を止めようとしない瑞希を撒こうと、走り出した。
階段の踊り場が見える。
ここ駆け下りて、それでもついてくるなら、この先の女子トイレに逃げ込もう!
やっぱり最終的な避難所はトイレになるのか…などと微妙な気持ちで階段に足を掛ける。
ちらりと振り返ると、すぐ後ろに瑞希の姿があった。
「走らない方がいいよ、危ない」
「………っ!」
慌てて前を向く。
瑞希だって走って追いかけてんじゃん!
階段の下から登って来る人影が見えたので、ぶつからないよう気を付けつつ、急いで駆け下りようと数歩、段を降りたその時、足元を引っかけられたような感触がした。
体がふわりと浮く。
「真紗っ…!」
落ちる…!
思わず目をつぶり、顔を両手でガードする体勢を取ったものの、私の体は動かない。
あれ?
「だから走るなって言ったのに。危なかったな…」
耳元に瑞希の吐息がかかる。
私の腰の周りに、瑞希の両腕が巻き付いていた。
どうやら、落ちそうになった私を、抱えて支えてくれたようだ。
背中がやけに温かくて、心臓がまた、ざわざわおかしな音を立て始める…。
「ありがとう、…もう、大丈夫だから…」
「今日はもう、早退しなよ」
「え……」
なんだかぼうっとして、頭が上手く回らない。
早く離して欲しいのに、瑞希は全然、腕を解いてくれない。
「いいから帰るよ。オレ先生に言ってくるよ」
有無を言わさない口調で瑞希が囁く。
瑞希が喋るたびに、耳元が温かくなっていき、私の頭はどんどんぼんやりしてくるようだ。
「うん…」
「ここで待ってて。荷物取って来るから」
「うん…」
「オレ、家まで送るよ」
「…うん……」
回らない頭で、取り敢えず瑞希の言う事をうんうんと頷いていたら、やっと、腕は解かれ私はホッと安心出来るようになるのだった。




