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お弁当ヒストリー


 オレ、倉瀬瑞希。今日から中学一年生。


 中学に入学して早々に、オレは、中学校は小学校と大きく違う所がある、という事に気が付いた。

 正確に言うと、気付かされた。


 入学式が終わって、幼馴染の真紗(ますず)と同じクラスになり浮かれながら帰宅すると、叔母がオレに封筒を渡した。

中を開けると1万円札が一枚、入っている。


 なんだこれ。


 お小遣いにしては多いし、入学祝いだろうか?


 不思議そうな顔をしていると、叔母が珍しく口を開いた。


「中学校は、給食が無いから、それで適当に用意しておいてね。一か月分よ」


 ああ、そういうことか…。

 給食がなくなり、弁当が始まるという事か。

 そして、伯母は、オレの為に弁当を用意する気がないという事か。


「………わかりました」


 感情を殺してそう言うと、封筒を握りしめ、オレは自分の部屋へと戻った。




     ◆ ◇ ◇ ◇




 入学して数日が経ち、午後の授業が始まるようになった。

 お昼になり、真紗が弁当と椅子を持ってオレの席へとやってくる。


「瑞希、一緒にお弁当食べよー」


 そう言って真紗は弁当を広げだした。卵焼きにから揚げ、ミニトマトとその下にはスパゲティが敷かれている。

 水筒からコップにお茶をよそい、嬉しそうな顔でお弁当を眺めている。


「中学って毎日お弁当なんだねー、嬉しいな」


 そういって無邪気に笑う真紗の笑顔が、なんだか胸に詰まる。

「そうだね…」

 苦笑いをしながら、オレは、コンビニで買ったおにぎりとペットボトルのお茶を机の上に置いた。


 真紗の笑顔が固まった。

 あー、気まずい…。


 顔を横に逸らしながら、おにぎりに着いたフイルムを剥がしていると、真紗が心配そうに声をかけてきた。

「おばさん、今日、寝坊しちゃったの?」

「ん、ああ、朝弱い人だからね。明日も起きられないかもね」

 オレの昼ご飯は明日も今日と同じだ。

 フイルムから出てきたおにぎりを口に放り込み、素っ気なく返事をする。


「これ、あげる!」


 突然そう言って、真紗は卵焼きにピックを刺し、オレの目の前に置いた。

「おにぎりだけじゃ味気ないでしょ?」

 そう言ってにっこりした真紗の笑顔を曇らせたくなくて、卵焼きを口に入れた。

 甘くて美味しい。

 真紗の好意が嬉しくて口元が緩む。するとそんなオレを見て真紗も嬉しくなったのか、今度はから揚げをピックで刺し、オレの口元に置いた。


「これも、あげる!」

「もういいよ、真紗のお弁当なくなっちゃうよ」

「大丈夫だよ。から揚げ2個入ってるから、半分こしよ! 美味しいよ~」


 流石に申し訳なくなって辞退するのだか、真紗は引かない。

 渋々、から揚げも口にする。

 味がしっかり染みていて、美味しい。どうやら手作りのようだ。

 お母さんが作ったから揚げ、か…。


 慌てて味のしないおにぎりを口に押し込み、出そうになる涙をぐっとこらえた。




     ◇ ◆ ◇ ◇




 今日もまた、憂鬱な昼食の時間がやってきた。

 今日もまた、弁当と椅子を持って、真紗がオレの所へやってくる。

 真紗と一緒に過ごす事が辛い唯一の時間。

 しかし、そんな思いを悟られないように、オレはなるべく平気な振りをした。


「今日もおにぎり?」

「おにぎり好きなんだ」

 パンでもいいけど、お米の方が腹持ちいいからね。


「私も好き! お母さんが握ってくれる塩結び、海苔しか付いてないのに、なぜかとても美味しいんだよね~」

 幸せそうに語る真紗。

 うん、オレも真紗の言うおにぎりの方が、今オレが食べてるやつよりずっと、美味しいと思うよ!


 しかしオレに与えられたおにぎりは目の前のコレしかない。

 今日もフイルムをペリペリと剥がす。


「今日、タコさんウインナー入ってるや。お母さんったらもう、子どもみたいな事して~」

 むくれながらピックで刺し、またもやオレの目の前に差し出した。

「一緒に食べよ」

「…いいよ。真紗が食べなよ」

 ぶいと横を向く。貰ってばかりいる訳にはいかない。

「ウインナー嫌いだった?」

 真紗が目を伏せ、悲しそうな表情をする。

 そんな顔するなんて卑怯だ…

「…好きだけど」


 結局、オレは今日も、真紗のおかずを頂いてしまうのだった。



 こうして一週間が過ぎた。

 オレは毎日のように、真紗からお弁当のおかずを貰い続けてしまった。


 うん。このままだとマズい。


 真紗のお弁当箱は小さい。このままだと真紗は半分しかおかずが食べられないままだ。


 こんな事を続けるわけにはいかない。


 財布を握りしめ、オレはスーパーへと向かう事にした。




     ◇ ◇ ◆ ◇




 オレは自分でお弁当を作ってみる事にした。


「台所を使っても良いですか?」と聞くと、「後片付けはきちんとするのよ。食材も自分で用意してね。それなら良いわ」と、後ろを向いたまま素っ気なく返された。


 一応、了解が得られたようなので、ホッとする。


 さて。お弁当。

 料理は、家庭科の授業でしかやったことがない。

 初心者でも簡単に様になりそうな食材を選び、カゴへと放り込む。まだ何もしていないにも関わらず、オレはこの時、既に完成したお弁当を手にした気分でいた。


 これでもう…真紗のおかずは奪わない!


 しかし、この時のオレは、おかずにしか意識が向かっていなかった。



「瑞希っ、ごはん食べよ~」

 真紗なりに気を使っているのか、もはや『お弁当食べよ』とは言われなくなっていた。

 しかし、今日は、先週までとは違う。

 オレは、恐る恐る、弁当を取り出した―――。


「あれ、瑞希、今日はお弁当?」

「うん」

「あれ、このお弁当、おかずだけ?」

「………」

「おにぎり入ってないの? お腹空くよ、おかずだけだと。私のおにぎり分けたげるよ」

「………」

「3つあるから、2つあげる! 瑞希の方が体が大きいから、沢山いるでしょ」

「いや、いいよ。真紗がお腹空くよ」

「大丈夫だよ」

「いや、いらない。オレ食べないよ」


「……じゃあ、私も、食べるのやめる」



 弁当にはお米もいる。そんな基本も忘れ、今日も真紗の弁当の中身を食べてしまうのだった……。



 しかし、いつまでも自己嫌悪に陥っている訳にはいかない。

 真紗にお腹いっぱい食べて貰う為に、オレは前を向かなくては。


 説明書を見ながら炊飯器にお米と水をセットし、朝に炊き上がるようにタイマーをかけ、意気揚々とベッドへ向かうのだった。



 そして次の日。


 今日のオレは昨日のオレとは一味違う。

 きちんとご飯は炊けていた。

 おかずも入れた。完璧! と思っていたけれど、その思いが大間違いだという事にすぐ気が付いた。


 ………。


 昨日、おかずだけを敷いた時にはまるで気付けなかったこの事実。


 オレの弁当箱。

 そういやこれ、小学生の時に使ってたやつだっけ。

 うん。

 小さい………。


 今日は弁当箱を買いに行こう、そうオレは強く心に誓った。




     ◇ ◇ ◇ ◆




 新しい弁当箱を手に入れた。

 お米も炊いて、オレの弁当は中々、サマになってきたようだ。


「このおかず、美味しそうだね」

 真紗がオレの弁当を見て目を輝かせる。

「食べる?」

「うん! ありがとう、美味しい~」

 真紗が笑顔になってくれた。最高だ。

 明日も頑張ろう。


「瑞希のお母さん、お料理上手だね」

 今日も真紗がオレお手製のおかずを褒めてくれる。

「そうかな?ありがとう」

 わざわざ訂正はしない。叔母作という事にしておく。



 周りを見渡せば、恐らくみんな親の手作り弁当を食べているようで―――オレだけが、自分で作っているというこの事実が、なんだか寂しいものの様に感じられてしまったからだ。


 隠しておけば、オレもみんなと同じように、弁当を作って貰えている子になれるのかなと、なんとなく思った。



「これ、1つちょーだい!」


 ちくわにチーズを詰めただけの簡単おかず、略して「チーちく」が真紗はお気に入りのようで、今日も1つ欲しがった。これが弁当に入っている時はいつも、そうだ。

 なんだか嬉しくなって、それから毎日、弁当にチーちくを詰めてしまった。


 そしてそれはある日突然やってくる。


「ねえ、瑞希。瑞希のお弁当っていつもチーちく入ってるね」

「そうだね」

「これ好きなの? 毎日入ってるけど」

「んー真紗が好きかなと思って。簡単だしね」


「え?」

「あっ」


 ついにばれてしまった。

 いや別にばれて困る訳でも無いんだけど。


「自分で作ってたの……?」

「うん…まあ…」

 歯切れ悪く答える。


 すると真紗ははち切れんばかりの笑顔で。


「お弁当作れるなんて、すごいね瑞希!」


 オレを真っ直ぐに褒めてくれた。



 ああ、弁当を作って貰えないとか。

 この笑顔の前ではどうでもいい事だったと漸く気付く。



 口元がにんまりしてくる。

 なんだかとても、嬉しくなってきた。


 叔母がオレの事嫌いだなんて、本当にどうでも良かったんだ。

 それよりも、真紗が傍に居て、一緒に笑ってくれる方がずっと大事だ。





 こうしてオレは、やっと、弁当の時間を好きになる事が出来た。






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