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チョコが欲しくて

 

 もうすぐ、憂鬱な学年末テストがやって来る。


 いつもだと、瑞希の部屋で試験対策をし、数学を少しはましな状態まで仕上げる所なんだけど。

 なんだか、今回はそんな気分になれない。


 あの日のおかしな空気が、なんだか怖くて。

 

『もし、するなら、瑞希のお部屋でしてね』


 真琴のセリフがフラッシュバックする。

 瑞希にそのつもりはないって分かっているけれど…。


 学校では、こっそり心の中で誓った通り、次の日から平常運転が出来た。簡単だ、無視していればいいんだから。


 でも…瑞希の部屋で、2人きりだと、そういう訳にもいかないよね…。

 無視していては一緒に勉強する意味なんてない。



 そんな訳で、テストまであと3日に迫っているのだが、私は一向に瑞希の部屋へは向かえないでいた。




     ◆ ◇ ◇ ◇




 自分の部屋で珍しく1人、机に向かっていたら、窓を叩く音が聞こえた。


 瑞希だ!


 咄嗟に気づいていない振りをしてみたものの、カーテンが開けっ放しになっていた様で、こちらを見つめる瑞希の目と私の目が合ってしまった。

 渋々、部屋の窓を開ける。


真紗(ますず)、今回全然来ないけど、数字大丈夫?」

「うん、大丈夫。今回はわりと分かるから」


 全く大丈夫ではないけど、大見得を切ってみる。

 瑞希が窓枠に腕を掛け、頬杖をつきながら訝しげな眼差しを私に向けた。


「教えなくてもいいの?」

「大丈夫って言ってるじゃない」

「そんな事言って、冬休みの課題みたいに直前に来られても、もう助けないよ?」


 ぐっ…。


 真夜中に、冬休みの宿題を終える為頼った事を思い出す。

 あれ、結局夜中の3時くらいまでかかったよね……。

 あれは本当に悪かったと思ってる。次の日の瑞希、すごい寝不足感溢れてた。


「…この前の事、気にしてるの?」


 どっくん。


「きにしてないよ、別に」


 言いながら横を向く。開けっ放しの窓から漂う空気が冷たく、頬に刺さる。

 うっすら赤らみそうになる頬が程よく冷めて、丁度いい。


「じゃあこっち向きなよ」


 ちらりと横目で見ると、にっと笑った瑞希の赤い口が視界に入り、再び横を向く。

 ふん! 見たら負けだもん、あんなの!


「あのさあ、真琴はあんな事言うけど、別に変な事とかしないよ?」

「知ってる」


 再びちらりと横目で見ると、瑞希の体越しに、瑞希の部屋の机が見えた。ラッピングしたプレゼントが山のように積まれている。今年も相変わらず沢山貰ったな、バレンタイン。

 何も私にどうこうする必要なんて、ゼロだもんね。

 もっと可愛い子、より取りみどりだもんね。

 その手の心配は全くしていない。


 ………。


 なんだか、私だけ妙な気分になってるだけかな。

 妙って何って言われても、上手く言えないんだけど。

 心臓がざわざわ、奇妙なかんじ。


 …気のせいかな?


 さっきまで一人で格闘していた数学のノートに目を遣る。

 真っ白なまま、まるで進んでいない。


 ………。


 きっと気のせいだ。そういう事にしておこう!


「やっぱり、嘘。全然分かんない…」


 改めて瑞希の方に向き直り、白いノートを見せた。

 ばつの悪そうな顔をした私に、優しい瑞希は意地悪な顔なんて見せない。


「やっぱり。……おいでよ」


 瑞希は、とろけて消えそうな程ふんわりと柔らかい笑顔を、代わりに見せてくれた。




     ◇ ◆ ◇ ◇




 ここ数日の戸惑いが嘘のように、勉強が始まると、変な空気は微塵も生まれては来なかった。

 

 やっぱり、気のせいか。


 それよりも分からない場所が多すぎて辛い。

 数学ってほんと、難しすぎるんだけど!

 これ、スラスラ解ける瑞希の脳味噌どうなってんだろ…。

 私に少し、お裾分けして欲しい。


「ちょっと、休憩しようか!」


 切りよく終えた所で、そう言って、瑞希が用意してあったお茶を飲んだ。

 私は両手を床につき、天井を見上げる。


 ふー、つっかれたー。


 天井から視線を動かすと、山になった机の上のチョコが目に留まった。

 おいしそう………。

 疲れた時って、甘いものが美味しいんだよね。


「ねえ、あれ、食べきれないなら一つお茶請けにしようよ!」

「駄目だよ」


 速攻で拒否されてしまった。ちっ、と密かに舌打ちをする。

 小学生の頃は、分けてくれたのになぁ…


「真紗にあげてたら、真琴に怒られてさ。みんな瑞希に食べて貰いたくて贈っているんだから、真紗にあげるなって」


 真琴め余計な事を…。

 恨めしそうにチョコの山を見ながら、羨ましそうに瑞希を見てしまう。

 

「瑞希はいいね。いっぱいチョコ貰えて」

「お返しが大変だよ」

「ふーん。あんまり貰いたくないんだ?」

「まあね」

「良かった。私、義理も渡した事ないけど、正解だったんだね!」

 

 バレンタインのチョコとか、世間では盛り上がっているらしいけれど、私は参加したことがない。貰う事に興味はあるけれど、あげる事に興味はない。お菓子作りも好きではないし。


 こんな私だけど、今年は初めてチョコを用意した。


『真紗ちゃん、友チョコ、あげっこしたいな』


 なんて亜矢ちゃんにおねだりされたら、応えてあげたくなっちゃう。

 思ったより友チョコ選びは楽しかったし、貰えて嬉しかったので、これは来年もやろうかな。

 友チョコ。最近流行っているだけの事はあるな。


「いや、真紗からなら別に、貰ってもいいけど…」

「別に貰わなくていいんじゃない? 食べきれてないよね明らかに」


 私には友チョコという楽しみが出来た。

 亜矢ちゃんは早速食べてくれたようで、次の日のお手紙には感想が書かれていた。すぐに反応があると言うのもまた嬉しい。

 こんな風に、山になって放置されているチョコの一角に放り投げるような真似なんて、面白味のない事はしたくない。


 なんだか瑞希が苛々した様子で私の方に寄ってきた。


 なに突然! さっきまでどうって事なかったのに、急に近寄られると、心臓がまたざわざわするじゃない!


 端正な顔を少し傾け、憂いのある表情で瑞希が口を開く。

 だから近いってば…!


「オレ……チョコ、欲しいんだけど」


 え………?


「真紗、オレにチョコ、渡してよ」

「な…なにそれ、なんでそういう事言うかな」



 にっと笑って私を見つめる、そのいたずらっ子のような表情に、思わずどきりとする。

 気のせいかじわりと間を詰められてるような……。



「オレ……真紗からチョコ、受け取りたいんだけど……」



 ひどい。


 ムカッとして立ちあがる。

 食べたいなら自分で取りに行けばいいのに、わざわさ、くれる気のない私に取りに行かせたがるなんて…。

 瑞希の机に向かい、ラッピングされたものを適当に2つ掴み、瑞希に荒く手渡した。


「一人で見せつけるようにチョコ、食べるなんて、酷い!」

「えっ?」

「第一、自分で取りに行けばいいじゃない、私にはお裾分けする気無い癖に!」

「いやあの、そういう意味じゃなくて…」

「じゃあ、一緒に食べようって意味だったの?」

「いいや……」


 思わず目を輝かせた私を、気まずそうに瑞希が眺めた。

 ああ嘘か。やっぱり私にお裾分けする気はゼロだったのか。

 一人で美味しい思いする気だったんだな…。


 瑞希が、こちらをチラチラ見ながら、ゆるゆるとラッピングを解く。中からとても美味しそうなチョコの粒が現れた。

 更にこちらをチラチラ見ながら、口に放り込む。


 なにこの生殺し状態。

 

 なんだか無性に腹が立ってきて、瑞希が2粒目をつまみ、持ち上げた瞬間、近寄ってパクリと口に入れてやった。

 瑞希が、チョコを摘まんだポーズのまま、呆然としている。


 ふん! 勝った…!


「真琴だって見ていないんだし、こっそりくれてもいいじゃない!」




 勢いよく言ったせいか、なぜか瑞希は真っ赤になり、固まったままでいるのだった。

 







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