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UN・ハッピーバレンタイン

瑞希回


 2月の14日。

 

 今年もこの、憂鬱な日がやってきた。

 さて今年はどうやって乗り切ろう…とぼんやり考えながら、オレは玄関の扉を開け、気乗りしない足を学校の方へと向けた。

 顔をあげると、目の前に真紗(ますず)の姿がある。


「おはよう! 真紗」


 少しホッとして声を掛けるも、振り向きもせずに真紗は走り出す。通常運転だ。


 あーあ。


 相変わらず外ではそっけない。

 この前、久し振りに真紗の部屋に入った事が嘘のようだ。


 まあいい、もうすぐ学年末テストがある。

 真紗がオレの部屋へやってくる日も近い。その日を楽しみにしておくか…。


『もし、するなら、瑞希のお部屋でしてね』


 …………っ。


 真琴のセリフがフラッシュバックする。

 いや、そんな事はしないけど。しないけど、でも………。

 あの日、ぐらついた真紗をキャッチした後、腕の中にいた真紗の顔が妙に近くて、思わずまたキスをしてしまいそうになった。

 突き飛ばされて何とか我に返れたけど……。


 本当に気を付けないといけないな。



「倉瀬先輩、これ、受け取って下さい!」


 突然、見たことのない女の子が目の前に現れた。

 上靴の色を見るに、1年の子らしい。


 ぐだぐだと考え事をしているうちに、学校の門を潜り抜けていたようだった。


「ごめん、受け取れない」


 素っ気なくそう返し、下駄箱へ向かう。

 変に受け取ってしまうと碌なことがない。去年の反省を今年は活かす。


 去年は……食べきれないチョコ、沢山捨てたな。食べ物を捨てるのは心が痛む。かと言って誰かにあげるのも無神経だと、昔真琴に怒られてしまったし、今思えば確かにその通りだとも思う。

 ホワイトデーにお返しするのもきつい。去年は、お弁当代がお返し代に消え、暫くおにぎりしか持っていく事が出来なかった。侘しい昼食が続いたなあ…。


 そんな事をつらつら思い出しながら上靴を手に取ろうとすると、下駄箱にラッピングしたものがたくさん詰め込まれていて、思わず目を逸らす。スーパーの詰め放題じゃないんだから、ここまできちきちに詰めなくてもいいじゃないか。


 げんなりしながら教室に向かうと、机の中も詰め放題のパックと化していた。取り出そうかと思ったけれど、再び詰め込まれても厄介なので、そのまま放課後まで放置しておくことに決めた。



 HRすら始まっていないのに最早疲れ、廊下に出ると、隣のクラスから真紗がやってきた。手に、ピンクのラッピングをした何かを持っている。チョコっぽい………。


 え………誰にやるの、それ……。


 オレが視界に入っている筈なのに、見えなかったかのようにスルーしてオレのクラスの中へと入っていく。それ……そのチョコなら喜んで受け取るんだけど……。


 こっそりオレの机に入れたりしないよね? なんて無駄な期待を込めて振り返ろうとすると、嫌なタイミングで航太に肩を叩かれた。


「相変わらず大変な事になってるな、瑞希の机の中」

「机と下駄箱がなくなればいいのにって、今朝、わりとマジで思った」

「あれ、どうすんの?」

「どうしようかな。全部返して回るのも大変だけど、全部にお返しするのも大変だしな」

「真面目だなー、全部にお返しなんてしなくても、本命以外ほっときゃいいんじゃねーの?」


 肝心の本命の行方を思い出し、再び航太の体越しに教室の中をチラ見する。

 丁度、教室から出てくる所の真紗と目が合った。

 しかし、すぐに目を逸らし、元の教室へと戻っていく。


 そわそわしながら机に戻ってみたのだが、やはりピンクの包みは見当たらない。そりゃそうだ、机の中は隙間がもうどこにも無い。カバンの中も開けてみたのだが、空っぽのままだ。


「なにやってんの?」


 航太が不審な顔をして、オレを見る。


「こんなに沢山あっても、本命が一つもないって、虚しいなって思ってさ…」

「こんなに沢山あるんだから、この中の一つを本命にすればいいだけじゃん」

「………」

「あれ、もしかしてまだ、春頃言ってた子引きずってんの?」


 無言で目を逸らす。


「そんなにその子がいいなら、告れば簡単じゃねーの? 瑞希の彼女になりたがってる子、こんなにいるんだし、誰でも彼女になってくれんじゃね?」

 

 どこかで聞いたようなセリフだ。

 真紗みたいなことを言う。それ、嘘だってオレは知っている。


「なってくれないから虚しいって言ってんだよ…」

 

 これ以上言わせないでくれ。

 机の中のチョコが本当に苛つくから! 

 ふてくされているオレを華麗にスルーし、航太も席に着いた。もうすぐHRだ。

 ぶすっとして前を見ていると、航太が妙な声を上げた。

 

「……お、俺の机の中にも何か入ってる…」


 振り返ると、航太の手の中にあったのは…さっき、真紗が手にしていたピンクの包みじゃないか!!

 どーなってんだよ…


「それ、本当に航太あて?」


 オレの机と間違えたって事、ないよね!?

 なるべく平静を装って聞いてみる。


「これ、さっき教室に入ってきた子が持ってたやつだな」


 航太も、これを手にした真紗を見かけていたようだ。

 やっぱりこれ、真紗のか!

 平静を装ったつもりだったのだが、見抜かれていたのか、航太が愉快そうな顔をしてオレの顔を覗き込んだ。


「……気になる?」

「べ…別に…」


 にんまりと勝ち誇ったような航太の顔を見、慌てて横を向いた。

 

「ふーん、あの子が例の子か。意外と、パッとしない子がいいんだな」

「そんな事言うなよ! 真紗は可愛いよ…」

「当りかー。ふーん、あの子か」

「………!!」


 まんまと航太に引っかかったオレの顔が赤く染まり、それを持って正解だと認識したらしい航太が、オレの肩を叩き出した。


「まあ、安心しろ、瑞希。俺、この子とどうにもならんからさ」

「それは…真紗を振るって事?」

「振るも何も! 俺宛じゃねーよこれ。瑞希の言う通り、入れ間違いみたいだ。そそっかしい子だな」


 入れ間違い…!

 やっぱり間違い? てことは、航太の一つ前の席のオレと間違えた…なんて期待を、もう一度してみても良いのかな?


 ドキドキしながら航太を見つめていると、航太はピンクの包みを手にし、そのまま後ろの席の城谷に渡そうとした。


 え―――…


 やっぱりオレじゃないのか…

 てか、城谷? 城谷なの? 真紗…


 ピンクの包みをガン見していると、城谷に渡した後、航太がさらりと告げた。


「城谷、これ……橋野に渡しといて!」



 ……あれ?

 橋野さん宛て……?


「友チョコだな、あれ。良かったな!」


 そう言って航太がオレの背中をポンとたたいた。

 城谷は、そのまた後ろの席の橋野さんに包みを渡す。


 ホッとしたような、残念なような………。



「お前からは告白、しねーの?」


 オレの耳元に、こそっと航太が呟く。興味津々のようだ。

 しないよ! だって上手くいく気が全くしてこないからね!

 以前に軽く振ってみたけれど、さっくりかわされたしね!

 その気になって貰わないとどうしようもない。


 無言で俯いていると、航太が、実に楽しそうにオレを眺める。


「意外と情けないんだな」


 ああ………航太にバレてしまった……。

 からかうネタを与えて終わってしまったようだ。


 最悪なバレンタインだ。




 結局、今年も真紗からは貰えず、別の子から大量に頂いたチョコの行方に頭を悩ませて終わるのだった。

 

 




 

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