花火の痕跡(前編)
本編その後。
「花火大会、一緒に行こうよ」
瑞希が私の彼氏になって初めての夏休み。
久し振りに、一緒に花火を見に行く事になった。
最後に行ったのが中学一年の夏だったな…。
二学期になり、すぐに瑞希とは疎遠になってしまったので、4年振りだ。あの頃はまさか、瑞希と本当に付き合う事になるなんて考えもしなかった。
綾川さんに怯え、沢井さんの勢いに飲まれ、クラスの女子達の値踏みするような視線に私は、すっかり自信を無くしてしまっていた。
瑞希に相応しい素敵な子でないと、隣に居てはいけない気がして。何一つ瑞希に敵う所のない自分の情けなさに嫌気がさして。
肝心の、お互いの気持ちを置き去りにして、私は瑞希から離れようとしていた。
あの時、急に態度を変えた私に、きっと瑞希は戸惑っただろう。
それなのに、酷い態度を取り続けた私に、変わらず優しく接してくれた…。
『何か困ったことがあれば、いつでも言って』
初詣に誘われても冷たく断った私なのに、何かの機会に頼ると何時も、あのふんわり笑顔1つで引き受けてくれた…。
……………。
改めて今思う。瑞希ってなんで私がいいんだろ?
全く分からない。
見た目はイマイチだし。態度も酷かったし。
勝手に部屋の中入ったりするし。自分勝手な頼み事ばかりするし。
普段、好き勝手言いたい放題、言っちゃってる気もするし。何かをしてあげた記憶もない。
そりゃ中学時代の女子達も、瑞希に私は似合わない、なんて言う筈だ。自分でもその通りだと納得出来るんだもの。
うん、なんだか考えるうちに、また以前の鬱々とした私に戻りそうなので、ここらで止めとこう!
瑞希にお似合いの素敵な彼女目指して、頑張ろう…。
「……さっきから鏡の前で何ブツブツ言ってんのよ」
「うわ見てたの真琴!?」
週末の花火大会に向けて、姿見の前で着ていく服をどうするか考えていたら、背後にはいつの間にか真琴が立っていた。
つらつらと昔の事に思いを巡らせてしまった理由は、多分、これが初デートだからだ。
例の告白の後、すぐ期末テスト期間に入り、勉強ばかりでそれどころではなかった。
やっと夏休みに突入し―――そして瑞希との初めてのデート……。
まあ、2人で花火見に行くとか、初めてでもないんだけどさっ。
でも、恋人同士になってから行くのとでは、すこーし、訳が違うよね…?
「今度の花火大会に、何着て行こうかなーって」
「そんなの、浴衣一択じゃない?」
「一択なの?」
「だって…彼氏と行くんじゃないの?」
真琴が含むような笑いをした。
そういえば、瑞希との事はまだ、真琴に伝えていない。
なんというか……恥ずかしくて……。
「彼氏とだったら、浴衣一択になるの?」
「そうよ、私も浴衣で行くわ」
何その発言!!
それ、真琴も彼氏がいるって事? それともただ浴衣着て行くってだけ?
どーいう事なんだ…!
非常に気になったのだけれど、逆に瑞希との事を追及されても困るので、それ以上は何も聞けない。
そんな私の心を見透かすような笑みを浮かべて、真琴は部屋を出て行った。
◆ ◇ ◇ ◇
真琴の言葉通り、私は花火大会に浴衣を着て行くことにした。
瑞希と花火を見に行った事は何度かあるけれど、浴衣は初だ。
ビックリするかな?
鏡の前に映る自分の姿を見て、少し心がときめく。浴衣や小物の可愛さのお蔭か、なんだか可愛い彼女の姿のように見えなくもない。
喜んでくれるかな?
初デートの緊張も相まって、なんだかドキドキしながら、玄関を出て瑞希と合流した。
瑞希は、Tシャツにジーンズという適当な格好をしているにも拘らず、恐ろしく綺麗で素敵だった。
なにこの、ラフなのにかっこいいってどういう事よ…。
ふんわりとした笑顔を浮かべた瑞希は、相変わらず端正な顔立ちをしていて、妙な色気と仄かに残る少年の香りが程よくブレンドされ、堪らない雰囲気を醸し出していた。
あー、私の浴衣姿、終了っ!
遊園地の時のように、Uターンを目論まなかっただけでも私は自分で自分を褒めてやりたい。
可愛い彼女になれたかも、なんて思ったさっきまでの私。サヨナラ!
「真紗、浴衣着てきたんだ…。似合ってるね、その…可愛いよ」
「…ありがとう。瑞希もその服似合ってるね、かっこいいよ」
「ありがとう。オレ、普段と変わらないけど…」
普段着に負けた浴衣姿の私に謝れ!
いえ、いいんです。これが現実なんです。
それにしても、新くんとの特訓? で慣れたのか、意外と照れずにかっこいいと言う事が出来た。ちょっと嬉しい。
見た目は失敗したようだけれど、まだまだ他で頑張らないと…。
可愛い彼女になる為に、私は勇気を出して手を伸ばした。
瑞希の手に、私の手が触れそうになる。
やばい、なんかドキドキしてきた…。
ぎゅっと、ぎゅっと手を…私から手を繋ぎに行くんだ…!
気合を入れて瑞希の手を掴みにかかった瞬間、一歩遅かったようで、逆に瑞希の手に掴まれてしまった。
「人が沢山いるだろうから、こうしてようか」
「うん………」
どうやらまた、私の負けのようです。
可愛い彼女への道のりはまだまだ遠いなあ…。
繋がれた手に、妙にドキドキしながら、私たちは花火の行われている場所へと向かうのだった。
◇ ◆ ◇ ◇
花火は20時から始まる。
明るいうちに到着した私達は、沢山の出店を見て回る事にした。
ここは地元の花火大会。もしかして中学時代の知り合いに会っちゃうかな…と一瞬不安に駆られたものの、すぐに頭を振った。私はもう負けない、堂々とすると決めたばかりだ。
「昔よりもお店の数、増えてるね。すごーい」
「真紗、最近は来ていなかったの?」
「うん、4年振りだよ。花火見に来るの」
「オレも」
どうやらお互い、中学一年の夏休みを最後に、花火大会からは足が遠のいていたようだ。
1人で来る気にもなれなかったし、誰かと来る気にもなれなかったのだ。
「久し振りに一緒に来れたね、嬉しいな」
隣に瑞希がいる事に心地よさを感じ、自然と笑顔になる。
私はずっと、瑞希とこうして一緒に来たかったんだ。
「オレも嬉しいよ。やっと、真紗が一緒に来てくれるようになったな」
瑞希がくすりと笑って私を見つめた。
…ええ。瑞希はすれ違いになった後も、こんな私を誘ってくれたよね。
機会を潰してきたのは私の方です。本当にごめんなさい…。
沈んだ気分になったものの、すぐに顔をあげた。
可愛い彼女は下向かない。上向いて頑張らないと!
「あ、かき氷食べようよ!」
夕方とはいえ、7月はやはり暑い。
出店の定番、かき氷の屋台を見つけ、私のテンションがあがる。シロップの種類が沢山置いてあり目移りしそうだ。
「どうしよう………」
「何迷ってんの? 真紗」
「ブルーハワイにするべきか、レモンにするべきか…どっちにしようかなあ」
「両方頼んで、どっちも半分づつ分け合って食べようか」
「ええっ…。瑞希はこの2つでいいの? 他に食べたい味ないの?」
「なんでもいいよ。ひんやり出来たらそれでいいから」
そう言ってふわりと微笑み、瑞希はブルーハワイとレモンを注文した。かき氷屋のおじさんから2つ受け取り、綺麗な青い色をしたカップを渡してくれる。
わーい。
ホクホクしながら両方の味を堪能し、途中ではたと気づく。
これ、可愛い彼女から遠ざかってない?
意地汚い彼女に成り下がってしまった気がする…。
ちらりと隣を見上げると、優しげな眼差しの瑞希と目があった。慌てて反対方向を向く。
なんて反則な目をしてるんだ。思わずどきりとしてしまったじゃないか。
「レモン食べる?」
私が味を変えたくなったと思ったらしい。瑞希が手にしていたかき氷を私の目の前に差し出した。
何やらドキドキしたまま、誤魔化すように受け取り、代わりに手にしていたブルーハワイを瑞希に渡す。
……レモンもやっぱり美味しい…。
って、あれ?
「余り減っていない気がするけど…瑞希もちゃんと食べてる?」
「食べてるよ」
「ほとんど私が食べてる気がする…」
「気にしなくていいのに」
そう言ってクスリと笑う瑞希を見て確信した。一口くらいしか食べてないなー、もう!
どんどん意地汚い彼女に格落ちしちゃうんですけど!
むくれながらレモンを掬い、口に運ぼうとすると、足元の段差に気付けなかったようで下駄がつっかえる。思わずよろけて、手にしていたかき氷が地面に落ち、浴衣の裾を黄色に染め上げた。
……あーあ。
本当に私は残念な彼女だ。
「大丈夫? こけなくて良かった」
そう言って私の足元に屈み、ポケットから取り出したハンカチで瑞希は私の浴衣の裾を拭き始めた。なんて素敵な彼氏っぷりだ。私はまた負けてしまったようだ。
「ありがとう、ごめんね…」
可愛い彼女への道のりは遠すぎる。
今日中に少しは近づけるといいな…と、遠い目になる私なのであった。




