カウント・バレンタイン
中2の2月上旬
「真紗ちゃん、今日、おうちにお邪魔していいかしら?」
それはバレンタインを数日後に控えたとある冬の日の事。
珍しく、亜矢ちゃんが、放課後私の所へやってきた。
「ちょっと、お話したいことがあるの」
「いいよ、散らかってるけど、それでいいならどうぞ」
話なら今ここでもいい筈なのに、わざわざ私の部屋に来るとは、誰かが聞いてる所では出来ない類の話なのだろう。
話の内容はなんだろう、と少しドキドキしながら、亜矢ちゃんと連れだって自宅へ向かう事にした。
「倉瀬君!」
家の中に入ろうとすると、隣の2階の窓からこちらを見る影に亜矢ちゃんが気付いた。
瑞希に手を振り、少し妙な間の後、可愛い瞳をきりりと強め、声をあげた。
「倉瀬君にもお話、聞いて欲しいんだけど、良いかしら?」
「え、オレ? …いいよ」
亜矢ちゃんは、私と瑞希が付き合っていると思っている。
笹川君と別れる為、そういう事で落ち着いたのだ。
勿論、本当の事ではないから、学校では内緒にしててと言ってある。
隠れてこっそり付き合ってるの…と表向き言いつつ、別に付き合ってもいないのが真実である。
話を合わせるのも面倒なので、そろそろ、瑞希と別れたフリでもしようかな…と思いつつ、そんな器用なフリの出来ない私にはどうする事も出来ない。
瑞希にとってもこのままでは困ると思い、相談してみたけれど、困った時にまた考えようと言われ放置された。
再び演技をするのも面倒なのかも知れない。
亜矢ちゃんの口は堅いし、今の所周囲に漏れている様子もないし、特に困ってないからいいけど。
今日は3人でお話、という事は、その辺を適当に合わせる必要が出てくるのかな…。
軽くため息をつき、家の中へ入る。今日は珍しく私の部屋へ瑞希がやって来る事になった。
◆ ◇ ◇ ◇
久し振りの来客に戸惑いながら麦茶を用意し、部屋に入ると、亜矢ちゃんが神妙な面持ちで話をし始めた。
「ねえ、真紗ちゃんと倉瀬君は、その…どこまでいってるの?」
「どこまで…?」
そういえば、今年も初詣は一緒に行かなかった。
一応、瑞希は誘ってくれたのだけど、万が一同じ中学の女子に見られでもしたらと思うとぞっとする。
それに……別に、私と瑞希は、本当に付き合っている訳でもないし。
これから先、瑞希に好きな子が出来た時の事を考えると、今私が隣にいない方が、きっといい。
周囲に誤解の種をまき散らかすような事は、避けた方がいいよね。
「うーん、外にはあまり出ないかな。瑞希の部屋で勉強してることが多いよ!」
嘘をついてもすぐばれる。
私は本当の事を脚色して言ってみることにした。
勉強っていっても定期テストの前しかしてないけどね…!
亜矢ちゃんがぽかんとした顔をしている。
勉強してばかりの割に成績良くないのね…なんて思われているかもしれない。
「ううん、そういう事じゃないの。その…」
頬を赤く染め、口ごもりながら亜矢ちゃんがちらりと瑞希の方を見た。
瑞希も、亜矢ちゃん同様、頬を染めて口元に手を当て、亜矢ちゃんをちらりと見返す。
なにこの2人だけの世界。
「恋人同士の事…どこまでやってるのかって事よ…」
へっ?
公式的には、一応、笹川君は僅かながら私の彼氏だった。
その笹川君とどこまでやったかっていうと…
「手を繋いだよ」
「……真紗ちゃん、それ、付き合ってない人とでもするから」
「お弁当作ったな…」
「……真紗ちゃん、学校では内緒だから一緒にお昼食べてないんでしょ?」
あわわわわ。
そうだった、亜矢ちゃんは笹川君ではなく、瑞希の話をしてるんだった。
瑞希とやった事って……
「お勉強?」
「真紗ちゃん……。あの、キスくらいはしてるよね?」
してないしてない!!
思わず首を左右にぶんぶんと振る。私の勢いに飲まれたのか、亜矢ちゃんが呆気にとられている。
「そ…そういうのはまだなんだ、ね?」
私一人では最早、対応しきれないものを感じ、瑞希の肩をつつく。
瑞希はなんでも上手い。きっとこの手の話も上手に捌く筈だ。
「ん……」
顔を赤らめて麦茶を軽く口に含み、瑞希は顔を背けた。
なにそれ、私より酷いじゃない!
もしかして、私の方がマシ?
そんな事をふと思い、なんだか口元がにんまりしてきた。今、私の方が頼りになるの?
瑞希に勝てそうな雰囲気に、急にやる気が出てきた。
そう言えば、付き合ってる設定も早3ヶ月が過ぎた。普通なら、キス位はしていてもおかしくない。
亜矢ちゃんの表情を見るからに、キスもまだというのは不審に思われてるかもしれない。
…よし! やった事にしとこう!
「ううん、本当はもうやったんだ、キス」
ぶほっ。
瑞希が口に含んだ麦茶を吹いた。
酷いにも程がある。
ティッシュを箱ごと渡し、私に任せなさい! という意味を込め、ニンマリと余裕の表情を作って瑞希の目を見る。
「冬休みの間に、ね」
付き合って2ヶ月、設定としては悪くないタイミングの筈だ。
なんだか得意気になりふんぞり返る私を余所に、瑞希は顔を真っ赤にし口をパクパクとさせている。笹川君相手に、照れもせず恥ずい台詞を言いまくっていた癖に、何を今更うろたえているんだか。
「そうよね、その位はしてるわよね」
亜矢ちゃんが納得するような目線を向けた。私の演技も満更では無いようだ。
「ま、真紗、あの、それは…」
ティッシュを掴みながら瑞希が口を挟む。
瑞希の顔に、手のひらを盾の様に突き出し、待ての合図を取る。
瑞希は黙って! 私に任せるのよ!
亜矢ちゃんが顔を輝かせ、照れながら話を続ける。
「私も保田君とキス止まりなんだけれど…最近、その先がしたいって言われちゃって…」
そ、そ、その先ぃ?
未開の地に放り出されたような気分がし、体が固まる。
「はあ…」
先って、先って…幾らなんでも早すぎない…?
「もうすぐバレンタインだし…どうしたらいいのかな私って、悩んでて…」
「はあ…」
悩むの? そこ悩むとこなの?
ダメだ、話のレベルが高すぎてついていけない…。
「真紗ちゃんは倉瀬君と、もう、してるのかなって気になって…」
……。
…………。
お・て・あ・げ
「あれ、真紗ちゃんどうしたの?石のように固まっちゃって…」
ごめんなさい、私にはどうする事も出来ませんでした…。
瑞希の事笑えない。真っ赤な顔をして、口をパクパクする事すら出来ないよ…。
無様な私の姿を見、正気を取り戻したのか、瑞希がすらすらと対応を開始しだした。
「迷いがあるうちは、辞めておいた方がいいんじゃないかな」
「でも、拒否すると保田君に嫌われちゃうかな…」
「あいつが本当に橋野さんの事想っているなら、大丈夫だよ。それで嫌ってくるなら、その程度って事だし、大事にしてくれない相手にそういう事はしない方がいいと思う」
「ありがとう…倉瀬君」
私が石になっている間に、どうやらお話は纏まってきているようです。
おかしいな。瑞希に勝てたと思った筈なんだけど…。
むしろいつも通りの展開。
「それじゃ帰るね、2人ともありがとう。お邪魔しちゃった」
私が固まった石から、ようやく足の動く石に変化した頃、亜矢ちゃんは帰って行った。
もっとゆっくりしていけばいいのに。
まあ私、まだ半分石だけど…。
パタリと扉が閉じる。
◇ ◆ ◇ ◇
「…真紗」
「はあ」
やっとそれだけ声が出た私は、ボケっとした顔のまま瑞希の方を向いた。
「さっきの、キスの話だけど…あの…」
ああキスの話ね。瑞希への勝利に酔いしれて、気が大きくなってついた嘘ね。
瑞希の事だからもう分かってるでしょ、亜矢ちゃんの手前適当なこと言ったって事くらい。何も言いにくそうにもごもご口ごもる必要なんて無いんだよ?
「冬休みにどーのって話ね、分かってるよ」
「オレ…真紗に酷い事して…悪かったなって思って…」
酷かった。確かに、麦茶吹かれたのは酷かった。
カーペットが少し汚れた。真琴に怒られないといいな…。
「しっかり拭いたし、大丈夫だよ」
真琴の帰りは遅い。それまでに染みにさえならなければ、乾いて痕跡は消えるだろう。
瑞希と話をしているうちに、石化した体が段々人間に戻ったようだ。にっこりと笑顔を返せるようになっていた。
「ふ…拭いたの? いつの間に…」
いつの間にも何も、私が亜矢ちゃんから石化魔法を喰らっているうちに、瑞希が拭いてくれたじゃないか。ティッシュが結構減っていたよ?
「真紗…」
瑞希が、哀愁漂う表情で私を見下ろし見つめてくる。
気のせいか、目元と唇が潤んで見える。
それ、可愛い女の子がやる事だよ?
赤みのある瑞希の唇を見ていると、さっきの嘘をなんだか思い出す…。
『ううん、本当はもうやったんだ、キス』
…………っ。
なんだか、急に、顔が赤くなってしまった。
慌てて瑞希から目を逸らす。
なんだろう、急にドキドキしてきてしまった…。
「私も…キ…キスしたとか嘘ついてごめんね…」
「え…え?」
「瑞希もびっくりしたよね、してないのにしたって言われて…」
「あ、あれ?」
「じゃあ……私帰るね!」
「待って!」
立ち上がり去ろうとした私の腕を掴み、瑞希は綺麗な顔を私に向けた。
やばい、なんかドキドキする。なにこれ…
掴まれた腕が妙に熱く感じる。
おかしな空気に襲われた私に、瑞希が厳かに言い放った。
「ここ…真紗の家だけど…」
最後まで締まらない様子で、私は再び石の様に固まってしまうのだった。




