真夜中の発見
中2の冬
今年も真紗と初詣には行けなかった。
初めて途切れたのが去年の冬。今年は、幾分関係がマシにはなっていたものの、やはり真紗はオレの隣を歩いてくれる気が無いようだった。
笹川の件を機に、少しは距離が詰められるかと期待していたのだが、世の中そう上手くはいかないものらしい。
笹川の件と言えば、オレは最近、自分の気持ちがよく分からなくなってきている。
真紗は好きだ。笹川にも散々告げた様に、以前のような仲に戻りたいと思っているし、これからもずっと一緒に居たいと思っている。
けれど、男女としての好きかと問われたら、それは違うと思っていた。
真紗がオレの彼女になってくれたらいいのに、とは思う。でもそれは、オレが男で真紗が女の子だから、これからもずっと一緒にいるには、それが一番手っ取り早いと思ったからだ。
お互いに恋人が出来てしまえば、どうしても離れ離れになってしまう。
それならお互いが彼氏彼女になれば、離れなくて済むだろうと思ったのだ。
これは恋愛感情と言えるのだろうか。
笹川に真紗を取られそうになり焦る自分は確かに居た。
でもそれは…お気に入りの玩具を横取りされて反発する子どもの様なものだと、自己分析していたのだけど…。
自分でもよく分からないのが笹川が去ったその後だ。
腕の中の真紗が温かくて、心地よくて、なんだか離したくなくなったのだ。
お気に入りのぬいぐるみを、抱き留めたままで居たいと思うようなものなのだろうか。
考えても答えが出ない。
ふと時計を見ればいつの間にかもう12時を回っている。
明日から新学期だ。
そろそろベッドに入ろう、その前にトイレへ――と丁度立ちあがったその時に、窓を鳴らす音が聞こえた。
コンコンコン
真紗?
窓を開けると、パジャマ姿で涙目の真紗が、部屋の中へとやってきた。
左腕に数学のワークを抱えている。
オレは頭を抱えそうになった。
「もしかして……」
「そう、まだ冬休みの宿題終わらないの。助けて……」
「夜中だよ。さすがにマズイよ、自分の部屋でやりなよ」
「一人でやっても全く分からないんだよ! それに…真琴に、もう寝るから電気消してって言われちゃった」
閉め出す真琴も真琴だが、言われてここに来る真紗も真紗だ。
こんな夜遅くに、男の部屋に来るというのは問題だ、と僅かでも真紗は思わないのだろうか。
昼の内に来てくれれば、いくらでも助けてあげたのに。
可哀想だが、今日はこのまま帰って貰おう…。
そう思い、開けた窓をそのままにして無言で帰れと目で促してみたのだが、真紗が動く気配はない。
冷たい風が室内に入り、とうとう我慢できず窓を閉める。
「もっと前もって言ってくれれば、いくらでも協力したのに」
「………ごめん」
「もう、仕方ないな。さっさと片付けよう」
「うんっ、ありがと!」
簡易テーブルを設置する。
真紗が筆記用具を取り出し、ワークを机の上に置いた。
進行具合を見ようと手に取ってみたのだが、捲れど捲れど、限りなく白に近い紙面が続いている。
軽い眩暈を覚えた。
「これ、全部一から教えていたら明日になっても無理だから。もう、オレが言うまま書いていって」
「はいっ」
「まあ、その前にトイレ」
「待ってるね!」
疲労感漂う真紗の精一杯の笑顔に見送られ、オレは廊下に出た。
◆ ◇ ◇ ◇
部屋を出たついでに飲み物でも用意しようかとリビングへ降り、真っ暗で静かな空気に足を止めた。
叔父さんも叔母さんも、もう眠っているようだ。
物音を立てることを躊躇い、諦めて再び階段を登る。
明日は学校がある。早く眠れるようにさっさと片付けてしまおう、などと思いながら部屋の扉を開けると、肝心の真紗の姿が見えない。
自分の部屋に戻ったのかな?
なんて思いながら中に入ると、テーブルの向こうで仰向けで転がっている真紗を発見した。
……寝てる。
「おーい」
寝られても困るんだけど。
真紗が起きてくれなくちゃ、何時まで経っても宿題は終わらないし、オレだって眠れないじゃないか。
揺すって起こそうと思い、真紗の傍に近寄る。
気持ちよさそうな寝顔だ。
きっと、頭を使いすぎて眠くなってしまったのだろう。
「真紗…」
言いかけて止まる。
近寄ったオレの鼻先にふわりといい匂いが漂ってきて、思考が溶けそうになった。
なんだよこの匂いは。
誘いこまれるような匂いに何やら抗えないものを感じ、オレは屈んで真紗の顔へと近づく。
微かに聞こえてくる寝息の漏れる場所を目で追うと、唇が自然とそこへ引き寄せられた。
柔らかくて気持ちいい…。
………って。
オレ、今、なにした――――――――?
慌てて飛び退き、思わず口元に手を当てる。
真紗はそれでも眠ったままだ。
鼓動が鼓膜を破りそうな程、派手な音をかき鳴らしている。
オレ、真紗の事、好きだけど。
恋人になりたい、というような種類の好きではないと思っていたのだけれど。
どうかしている。
早急に起こさなければ、と焦る中慌てて真紗の両腕を掴むも、パジャマ越しでも柔らかい腕の感触が掌に伝い、どきりとして素早く手を離す。持ち上げられた真紗の両腕が、そのままパタリと下に落ちた。
どうしようか。
困り果ててちらりと様子を見るのだが、無防備に眠る真紗の唇に視線が向かってしまい、慌てて顔を背ける。
どうしたんだよ、オレ。
さっきのキスを、もっとしたい、なんて思ってしまっている。
なんだか苛々してきて、真紗の両頬を摘まんで引っ張った。
やっと目を覚ましたのか、真紗が瞼をパチパチとさせている。
「いだだだだだ」
「………起きた?」
「あれ、もしかして寝ちゃってた? …ごめん」
そう言って起き上がり、微睡んだ瞳を至近距離で向けられ、オレは思わず真紗を抱きしめてしまいそうになり、慌てて距離をとる。
これではまるで、女の子として好きみたいじゃないか。
「…どうしたの?」
オレの挙動に不審なものを感じたのか、真紗が傍に寄り顔を覗き込んできた。
またもや例の甘い匂いがふんわりと漂い、オレの理性の邪魔をしようとする。
違う、そんなんじゃないんだ。
オレは真紗の事……。
………。
じゃあ、なんなんだよ、これは。
さっきからずっと動悸が酷い。ちっとも収まる気配がしない。余りに大きな音を立てるものだから、真紗に気付かれているかも知れない…。
真紗の顔がまともに見れなくて、反対側を向く。
この近さで見てしまうと、また、さっきのようにキスしてしまいそうで。
この距離は近すぎて駄目だ―――。
慌てて言葉を吐きつける。
「数学の宿題終わらせたいんだろ、早く机に向かいなよ!」
「は…はいっ!」
ようやくテーブルの向こうに真紗が移動し、息を吐く。
なんだよオレ。そんなんじゃないって。
そのまんまじゃないか。
オレ、真紗が好きなんじゃないか。
抱きしめて、キスしたくなるくらいに…。
頬が赤く染まる。
「はあ…なんだよオレ…。気付くの遅すぎ…」
その後、どうにかワークを終わらせベッドに入ったのだが、結局朝まで眠りに就く事は出来なかった。




