ラブレターはもういらない
私、堀浦真紗。中学2年生。
笹川君の件もすっかり収まり、芯から冷える季節となってきた12月のある日のこと。
学校に到着し、上靴に履き替えようと下駄箱へ向かうと、手紙らしきものが入っていた。
「なにそれ、ラブレター?」
偶然通りかかったようで、背後から瑞希がひょっこりと顔を出す。
なんだかデジャヴのようなこの展開に、苦い笑いが込みあげる。
「違うと思うよ」
ルーズリーフを四つ折りにして無造作に投げ込まれたそれは、どう見ても瑞希の言うような甘いものには見えない。封筒すら使われていないのだ。
無造作につまみ、カバンへとしまう。
指に、でこぼこした妙な感触がした。これはきっと、沢山の何かが張り付けられているに違いない。
私の想像が正しければ、おそらく、文字が。
溜息すら出なくなり、私は教室へと向かった。
3時間目が終わり、机の中に手を突っ込むと、またもや何かが手に触れた。
取り出すと、今朝下駄箱の中にあったものと同じ、四つ折りのルーズリーフが目に留まる。
薄い目をしてそれをつまみ、またもやカバンの中へ突っ込んだ。
◆ ◇ ◇ ◇
もうすぐ期末テストが始まる。
今日も私は、瑞希のお世話になりに、窓から身を乗り出した。
なんだか泥棒の様だ。
ある意味正しい。瑞希の時間泥棒。
でもきっと、問題ないよね。私に余計な時間を使っていても、毎回余裕でトップ取ってるんだし。
こっちは赤点との争いなのだ。切実だ。
「また数学?」
いつものように、瑞希がふわりと私に笑いかけた。
からかうような語感に、図星ではあるのだが少々むかりとして、何かを言ってやりたい感情に襲われた。
今日、学校で私に届けられた2通の手紙の内容を思い出す。
「瑞希、私のクラスの女子に、最近告白されたでしょ」
「え、なんで知ってるの」
私の発言に動揺したのか、瑞希がシャーペンを落とす。
やっぱり。想像通りだ。
怪しげな2通の手紙を広げると、予想通り、新聞の文字を切り張りして作られたものだった。
『 お前の ような ブス 瑞希くんに 似合わない 勘違いするな 』
『 瑞希くん に 近寄るな 彼が 可哀想だ 』
下駄箱はともかく、教室の机の中となると、この手紙を放り込んだのは同じクラスの子に違いない。
更に、瑞希を倉瀬君と表現しない辺り、犯人はだいぶ絞られそうだ。
「もう少し言うと、その子瑞希の事、瑞希くんって呼んでるでしょ」
「だからなんでそんな事知ってるの!」
「誰よ」
「…気になるの? 安心して、ちゃんと断ったよ」
安心出来ない断り方をしたとしか思えない。
私にあんな手紙を送りつけようと思えるような、どんな断り方をしたんだ…。
「ねえ、なんて言って断ったの?」
「なんてって…なんでも良いだろ」
「まさか好きな子がいるからとか適当な事言わなかった?」
「だからなんでそんな事知ってるの!」
それにしても―――。
「亜矢ちゃんの手紙、笹川君の名前じゃなくて、瑞希の名前書いておけばよかったなぁ」
「え?」
ぽつりと呟いた一言に瑞希が反応し、なぜか照れた様子で顔を上げた。
「まあ、それならあんな事しなくても良かったしね」
「そうすれば、瑞希に告白出来てたなぁ」
「真紗…」
そうだよ、どうせなら利用させて貰えば良かった。
かなり恥ずかしいけれどさ。
でも、笹川君への告白も、そこそこギャラリーいて恥ずかしい思いしたんだから。
どうせなら女の子達の前で瑞希に告白して、振って貰っとけば、私と瑞希を怪しむ女子は一掃出来ていただろうに…。
もう、今更この手は使えない。
亜矢ちゃんの中では、私と瑞希は黙ってこっそり付き合っている事になってしまっている。
惜しい事したかも。
「手紙に名前とか書かなくても、別にいつでも、告白なんて出来るんじゃないの?」
瑞希がピンクの頬をして、何やらぶつぶつ呟いている。
告白する事に意味はない。断って貰う事に意味がある。
「いやあどうせ告白するなら、瑞希に告白して、振って貰ったら良かったなぁって思ってさー…」
そうしたら、この怪文章を頂く事も無かっただろうに。
まあこれはこれで、人生のネタとして置いておくか…。
「ちょっと言ってる意味がよく分からないんだけど」
「女の子達の見ている前で瑞希に振られておけば、幸せになれたかなって」
「ごめん、聞けば聞くほど意味が分からない」
「私、もうラブレターは御免だなって」
「そういや真紗こそ! 今朝のラブレターは誰から?」
誰からも何も、瑞希がこの前、告白されて振った女の子からだよ!
…なんて言ってもしょうがないな。
瑞希が悪い訳ではないのだ。
「内緒」
詳しく追及しようとする瑞希を制し、数学のノートを取り出した。
試験対策の為に私は来ている。
さっさと取り掛からないと何時まで経っても終わらない。
「そんな事より勉強、勉強!」
「……やっぱり数学か。ホント苦手だね」
こんな風に2人で勉強している事がもし漏れたら、それこそ私の下駄箱は怨念のラブレターで溢れかえるに違いない。
さすがに誰も見ていないし、気付いてはいないだろうけれど。
道路に出ずに移動しているし…ね。
「今更だけどさ、これ、誰にも言わないでね」
「これって何?」
「勉強教えて貰っている事! 2人だけの秘密だよ」
「2人だけの秘密……?」
戸惑う様子の瑞希を見て、少し焦る。
もしかして、漏れちゃってる?
ヤバイヤバイヤバイ………。
「まさかもう誰かに言った?」
「いや、誰にも言ってないけど…」
「…じゃあ、みんなには秘密で」
「秘密にしろと言うなら秘密にしておくけれど……どうして秘密に?」
「そりゃ勿論、私の幸せの為に…!」
再び変な顔をし出した瑞希を放置して、数学の教科書に視線を落とす。
私の穏やかな学園生活の為、この事は、いつまでもずっと2人だけの秘密にしておこう、と心に固く誓うのだった。




