絶対絶命の裏側
ラブレター編オマケ
瑞希視点
「あれ、真紗、どうしたの?」
サッカー部の保田に頼まれ、気乗りしないながらも練習試合の助っ人に来ると、そこには真紗の姿があった。
善い行いをすると、回りまわって自分に良い事がある、というのは本当の話なのかも知れない。
嬉しくなり真紗の傍へと向かう。
「オレ、今日はサッカー部に助っ人頼まれてるんだ」
隣に同じクラスの橋野さんがいた。
彼女に誘われたのだろうか。
真紗はサッカーに興味がなかった筈だ。
「倉瀬君、こんにちは。真紗ちゃんは応援に来たの、ね」
「え、オレの応援に来てくれたの?」
嬉しい!
と、一瞬喜んだのだが、なぜか真紗はオレから顔を背けた。
橋野さんの横顔ばかり見つめている。
自分の応援に来てくれた、と、咄嗟に思ってしまったのだが、自意識過剰な勘違いだったのかも知れない。
なんだか急に居心地が悪くなる。
「誰の応援かは内緒よねー、ね、真紗ちゃん」
内緒? どうして内緒?
オレ以外の、誰かの応援に来たから?
「おーい、瑞希こっち!」
保田に呼び止められ、真紗達との話もそこそこに、オレはグラウンドへ戻った。
試合の後、保田に挨拶して帰ろうと思ったら、保田は真紗達の方へと向かった。
もしや真紗の応援の相手って保田?
などと思ったが違ったようだ。橋野さんといい雰囲気になっている。
「橋野さんて、保田目当てで来てたのか」
真紗に近寄り声を掛ける。
「そうなんだよね、あ~上手く行ってよかった!」
「真紗、今、すごいにやけてる」
橋野さんと保田が無事纏まったようで、真紗が満面の笑みを浮かべている。
とても可愛い。久し振りに、オレに嬉しそうな顔を見せてくれた。
「真紗ちゃん! ありがとう!」
橋野さんがやってきた。
良かったね! なんて心の中で呑気な事を思っていたら、そのあと続く一言でオレは凍り付いた。
「真紗ちゃんも、告白しなよ!」
…えっ?
「真紗ちゃんも、試合中ずっと彼見てたでしょ?」
真紗が…告白?
試合中ずっと見てたって…誰か好きなやつ、いたの?
「真紗…?」
真紗がオレの方を向いた。
思わずまじまじと真紗の顔を見てしまう。
誰?
オレだったら嬉しいけど…他のやつだったらどうしよう…。
………。
オレだよね?
………。
普段の様子見てる限りでは、違う気がするけど…。
でも、少しくらい期待してもいいんじゃないかな。
勉強頑張って教えているし。
オレ、わりと女の子に人気あるみたいだし。
真紗がオレから視線を逸らした。
「わ、私はいいよ、止めとくよ」
俯いて何やらもごもご口にしている。
好きなやつがいて、そいつの応援に来たというのは…どうやら本当のようだ。
問題は、それが誰かって事だ。
誰なんだよ…。
「真紗ちゃんも心細いなら、私がついて行ってあげるから! 私がして貰ったみたいに…私も真紗ちゃんに勇気をあげたいの」
ざわつく俺の胸の内を嘲笑うかのように、橋野さんは真紗の手を引き、グラウンドの向こうの―――サッカー部員たちが居る所へ向かって行った。
………。
やっぱり、オレでは無かったようだ。
思わず肩が落ちる。
「笹川くーん」
笹川……。
確か、真紗と同じクラスのやつだ。
保田の友人で、目立たないが爽やかで気の付くいいやつだ。
「真紗ちゃんが、笹川くんにお話があるんだって!」
笹川が、少し照れた様子で真紗をじっと見つめている。
真紗は告白してしまうのだろうか。
断られたらいいのに。
不意に、黒い感情が胸をよぎった。
真紗が悲しむと分かっているのに、笹川と上手くいかず項垂れる真紗の姿を期待してしまう自分がいる。
オレは酷いやつだ。
………。
酷いやつで結構だ。
断られてしまえ。
笹川、真紗を振ってしまうんだ……!
「笹川君………好き…」
「ありがとう、俺でよければ是非」
しかしオレの期待や虚しく、笹川はあっさりと真紗を受け入れた。
………。
そりゃそーだよな。真紗、可愛いしいい子だしな。
断らないよなあ………。
はあ………。
どうして、真紗はオレじゃないんだろう…。
涼しい季節にも拘らず、眩暈がしてきた。
これ以上2人の幸せそうな姿を見ていられず、オレは足早にその場を去り、自宅へと戻ることにした。
部屋のベッドで仰向けになり、天井をじっと見つめる。
はあ………。
真紗に、彼氏が出来てしまった。
『私を彼女にしたがる人いないと思うけど。瑞希に相手が出来る方がずっと早いよ』
真紗は本当にうそつきだ。
あんな事を言って、たったの半年で彼氏を作ってしまったじゃないか。
オレ、どうしようかな。
ずっと、元の関係に戻れる事を期待して待っていたけれど、真紗はもうオレの手の届かない所に行ってしまった。
定期テストの度に開かれていた勉強会も、もうおしまいだ。
オレも、誰か適当な子を彼女にでもして、もう忘れた方がいいのかな…。
………。
そんな気分には、当分なれそうもないな。
こうしてオレは、暫く鬱々とした毎日を過ごすのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
「ええっ!」
鬱々と過ごしたオレの数日は何だったのか。
笹川が好きで告白したのではない、と真紗が突然言い出した。
なんだ。違ったのか。
良かった…!
頬が緩みそうになるのを必死で止め、真面目な表情を作る。
どうしよう、なんて言われたけれど、そんなの、正直に言うしかないじゃないか。
真紗は気が進まない様子だけど。
橋野さんに嫌われてしまう事を恐れているようだ。
それか――。
鬱々とさせられたオレの心の癒しも兼ねて、代替案を一つ、提案してみようか。
笹川は真紗に本気ではないようだし。
真紗はきっと乗る。
デートの日までベタベタされるのは癪だけれど、学校の中では、そこまで大胆な真似も出来まい。
「ああでも、それはそれで、真紗も嫌かもしれないよ?」
提案した瞬間、えー! なんて声が聞こえてきて、少々心が折れそうになったが、すぐに覚悟を決めたようだ。
「お願いする、それでいこう!」
こうして、オレによるオレの為の、笹川引き剥がし計画が立てられる事になるのだった。
◇ ◆ ◇ ◇
真紗達よりも早く動物園に着いた。
3人に気付かれない様に後をつける。怪しい男だなと自分でも思うのだが、気にしない事に決めた。なんだかジロジロ見られている気がするけれど、警備員がやってこない所を見ると、セーフなのだろうと思う事にする。
笹川が真紗に変な事をしようとしたら、即止めないと。
さっきから笹川がずっと真紗の手を握っている。
止めたいけれど、ここは人も多いし騒ぎになるのはマズイ。
手なんて運動会のダンスでも握る。きっと大した事ではない。
そう自分に言い聞かせる。
笹川が、真紗の肩に手を回し出した。
真紗の表情が固まっている。嫌がっているようだ。
ふん、嫌がられてるぞ笹川!
真紗が別の場所に誘導し、上手く肩の手を払いのけたようだ。
こうして始終ヤキモキしながら後をつけていると、どうやら昼の時間が来たようで、真紗達は弁当を食べにベンチの所へ向かいだした。
オレも、用意していたお握りを口に入れながら、近くで様子を見る。
保田と橋野さんが食べ終わり、2人で何処かへ消えていき、真紗と笹川が2人きりとなる。
お握りを食べ終えたオレは、真紗達との距離を少し詰めた。
「俺、真紗は、倉瀬が好きなのかと思ってたんだ」
笹川の声が聞こえた。
素敵な勘違いだ。オレの考えた筋書き通りの事を笹川は言いだしてくれた。
「え? ど、どうして…」
「真紗とは一年の時も同じクラスだったろ」
「そういえばそうだったね」
「入学当初は驚いたよ。真紗と倉瀬、ずっと一緒に居て凄く仲良くてさ―――付き合ってただろ?」
いいや付き合ってなどいなかった。
あの頃はただ、真紗と一緒に居て、それだけで満足していたんだ。
真紗が軽く頷いている。
真紗はオレと付き合っているつもりでいたのか、と一瞬心臓が跳ねたのだが、よく見ると真顔なので、どうやら話合わせのフリのようだ。
「あの時の真紗の笑顔が可愛くて、印象に残ってたんだ。暫くして倉瀬と離れるようになって、その頃から笑わなくなって沈んだ様子でいたから――あ、振られたのかなって思って…」
逆だよ逆。
真紗の方から、オレから逃げ出したんだ。
しかし、笹川はスラスラとオレの筋書きをなぞってくれる。去年の出来事は、傍目にはそんな風に写っていたのか。
どちらかといえば、振られたのはオレの方になるんだけど。
あの頃を思い出し、少し俯く。
再び顔をあげると、真紗にピンチが訪れていた。
ヤバイ、ほんの少し目を離した隙に―――
「俺も好きだよ、真紗―――」
笹川の唇が真紗の顔に近づく。
慌てて、真紗の口を手で覆う。
「なにやってんの、笹川」
笹川が、オレの手の甲にキスをした。
憎々しげな顔をして、笹川がオレを睨み付けた。
◇ ◇ ◆ ◇
真紗を後ろからそっと抱きしめ、笹川の方を向いた。
こうした方が臨場感が出るかと思ってやってみたのだが、腕の中の真紗は温かく、なんだか心地が良い。
「オレ、やっと自分の気持ちに気付いたんだ。真紗を笹川には渡せない」
オレの腕の中から、ふわりといい匂いが漂い、鼻先を刺激する。
甘い匂いに当てられたのか、真紗を抱きしめているという事が、なんだか照れくさく感じてしまった。
心臓の音が少し乱れてしまっている。
「倉瀬こそ何やってんだよ! 真紗は俺の彼女だぞ、離れろよ」
笹川の勢いに一瞬怯む。
あれ、笹川って、もしかして真紗に本気?
「真紗を振ってしまった事、とても後悔しているよ。元に戻りたい…もう放したくないんだ」
しかし、このまま怯んで笹川に真紗を奪われたままでいる訳にはいかない。
オレも笹川を睨み付ける。
「俺だって手放したくないよ。倉瀬は真紗が好きって訳じゃないだろ? 他の男に取られそうになるのが嫌なだけで、本気でより戻そうなんて思ってないだろ?」
オレが、真紗の事、好きじゃないだって?
好きじゃない時なんて、一体いつ在ったのだろうか。
「戻れるものなら戻りたいよ! オレは…ずっと真紗が好きだ…」
「今更なんだよ…。倉瀬は、別に真紗じゃなくたって、他に幾らでも寄ってくる子がいるじゃないか」
オレだって戻りたい。あの頃に戻りたい。
いつも一緒に居て笑い合っていた、あの頃に戻りたい。
真紗でなきゃ意味ないんだよ。
「他の子じゃ駄目なんだ。オレは、真紗に傍に居て欲しいんだ。真紗だってそうだろ、本当はオレの事が今でも好きなんだろ?」
そう言って真紗の顔を覗き込み、軽く瞬きをし合図を出した。
真紗! 笹川に言ってくれ。
「真紗が今、選んでくれたのは俺だろ? …なあ」
真紗を抱きしめる腕に力が入る。
ここで真紗がオレを選んでくれたら、この茶番は終わる。
真紗………。
『笹川君ごめんね、やっぱり私、瑞希が好きなの』
嘘でもいいから、このセリフが聞きたい……。
「ごめんなさい、笹川君…」
嘘でもいいから、オレの事好きって言ってよ…。
ドキドキしながら真紗の言葉を待っていたら。
全く予定にない事を真紗は言い出した。
「笹川君の事、そこまで好きでもないのに告白しちゃったの私…。でも、頑張って好きになってみるから!」
ええ―――!!
な、何言いだすんだよ真紗………。
打ち合わせと違うじゃないか。
どうやら笹川に絆され、変な方向へと覚悟を決めてしまったようだ。
あーあ………。
思わず脱力し、腕の力が抜けた。
「いいよもう」
笹川がぽつりと呟く。
「なんとなく、わかってたよ。真紗は、倉瀬を忘れようとして俺と付き合おうと思ったんだろ」
何処かで見たような筋書だ。
てかこれ、オレが頭の中で思い描いていたストーリーじゃん。
「俺と居ても、あの頃のような笑顔は見せてくれなかったし、俺が触れたらいつも固くなっていたし」
笹川が悲しそうな顔をしている。
真紗が自分に気が無い事を、笹川なりに感じ取っていたようだ。
「大丈夫だよ、これからずっと一緒にいれば、きっと段々ーー」
そう言った真紗に再び笹川の顔が近づき、真紗の体が固くなった。
止めようとした瞬間、笹川の顔が再び離れて行った。
「ずっと一緒にいても、変わらないよ」
寂しそうにそう言うと、笹川は立ち上がった。
「俺、帰るわ。堀浦、あの二人に宜しく言っといて」
そう言って去って行く笹川は、どうやらすっかり真紗を諦めたようだった。
◇ ◇ ◆ ◇
「私、酷い事しちゃったなあ」
「そうだね」
「慰めてくれないの?」
「予定に無いこと言われて、焦らされたからね、この位は」
笹川と付き合い続けようとした真紗に、今はちょっと、優しい言葉を掛ける気にはなれない。
「ごめんね、巻き込んで」
「いいよ、危ないとこだったし」
「ところでこの腕もう離していいよ」
素っ気ない言い方にムッとして、この言葉に抵抗する様に、真紗を抱きしめる腕に力を込める。
もう少しだけ、こうして居たくなった。
今日一日頑張ったんだし、ご褒美代わりに少し位こうして居ても、罰は当たらない筈だ。
結局、聞きたかった台詞は聞けずに終わってしまった訳だし。
ぎゅっと位させて貰おう。
「もうちょっとだけこうしてるよ、慰め代わりに」
「慰めてくれる気あったんだ」
ここ数日、傷つけられたオレの心を慰める為にね!
オレの適当な言い訳に納得したのか、腕の中の真紗は大人しくなった。
暫く真紗の体温を楽しんでいると、保田と橋野さんがやってきた。
慌てて真紗がオレの腕を跳ね除け、橋野さんの元へ向かう。
「亜矢ちゃん、ごめんね私ーー」
「やっぱり、倉瀬君は真紗ちゃんが好きだったのね…」
笹野と同じような事を言い出した。
まあ好きだけど。でもそういう好きではないんだけど。
筋書通りの様なので、黙ったままでいる。
「分かってる、分かってるわ…」
「私、笹川君が好きなんて言っちゃったけど、本当は違うの。本当はーー」
「真紗ちゃんは、倉瀬君が好きだったのね!」
真紗が慌てふためいている。
本当の事を橋野さんに告げようとしているのだが、上手く伝わっていないようだ。
「私、嘘ついちゃったの。好きな人は笹川君じゃなかったんだ」
「本当は倉瀬君なのに、今まで気づけなかったのね。真紗ちゃんて結構鈍いんだ」
そう言って橋野さんはクスリと笑い出した。
「もう、そういう事でいーんじゃない?」
真紗の空回りっぷりに笑わずにはいられない。
当初の予定通りの流れに、どうやら落ち着いたようだ。
「はあ、もう、そういう事でいーよ…」
真紗も観念した様子だ。
「瑞希との事は内緒にしたいから、他の人には何も言わないでね!」
釘を差す事だけは忘れていなかったようだ。
こうして、隠れて付き合っている風を装い、今まで通り過ごすつもりでいるのだ。
そうして、オレと真紗は、再び元のすれ違いの関係に戻るのだった。
お遊びのオマケ編。
この期に及んでまだ自覚しきってはいません。
そういうのではない、と彼は信じています。
あと少し…




